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1章 私がガチなのは内緒である
17話 すべて雨のせい
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六限目が始まってすぐに雲行きが怪しくなり、ポツリと降り始めたかと思うや否や、下校する頃には地上に恨みでもあるかのような勢いで雨粒が地面を叩いていた。
朝の時点から降水確率が高く、私と萌恵ちゃんはきちんと傘を持参している。
余裕綽々といった顔で学校を出て、傘を差して安全に帰宅――する予定だったんだけど。
「うわ~、靴下びちゃびちゃだ」
「こんなに土砂降りするとは思わなかったね」
体は無事ながら、足は靴下が水浸しになるほどの被害を受けた。
床を濡らしてしまわないよう、玄関で靴下を脱ぐ。
「萌恵ちゃん、それ貸して」
「えっ、いいよいいよ、洗濯機に入れるぐらい自分でやるから」
靴下を預かろうとすると、萌恵ちゃんは慌てて後ろ手に隠してしまう。
「ふーん。萌恵ちゃんは私を台所に立たせてくれないのに、洗濯係の仕事は全部任せてくれないんだ。悲しいなー」
私はあからさまに声のトーンを落とし、冗談半分で嫌味っぽいことをつぶやいた。
「そ、そういうわけじゃなくて、ちゃんと理由が……」
大慌てでフォローしてくれるんじゃないかと予想していたら、赤面して妙に艶めかしい表情でうつむく貴重なシーンを目の当たりにする。なんか、えっちだ。
網膜に焼き付けつつ、話を続ける。
「じゃあ、その理由に納得できたらなにも言わないよ」
「い、言わなきゃダメ?」
立ち上がった私に、萌恵ちゃんは腰を下ろしたまま上目遣いで弱々しく訊ねた。
身長差があるゆえ、普段なら絶対に拝めない萌恵ちゃんの上目遣い。うっ、かわいすぎて吐血しそう。
「うん、ダメ」
「うぅ……」
まったく見当も付かないけど、萌恵ちゃんにとっては口にするのも躊躇するほどの理由らしい。
「あと二秒ね」
「えっ!? 速くない!?」
「あと一秒」
「わっ、分かった! 言う! 言うから! えっと、その、つまり……く、臭いから、真菜に触らせたく、なくって……」
いざ聞いてみると、文句なく納得できた。
確かに、逆の立場だったら私も同じことを言っただろう。
だけど認めない。
「その理由じゃダメだね。ほら、早く貸して」
「えぇっ、なんで!? 理由言ったのに~っ」
「納得してないからね」
ごめん萌恵ちゃん、本当は納得してる。
でも、私は靴下が臭かったとしてもまったく気にしない。
「いやいや、ここは引き下がってよ! だって、今日は体育もあったし、雨でずぶ濡れだし、絶対臭いもん! これで真菜に軽蔑されたら泣いちゃうよ!」
べつにそれぐらいで軽蔑しないけどなぁ。
「大丈夫だって」
「じゃ、じゃあ、マスクとゴム手袋とゴーグルと耳栓を装備するなら渡す!」
聴覚まで封じる必要ある?
「わけ分かんないこと言ってないで、早くちょうだい」
「やだ! 絶対やだ!」
いつになく頑固だ。
ちょっと罪悪感あるけど、強硬手段に出るとしよう。
「私を信頼してくれてるなら、靴下を預けて。なにがあっても軽蔑しないって約束するから」
「うっ、それは卑怯だよぅ……」
萌恵ちゃんは視線を落としながら、おずおずと靴下を差し出してきた。
いまの文言が強制力を持ってくれたことを嬉しく思いつつ、脅迫と言っても過言ではないので心が痛む。
「萌恵ちゃん、ありがとう」
膝を着き、靴下を受け取った。
手のひらに湿り気を帯びた生暖かい感触が伝わるけど、不快感は微塵もない。
未だ恥ずかしそうに目を逸らす萌恵ちゃんに、心の中でごめんと謝っておく。
あと、頬を紅潮させてうつむく姿が私を激しく欲情させる。
「こんなに恥ずかしい目に遭わされたんだから、お風呂のときに真菜にも恥ずかしい思いをしてもらうよ!」
「はいはい、楽しみにしてるね」
私は適当にあしらいながら、『なにそのご褒美ぜひお願いします!』と期待で胸を膨らませた。
脱衣所まで移動して洗濯機の前に立ち、自分の靴下を適当に放り入れた後、ふと動きを止める。
ほんの出来心だった。
ちょっとした興味。怖い物見たさというか、好奇心のようなもの。
「萌恵ちゃんの……」
自分の行為がひどく変態的で気持ち悪いということは分かっている。
この先へ進んではいけないと、良心が激しく警笛を鳴らす。
だけど、体が勝手に動いてしまう。
なにかに導かれるように、温もりの残るそれを、鼻に押し付けた。
瞳を閉じて意識を集中し、大きく息を吸い込む。
***
――私は今日、新たなる扉を開いた。
朝の時点から降水確率が高く、私と萌恵ちゃんはきちんと傘を持参している。
余裕綽々といった顔で学校を出て、傘を差して安全に帰宅――する予定だったんだけど。
「うわ~、靴下びちゃびちゃだ」
「こんなに土砂降りするとは思わなかったね」
体は無事ながら、足は靴下が水浸しになるほどの被害を受けた。
床を濡らしてしまわないよう、玄関で靴下を脱ぐ。
「萌恵ちゃん、それ貸して」
「えっ、いいよいいよ、洗濯機に入れるぐらい自分でやるから」
靴下を預かろうとすると、萌恵ちゃんは慌てて後ろ手に隠してしまう。
「ふーん。萌恵ちゃんは私を台所に立たせてくれないのに、洗濯係の仕事は全部任せてくれないんだ。悲しいなー」
私はあからさまに声のトーンを落とし、冗談半分で嫌味っぽいことをつぶやいた。
「そ、そういうわけじゃなくて、ちゃんと理由が……」
大慌てでフォローしてくれるんじゃないかと予想していたら、赤面して妙に艶めかしい表情でうつむく貴重なシーンを目の当たりにする。なんか、えっちだ。
網膜に焼き付けつつ、話を続ける。
「じゃあ、その理由に納得できたらなにも言わないよ」
「い、言わなきゃダメ?」
立ち上がった私に、萌恵ちゃんは腰を下ろしたまま上目遣いで弱々しく訊ねた。
身長差があるゆえ、普段なら絶対に拝めない萌恵ちゃんの上目遣い。うっ、かわいすぎて吐血しそう。
「うん、ダメ」
「うぅ……」
まったく見当も付かないけど、萌恵ちゃんにとっては口にするのも躊躇するほどの理由らしい。
「あと二秒ね」
「えっ!? 速くない!?」
「あと一秒」
「わっ、分かった! 言う! 言うから! えっと、その、つまり……く、臭いから、真菜に触らせたく、なくって……」
いざ聞いてみると、文句なく納得できた。
確かに、逆の立場だったら私も同じことを言っただろう。
だけど認めない。
「その理由じゃダメだね。ほら、早く貸して」
「えぇっ、なんで!? 理由言ったのに~っ」
「納得してないからね」
ごめん萌恵ちゃん、本当は納得してる。
でも、私は靴下が臭かったとしてもまったく気にしない。
「いやいや、ここは引き下がってよ! だって、今日は体育もあったし、雨でずぶ濡れだし、絶対臭いもん! これで真菜に軽蔑されたら泣いちゃうよ!」
べつにそれぐらいで軽蔑しないけどなぁ。
「大丈夫だって」
「じゃ、じゃあ、マスクとゴム手袋とゴーグルと耳栓を装備するなら渡す!」
聴覚まで封じる必要ある?
「わけ分かんないこと言ってないで、早くちょうだい」
「やだ! 絶対やだ!」
いつになく頑固だ。
ちょっと罪悪感あるけど、強硬手段に出るとしよう。
「私を信頼してくれてるなら、靴下を預けて。なにがあっても軽蔑しないって約束するから」
「うっ、それは卑怯だよぅ……」
萌恵ちゃんは視線を落としながら、おずおずと靴下を差し出してきた。
いまの文言が強制力を持ってくれたことを嬉しく思いつつ、脅迫と言っても過言ではないので心が痛む。
「萌恵ちゃん、ありがとう」
膝を着き、靴下を受け取った。
手のひらに湿り気を帯びた生暖かい感触が伝わるけど、不快感は微塵もない。
未だ恥ずかしそうに目を逸らす萌恵ちゃんに、心の中でごめんと謝っておく。
あと、頬を紅潮させてうつむく姿が私を激しく欲情させる。
「こんなに恥ずかしい目に遭わされたんだから、お風呂のときに真菜にも恥ずかしい思いをしてもらうよ!」
「はいはい、楽しみにしてるね」
私は適当にあしらいながら、『なにそのご褒美ぜひお願いします!』と期待で胸を膨らませた。
脱衣所まで移動して洗濯機の前に立ち、自分の靴下を適当に放り入れた後、ふと動きを止める。
ほんの出来心だった。
ちょっとした興味。怖い物見たさというか、好奇心のようなもの。
「萌恵ちゃんの……」
自分の行為がひどく変態的で気持ち悪いということは分かっている。
この先へ進んではいけないと、良心が激しく警笛を鳴らす。
だけど、体が勝手に動いてしまう。
なにかに導かれるように、温もりの残るそれを、鼻に押し付けた。
瞳を閉じて意識を集中し、大きく息を吸い込む。
***
――私は今日、新たなる扉を開いた。
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