甘美な百合には裏がある

ありきた

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33話 息抜き②

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 ブレザーをハンガーにかけてロッカーに仕舞い、タオルとバドミントンセットを手に部室を後にする。
 目的地は部室棟の真隣なので、単に移動するなら部室の窓から抜けるのが最短ルート。とはいえ非常時でもない限り、この手段は用いられない。
 普通に扉から退室して廊下を進み、昇降口で靴を履き替える。

「私たち以外、誰もいませんね」

「あははっ、そりゃそうだよ~。時間が中途半端だもん」

 確かに、みんな家に帰ったか、もしくは部活や委員会の活動に励んでいるような時間帯だ。
 昇降口を出てすぐ左に曲がり、部室棟を横目に体育館や校庭がある方へと足を運ぶ。
 離れたところから聞こえる運動部のかけ声を聞きながら、軽くストレッチを行う。
 ラケットを立てかけている壁の向こう側は、創作部の部室だ。疑っていたわけじゃないけど、文字通り真隣に位置している。
 大人数で運動するにはやや手狭で、和気あいあいとバドミントンを楽しむのなら手頃といったところ。
 準備運動を終えた後、ラケットの入れ物とシャトルのケースを使っておおよそのセンターラインを決めておく。
 試合形式はシングルスの勝ち抜き戦で、10点先取で勝利とする変則ルール。初戦は部長である姫歌先輩と、新人である私という組み合わせになった。
 さすがにネットは用意できないけど、あくまで息抜きとして楽しむのが目的なので、特に問題はない。
 姫歌先輩、アリス先輩、真里亜先輩が、長い髪を後頭部でまとめ上げる。
 せっかくだから全員同じ髪型にしようということで、葵先輩もセミロングのサイドテールを解いてポニーテールに結い直す。
 私の髪はそれほど短くないものの、運動の妨げになるほど長くもない。とはいえ葵先輩の言う『全員』の中にはもちろん私も含まれているわけで、先輩からヘアゴムを借りて同様の髪型にする。
 長さや色、髪質こそ違えど、そこはかとない一体感を覚えた。

「行きますよー」

 声をかけてから、ラケットを振るう。
 数年ぶりだから決して褒められた動きではないけど、相手コートにシャトルを放つという目的は果たせた。

「んぅっ❤」

 瞬間移動じみた動きを見せた姫歌先輩が、嬌声を発しながら打ち返す。
 素人とは思えない美しいフォームもさることながら、激しく躍動する左右の乳房から目が離せない。
 ふわっとたなびく艶やかな黒髪といい、太陽の下に晒されてより一層輝くきめ細やかな肌といい、集中力があちこちへ霧散させられる。
 とはいえ、たとえ常人を凌ぐ集中力を発揮できたとしても、勝機はゼロに等しい。
 コートのどこにシャトルが飛んでも、姫歌先輩は一瞬にして落下地点へ移動する。
 ラケットを振るっていないときに左手で胸を押さえつけているのは、激しい動きに伴う痛みを軽減するためだろう。当然ながら、ワープ的な超能力が使えるわけではない。

「はぁ、はぁ……つ、強すぎますよ」

「うふふ❤ 楽しかったわぁ❤」

 この圧倒的強者感。
 汗を流しながらも疲れた様子を見せない姫歌先輩に敬意を表しつつ、敗者である私はコートを去る。
 ラケットを真里亜先輩に渡し、二回戦開始。
 二人の打ち合いは、いろんな意味ですごかった。
 おっぱい。この一言に尽きる。
 先輩たち、ごめんなさい。でも、本能には抗えないんです!
 規格外の爆乳と芸術的な巨乳による夢の競演からは、どうしても目が離せないんです!
 両脇にいる葵先輩とアリス先輩も私と同じく、行き交う羽より揺れ弾む双丘を目で追っている。
 強者同士の白熱した試合内容を二の次にしてしまい、本当に申し訳ない。

「なかなかやるじゃない! でも、あんたの弱点はもう掴んだわ!」

「あらあら❤ すごい自信❤」

 不敵な笑みを浮かべる真里亜先輩を、姫歌先輩は悠然と待ち構える。
 その後も一進一退の攻防を繰り広げた末に、姫歌先輩が降参を宣言。胸の付け根辺りをさする仕草を見て、理由を察した。

「胸が大きいって、本人にとっては大変なことも多いんですね」

「あーしたちには分からないけど、気持ちは伝わってくるよね~」

「い、いろいろ不便なことが多いって、ま、真里亜も言ってた」

 胸囲において姫歌先輩や真里亜先輩との間に大きな壁がある私たち三人は、わずかに悲しみを孕んだ声を漏らす。

「頑張ってね❤」

「う、うん、できるだけ、やってみる」

 姫歌先輩からラケットを受け取り、アリス先輩がコートに入る。
 真里亜先輩とアリス先輩による、いとこ対決。
 戦いの火蓋が、切って落とされた。

「――うぅ、く、悔しぃ」

 そして終わった。
 アリス先輩がシャトルを懸命に追う姿は非常に愛らしく、いままさにしょんぼりした様子でうつむく彼女を見ていると庇護欲を掻き立てられる。
 試合内容はというと、常人離れした肺活量とスタミナを有するアリス先輩が、コート内を縦横無尽に駆け回ってすべての攻撃をひたすら拾い続けた。持久戦の様相を呈するかと思いきや、非力すぎるためシャトルを相手陣地へ打ち返すことができず、渾身の力を込めても明後日の方向へ飛んでしまう。
 そのため、予想に反して最短試合時間を更新する結果となった。

「ふふんっ、調子が出てきたわ! さぁ葵、かかって来なさい!」

 余裕たっぷりな表情を浮かべ、ラケットの先端を葵先輩に向ける。
 汗だくの真里亜先輩はブラウスが透けていて、なんとも扇情的だ。

「いいねいいね、やる気充分って感じじゃん! でも、悪いけど軽くひねっちゃうよ~!」

 満を持して、この人がコートに立つ。
 初戦以降の参加順はじゃんけんによって決められたけど、葵先輩が最後となったのは運命じみたものを感じる。
 主役は遅れて登場する。
 ことスポーツにおいて、彼女が主役であることに異を唱える者は誰もいないだろう。
 真里亜先輩の挑発的な態度は、葵先輩に対する警戒心の裏返しに思えなくもない。
 深呼吸で息を整えた真里亜先輩が、連戦の疲れなど感じさせない鋭いサーブを放つ。

***

 結論から言って、葵先輩が敗北を知ることはなかった。
 二巡目、三巡目と、終始私たちを圧倒し続ける。
 スラッとした手足や迸る汗の美しさに見惚れていなかったとしても、到底私が敵う相手ではない。

「ん~っ、楽しかった! またやろうね!」

 タオルで汗を拭きながら、太陽よりも眩しい笑顔を見せる葵先輩。
 私の戦績は散々なものだけど、ただひたすらに楽しかったというのが素直な感想だ。

「はい、またやりましょう!」

 迷うことなく、元気いっぱいに即答する。
 姫歌先輩たちも、口々に賛成意見を唱えた。
 道具を片付け、みんなで試合内容を振り返りながら賑やかに部室へ帰る。
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