甘美な百合には裏がある

ありきた

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26話 実物を見るのは初めて

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 姫歌先輩と葵先輩がいつも通り自分の定位置で作業に没頭し、アリス先輩は部室の隅に簡易の録音スペースを設けてボイスドラマを収録。
 私は静かに本を読み、真里亜先輩は物音を立てないよう気を付けつつカバンの中を整理している。
 筆箱や化粧ポーチ、財布やスマホ、家の鍵などなど。
 洗濯ばさみやガムテープもあるけど、なにに使うのかな?
 失礼だと分かっていても、気になってつい横目で見てしまう。
 と、ここで先ほどから聞こえていたアリス先輩の声が途切れた。チラッと確認したところ、機材を片付けようとしている。収録は無事に終わったらしい。
 魅力的で特徴のある澄んだ声質に加え、圧倒的な演技力。お世辞ではなく、声優さんのアフレコに同席させてもらっているような気分だった。

「あっ」

 真里亜先輩が手を滑らせ、なにかを床に落としてしまう。
 カタンッという乾いた音に反応して視線が動き、一番近くにいる私が何気なくそれを拾う。
 親指より二回りほど大きな、楕円形のプラスチック製品。色はピンクで、かなり軽い。
 馴染みのない物だけど、その存在は以前から知っている。ついでに言うなら、名称と用途も同様だ。

「……真里亜先輩、なんですかこれ?」

 拾った物を手渡しつつ、問いかける。

「ありがと。なにって、ローターよ」

 それは知ってる。
 いまのは私の訊き方が悪かった。

「すみません、言い直します。なんでこんな物を学校に持って来ているんですか?」

「そんなの、悠理にいつどんなプレイを望まれても応えられるよう常備しているに決まってるじゃない」

 さも常識を説くかのようにサラッと言ってのける真里亜先輩。

「あらあら❤ 実物を見るのは初めてだわぁ❤」

「へぇ、意外ね。よかったら触ってみる?」

「あーしも触ってみたい!」

「あ、アリス、も」

 姫歌先輩たちも興味を示し、交代しながらピンクのオモチャを手に取って重さや質感を確かめ、しげしげと眺めている。
 正直なところ私も気になっているんだけど、タイミングを逃してしまった。

「もしかして、洗濯ばさみとガムテープも同じ理由ですか?」

 オモチャのことは一旦置いて、素朴な疑問をぶつける。

「ええ、そうよ。いつ悠理がドSの調教師として覚醒してもいいように、最低限の道具はそろえているわ」

「だったら、カバンを圧迫するだけですから持って来ない方がいいと思いますよ」

 百歩譲って、洗濯ばさみとガムテープはいざというときに役立つかもしれない。
 ただ、オモチャに関しては学校生活において活躍の場は皆無であると断言できる。

「そんなこと言いながらチラチラ視線が動いてるけど、悠理も気になってるんでしょ? 意地を張らずに、興味津々だって言いなさいよ」

「べっ、べつに興味津々ってほどじゃ……で、でも、後で私も少しだけ触らせてほしいです」

「未使用だから、欲しいならあげるわよ」

 ふむ……。
 うーん…………。

「え、遠慮しておきます」

 自分に嘘はつけず、熟考してしまう。
 即答できなかったことから私の迷いは周りに筒抜けとなり、その後しばらくからかわれた。
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