甘美な百合には裏がある

ありきた

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80話 憧れを叶えるために

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 小気味よく発せられていたタイピング音が、不意にピタリと止む。

「みんなで一緒に暮らせたら、きっと楽しいわよねぇ❤」

「心の底から同感です! 絶対に楽しいです! 楽しくない要素を探したところで無駄ってぐらい、毎日が楽しくて仕方なくなりますよ!」

 私は誰よりも早く反応し、部室を震わせるほどの大声でまくし立てた。
 言うまでもなく、私がここまで感情を昂らせるのは珍しい。
 無意識のうちにイスを弾き飛ばしながら立ち上がっていたこともあり、先輩たちの視線は一様にこちらを向いている。
 少し熱くなりすぎてしまったと反省し、わざとらしく咳払いをしつつイスに座り直した。

「ちょっとビックリしたけど、あーしも同じ気持ちだよ~。なにをしても楽しくなりそうだし、なんならダラダラ過ごしてるだけでも楽しそうだもん」

 タブレット用のペンで私の胸をツンツンと突きながら、葵先輩が声を弾ませる。

「あ、アリスも、そう思う。そ、それに、一緒に住めば、悠理の脱ぎたてパンツとか、好きなだけ味わえる」

 テーブルの下に潜むアリス先輩の熱い吐息が、太ももにかかる。
 味わわれるのは恥ずかしいけど、先輩が喜んでくれるなら多少は目をつむろう。

「同棲となると、やれることもたくさん増えるわよね。あたしが寝坊したら、ぜひとも悠理に顔面を踏ん付けて起こしてもらいたいわ」

 真里亜先輩は安定のドМ発言。相変わらず過激な内容で、本人には悪いけどとても実践できそうにない。

「いまは無理でも、いつか絶対に同棲したいですよね」

「うふふ❤ それが実は、無理じゃないかもしれないの❤」

 姫歌先輩はキラキラと輝くような笑顔を浮かべ、聞き間違いかと疑ってしまうようなことを言い放った。
 無理じゃないかもしれない、ということはつまり……。

「いい物件があるってことですか?」

「あらあら❤ さすが悠理、察しがいいわねぇ❤」

 いや、いまの流れなら誰もが瞬時に察したはずだ。
 とはいえ、その物件がどれだけ格安だったとしても、まとまったお金が必要になる。
 諦めざるを得なかった先輩たちとの同棲生活に現実味が帯びてきたとなれば、どんな手を使ってでも実現させたい。

「そうと決まれば、善は急げですね。内臓を売って資金を調達します」

「「「「っ!?」」」」

 私の発言を受け、先輩たちは激しく驚愕した。
 確かに常軌を逸した発想かもしれないけど、すでに覚悟は決まっている。
 先輩たちと一緒に暮らすためなら、内臓の一つや二つぐらい――

「ちょ、ちょっと待って悠理、とりあえず落ち着いて、わたしの話を聞いて❤」

「え? はい、分かりました」

 業者への連絡手段を調べるために取り出したスマホをテーブルに置き、姫歌先輩の言葉に耳を傾ける。

「まず、内臓を売るのは絶対にダメよ❤ 今回に限らず、今後どういう事情があっても、二度とそんなことは考えないで❤」

「そうだよ! まったくもう、急に変なこと言い出すから背筋凍っちゃったじゃん!」

「び、ビックリして、心臓、と、飛び出るかと思った」

「あたしが言えたことじゃないけど、自分の体をもっと大切にしなさいよね」

 焦った口調で気遣ってくれる先輩たちを見て、自分の愚かさを痛感する。

「ごめんなさい……」

 私は心から反省し、深く頭を下げた。

「わたしの方こそごめんなさい❤ 説明が足りなかったわ❤ いい物件と言っても、ちょっと意味が違うのよ❤」

「そ、そうだったんですか」

 どちらにせよ、やっぱり謝るのは私の方だ。
 早とちりした挙句、先輩たちに心配をかけてしまったのだから。
 この件を戒めに、金輪際同じ過ちを繰り返さないように気を付けよう。

「改めて、詳しく話すわね❤ 実は――」


***

 一通りの説明を受けた後、頭の中で改めて整理する。
 まず、姫歌先輩の親戚が諸事情で数年ほど家を空けることになったのが発端らしい。
 姫歌先輩のお母さんが、社会勉強として自分たちだけで生活してみてはどうかと提案。
 姫歌先輩いわく、日頃から創作部のことばかり話している自分に気を利かせてくれたのだろうとのこと。
 全員の賛同が大前提として、親御さんの許可をもらい、保護者同士でもしっかりと話し合い、問題がなければ同棲を始められる。
 あくまで仮の話であり、いまは最初の一歩として当事者である私たちの意見を確認している段階だ。
 第一段階はあっさりクリア。
 最大の難関となるのが、親の説得だ。
 部活を終え、学校から出て先輩たちと解散した後、家に着くまでひたすら頭を回転させる。

「よーし、頑張るぞ!」

 家の前で自分の頬をパンッと叩いて気合を入れ、説得という名の戦いに臨む。
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