56 / 121
3章 一線を越えても止まらない
3話 中距離走の後
しおりを挟む
今日の体育は中距離走。グラウンドからスタートして、学校をぐるっと一周し、グラウンドに戻るというコースだ。
途中までは萌恵ちゃんがペースを合わせてくれたけど、私はお世辞にも運動が得意とは言えない。
胸が揺れる痛みを考慮するとしても、萌恵ちゃんにしては相当なスローペースとなる。
すぐに追いつくから先に言ってほしいと頼み、萌恵ちゃんの背中が見えなくなってからしばらく経つ。
足を止めて休みたい気持ちを抑え込み、萌恵ちゃんに会いたい一心で足を動かす。
腕をしっかりと振り、前を見据えて一歩ずつ確実に進む。
校門を抜け、昇降口を通り過ぎ、体育館が見えてくる。
足元に気を付けつつ短い階段を降り、グラウンドに到着。
ゴールラインが引かれた場所で、萌恵ちゃんが手を振っている。
「真菜~、あとちょっとだよ~!」
声が聞こえた瞬間、疲弊した肉体に活力が戻った。
残った力を振り絞り、私はついに萌恵ちゃんの元へ辿り着く。
「はぁ、はぁ……も、ぇ、ちゃ……」
「お疲れ様! よく頑張ったね!」
私を招くように両手を広げる萌恵ちゃんに、力なく倒れ込む。
頑張ってよかった。
柔らかくて、いい匂い。
全身汗だくだし、プールに飛び込みたいほど体が熱いけど、萌恵ちゃんの温もりは心地よく感じる。
って、汗だく……?
「ごっ、ごめん萌恵ちゃんっ」
自分がどういう状態か思い出し、反射的に距離を取る。
すると、萌恵ちゃんは先生にトイレへ行く許可を貰い、なにも言わず私の手を引いた。
最寄である体育館のトイレに着き、一番奥の個室に入って鍵を閉め、力強く掴まれていた手が離される。
清掃が行き届いているおかげで、汚れや悪臭はない。長話をするほどの時間はないけど、落ち着いて話す環境としては申し分ない。
「も、萌恵ちゃん? なんで一緒に入ったの?」
まさか萌恵ちゃんがしている姿を眺める、なんてことは……。
うん、想像しただけで興奮する。
とはいえ、いくら性的好奇心が強まっても萌恵ちゃんは萌恵ちゃんだ。私とは違って、マニアック極まりない発想には至らないだろう。
考えても意図が分からず、返答を待つ。
「真菜、さっき自分が汗かいてるのを気にして離れたでしょ?」
「う、うん。走った直後だし、いつも以上に汗かいてて、ベタベタだから悪いと思って」
「ふ~ん。前に汗だくでも抱き合ってくれるって言ったのに?」
「そ、それは……」
確かに言った。
「責めてるわけじゃないよ。あたしだって、さすがに自分が汗臭いときに密着するのは気が引けるもん。でも、汗だくでも抱き合いたいっていう気持ちの方が強い。それでね、いいことを思い付いてここに来たの」
「いいこと?」
トイレの個室でなにをするつもりなのだろうか。
授業中だし人目もないから、やろうと思えばなんでもできるけど。
「こういうこと!」
「っ!?」
萌恵ちゃんは勢いよく私を抱きしめ、有無を言わさず唇を重ねた。
家の外でする初めてのキスが、学校のトイレ、しかも個室の中だなんて。
特殊な状況に緊張しているのか、いつもより五感が研ぎ澄まされる。
静まり返った個室の中、二人の息遣いやキスによる小さな水音だけが響く。
萌恵ちゃんの大きく円い瞳はわずかに細められ、熱っぽい視線を私に向けていた。
洗剤とは違う甘い匂いに混じって、汗のツンとした香りも感じる。
唇が触れ合うだけのキスは、舌を絡ませ唾液を交換する濃厚なものへと変わっていく。
押し当てられた胸の柔らかさが脳を刺激し、興奮のあまり頭がクラクラしてきた。
「ぷはっ。どうだった? ギュッて抱き合ってキスしてたら、汗かいてることとか気にならなかったでしょ?」
唇を離し、つぅっと唾液の糸を引かせつつ、萌恵ちゃんが明るく言い放った。
私は快楽の余韻に浸りながら、コクコクと小さく何度もうなずく。
言われてみれば、意識も五感もすべて萌恵ちゃんに向けられていた。
自分が汗臭いから近寄りづらい、という抵抗感は知らない間に消えている。
「もしかして、そのために?」
「うん! いくらなんでも授業中にみんなの前でキスするわけにはいかないから、誰にも邪魔されない場所に来たの。あたしの作戦、見事に成功したみたいだね!」
「成功どころか、大成功だよ」
かつて失敗を重ね続けた私とは大違いだ。
さっきまでは本当に汗だくなことを気にしていたのに、キスによって余計な思考が吹っ飛び、萌恵ちゃんに強く抱きしめられたことで身をもって遠慮は不要だと実感した。
「なんて偉そうに言っちゃったけど、単に二人とも汗臭いから感覚がマヒしてるだけかもしれないね~」
「ううん、そんなことない。萌恵ちゃんのおかげで、また一つ枷が外れたような気がする」
汗臭いのも事実だとは思うけど。
本来なら不要な枷――羞恥心によって二人の間にできてしまった壁みたいな隔たりを、完膚なきまでに壊してくれた。
上手く言葉にできないのがもどかしい。
要するに、私がいついかなるときでも萌恵ちゃんをそばに感じたいように、萌恵ちゃんも私に対して同じ思いを抱いてくれている。だから暑苦しいとか汗臭いとか、そんな心配は捨てていいんだ。
「冷静になってみると、かなり大胆だったよね。ひゃ~っ、いまになって恥ずかしくなってきた!」
萌恵ちゃんが頭を抱え、首をブンブンと振る。
授業中にトイレだと偽って私を個室に連れ込み、抱きしめてキス。大胆という他ない行動だ。
羞恥に悶えるのも無理はない。
せっかくの機会なので、私は今回の件を応用することにした。
今度は私が萌恵ちゃんの唇を奪い、余計な恥じらいを拭い去る。
***
その後、クラスメイトが私たちを呼びに来たことでキスは中断。
二人して冷静になり、自分たちの行動を振り返って顔を真っ赤にしながらグラウンドに戻った。
こういう恥ずかしさは、さすがにどうしようもないよね。
途中までは萌恵ちゃんがペースを合わせてくれたけど、私はお世辞にも運動が得意とは言えない。
胸が揺れる痛みを考慮するとしても、萌恵ちゃんにしては相当なスローペースとなる。
すぐに追いつくから先に言ってほしいと頼み、萌恵ちゃんの背中が見えなくなってからしばらく経つ。
足を止めて休みたい気持ちを抑え込み、萌恵ちゃんに会いたい一心で足を動かす。
腕をしっかりと振り、前を見据えて一歩ずつ確実に進む。
校門を抜け、昇降口を通り過ぎ、体育館が見えてくる。
足元に気を付けつつ短い階段を降り、グラウンドに到着。
ゴールラインが引かれた場所で、萌恵ちゃんが手を振っている。
「真菜~、あとちょっとだよ~!」
声が聞こえた瞬間、疲弊した肉体に活力が戻った。
残った力を振り絞り、私はついに萌恵ちゃんの元へ辿り着く。
「はぁ、はぁ……も、ぇ、ちゃ……」
「お疲れ様! よく頑張ったね!」
私を招くように両手を広げる萌恵ちゃんに、力なく倒れ込む。
頑張ってよかった。
柔らかくて、いい匂い。
全身汗だくだし、プールに飛び込みたいほど体が熱いけど、萌恵ちゃんの温もりは心地よく感じる。
って、汗だく……?
「ごっ、ごめん萌恵ちゃんっ」
自分がどういう状態か思い出し、反射的に距離を取る。
すると、萌恵ちゃんは先生にトイレへ行く許可を貰い、なにも言わず私の手を引いた。
最寄である体育館のトイレに着き、一番奥の個室に入って鍵を閉め、力強く掴まれていた手が離される。
清掃が行き届いているおかげで、汚れや悪臭はない。長話をするほどの時間はないけど、落ち着いて話す環境としては申し分ない。
「も、萌恵ちゃん? なんで一緒に入ったの?」
まさか萌恵ちゃんがしている姿を眺める、なんてことは……。
うん、想像しただけで興奮する。
とはいえ、いくら性的好奇心が強まっても萌恵ちゃんは萌恵ちゃんだ。私とは違って、マニアック極まりない発想には至らないだろう。
考えても意図が分からず、返答を待つ。
「真菜、さっき自分が汗かいてるのを気にして離れたでしょ?」
「う、うん。走った直後だし、いつも以上に汗かいてて、ベタベタだから悪いと思って」
「ふ~ん。前に汗だくでも抱き合ってくれるって言ったのに?」
「そ、それは……」
確かに言った。
「責めてるわけじゃないよ。あたしだって、さすがに自分が汗臭いときに密着するのは気が引けるもん。でも、汗だくでも抱き合いたいっていう気持ちの方が強い。それでね、いいことを思い付いてここに来たの」
「いいこと?」
トイレの個室でなにをするつもりなのだろうか。
授業中だし人目もないから、やろうと思えばなんでもできるけど。
「こういうこと!」
「っ!?」
萌恵ちゃんは勢いよく私を抱きしめ、有無を言わさず唇を重ねた。
家の外でする初めてのキスが、学校のトイレ、しかも個室の中だなんて。
特殊な状況に緊張しているのか、いつもより五感が研ぎ澄まされる。
静まり返った個室の中、二人の息遣いやキスによる小さな水音だけが響く。
萌恵ちゃんの大きく円い瞳はわずかに細められ、熱っぽい視線を私に向けていた。
洗剤とは違う甘い匂いに混じって、汗のツンとした香りも感じる。
唇が触れ合うだけのキスは、舌を絡ませ唾液を交換する濃厚なものへと変わっていく。
押し当てられた胸の柔らかさが脳を刺激し、興奮のあまり頭がクラクラしてきた。
「ぷはっ。どうだった? ギュッて抱き合ってキスしてたら、汗かいてることとか気にならなかったでしょ?」
唇を離し、つぅっと唾液の糸を引かせつつ、萌恵ちゃんが明るく言い放った。
私は快楽の余韻に浸りながら、コクコクと小さく何度もうなずく。
言われてみれば、意識も五感もすべて萌恵ちゃんに向けられていた。
自分が汗臭いから近寄りづらい、という抵抗感は知らない間に消えている。
「もしかして、そのために?」
「うん! いくらなんでも授業中にみんなの前でキスするわけにはいかないから、誰にも邪魔されない場所に来たの。あたしの作戦、見事に成功したみたいだね!」
「成功どころか、大成功だよ」
かつて失敗を重ね続けた私とは大違いだ。
さっきまでは本当に汗だくなことを気にしていたのに、キスによって余計な思考が吹っ飛び、萌恵ちゃんに強く抱きしめられたことで身をもって遠慮は不要だと実感した。
「なんて偉そうに言っちゃったけど、単に二人とも汗臭いから感覚がマヒしてるだけかもしれないね~」
「ううん、そんなことない。萌恵ちゃんのおかげで、また一つ枷が外れたような気がする」
汗臭いのも事実だとは思うけど。
本来なら不要な枷――羞恥心によって二人の間にできてしまった壁みたいな隔たりを、完膚なきまでに壊してくれた。
上手く言葉にできないのがもどかしい。
要するに、私がいついかなるときでも萌恵ちゃんをそばに感じたいように、萌恵ちゃんも私に対して同じ思いを抱いてくれている。だから暑苦しいとか汗臭いとか、そんな心配は捨てていいんだ。
「冷静になってみると、かなり大胆だったよね。ひゃ~っ、いまになって恥ずかしくなってきた!」
萌恵ちゃんが頭を抱え、首をブンブンと振る。
授業中にトイレだと偽って私を個室に連れ込み、抱きしめてキス。大胆という他ない行動だ。
羞恥に悶えるのも無理はない。
せっかくの機会なので、私は今回の件を応用することにした。
今度は私が萌恵ちゃんの唇を奪い、余計な恥じらいを拭い去る。
***
その後、クラスメイトが私たちを呼びに来たことでキスは中断。
二人して冷静になり、自分たちの行動を振り返って顔を真っ赤にしながらグラウンドに戻った。
こういう恥ずかしさは、さすがにどうしようもないよね。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

犬猿の仲だけど一緒にいるのが当たり前な二人の話
ありきた
青春
犬山歌恋と猿川彩愛は、家族よりも長く同じ時間を過ごしてきた幼なじみ。
顔を合わせれば二言目にはケンカを始め、時には取っ組み合いにまで発展する。
そんな二人だが、絆の強さは比類ない。
ケンカップルの日常を描いた百合コメディです!
カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI


AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!


大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる