私がガチなのは内緒である

ありきた

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1章 私がガチなのは内緒である

15話 甘々な日

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 春の陽気が心地いい、日曜日の昼間。
 萌恵ちゃんから、とある提案が発表された。

「今日は! 真菜を! 徹底的に甘やかします!」

 元気いっぱいというより、やたらと力強い。

「なんで?」

 素朴な疑問を呈してみた。
 なぜ萌恵ちゃんは唐突にこんなことを言い出したのだろうか。

「真菜にはずっとお世話になってるからね。たまには恩返しというか、感謝の表れとしてなにかしたいなって」

「いやいやいやいや、むしろ私の方がお世話になってるよ。そういう理屈なら、私も徹底的に萌恵ちゃんを甘やかしたい」

 嬉し泣きしそうなほど健気で甲斐甲斐しいことを言われ、またもや萌恵ちゃんへの好感度が上がった。
 気持ちはありがたいけど、私は萌恵ちゃんがいなかったら死んでしまう。お世話になっているどころか、生きるための原動力であり、命の恩人と捉えることさえできる。
 恩返しをしなければならないのは、間違いなく私の方だ。

「ダメ! いつもあたしばかり甘えてるんだから、今日ぐらいはあたしに甘えて!」

 断固として拒否されてしまう。
 萌恵ちゃんが言っているのは、家事等を任せろということではなく、スキンシップ的な意味だろう。
 確かに前の一件以降、そっちの面では萌恵ちゃんを甘やかしまくっている。

「でも……」

 どうにも気が引ける。
 ご飯のときに『あーん』したり寝る前に頭を撫でたりしてるけど、私にとってもご褒美なわけだから。

「でもは禁止! 次に反抗的な態度を取ったら、力づくで甘やかすから!」

 今回ばかりは私の主張は通らなさそうだ。
 にしても、力づくで甘やかすってすごい言葉だなぁ。

「分かった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」

 せっかくの好意だから、素直に受け取らせてもらおう。
 こういう機会だからこそ、普段できないような触れ合いができるかもしれない。

「よ~しっ、どんどん甘やかすぞ~!」

 萌恵ちゃんがいつになくやる気満々だ。
 それだけ私のことを大事に思ってくれてるんだと考えると、胸が熱くなる。

「お昼寝でもする?」

「えっ!? あ、いや、いいけど、あたしが甘やかす余地が……もしかして、迷惑だった?」

「それはない。萌恵ちゃんからの申し出を迷惑だなんて思ったことはこれまでに一度たりともないし今回も私だけ得してるみたいで気は引けたけど嬉しい気持ちしかなかったよ」

 私はハッキリと断言し、息継ぎなしで率直な意見を伝えた。

「そ、そう? でも、だったらなんでお昼寝なの?」

 萌恵ちゃんが涙をにじませて不安気に訊ねてきた。
 この表情を見ているとなにかに目覚めそうなので、私はすぐさま答えを口にする。

「せっかく萌恵ちゃんに甘えられるんだから、抱きしめてもらいたいなーって。ダメ?」

「ううん、ダメじゃない! そういうことなら大賛成! ぜひ!」

 納得してもらえてよかった。
 正直に言えばキスしてほしいけど、それはさすがにヤバい。私の本心が知られる→「えっ、ごめん無理」→別居→絶交まである。

「真菜をぎゅ~ってできるなんて、あたしにとってもご褒美だよ。なんか落ち着くというか、安心感に包まれるというか」

 ああもう、また萌恵ちゃんは無自覚にそういうこと言っちゃって。
 好きという感情が物理的に爆発するとしたら、私の体は完全に消滅しているだろう。
 ニヤニヤ顔を見られないように布団をセッティング。
 シングルベッドで一緒に寝るのも憧れるけど、場所・金銭の両面でそんな余裕はない。
 折り畳みテーブルを片付けてくれていた萌恵ちゃんが、なにかを閃いたように布団へ駆け込んだ。

「真菜、おいで」

 もう何度目だろう。私の心が撃ち抜かれた瞬間である。
 本人にはもちろん内緒だし、どこがとは言わないけど……濡れた。

「お、お邪魔します」

 いつも一緒に寝てるのに、こういう形で布団に招かれると緊張してしまう。
 頬が熱を帯びるのを感じながら、萌恵ちゃんの隣に横たわる。

「それじゃあ……ぎゅ~っ」

 萌恵ちゃんは右腕で私を抱きしめ、もう片方は頭の下に潜り込ませて腕枕をしてくれた。

「萌恵ちゃん、あったかい」

「んふふっ、このまま寝てもいいよ?」

 気持ちは嬉しいけど、この状況で眠れるほど私の精神は強くない。
 幸せの度合いに比例して鼓動が速まり、効果音が可視化されたら辺り一面が私の心音で埋め尽くされるだろうと断言できるぐらいドキドキしている。
 ここで愛を囁かれようものなら、失神してしまうかもしれない。

「萌恵ちゃん、腕痛くない? つらくなったらすぐに教えてね」

「全然平気! この体勢とかやり取りって、あたしが男だったらカップルみたいだよね~」

「そ、そう、だね」

 男だったら、か。
 女同士じゃダメだと明言されたわけじゃないけど、萌恵ちゃんにとって私は恋愛対象外だと再認識させられたみたいで胸が痛む。
 いやいや、気にしてはいけない。
 せっかくのシチュエーションなんだから、いまはこの幸せを満喫しよう。

「せっかくだから、ドラマみたいなこと言ってみようかな~」

「ドラマ?」

「真菜、愛してるよ」

「ひゃうっ!?」

 どっ、どどどっ、どうしよう! え、演技だって分かってるのに、嬉しすぎて泣きそう!
 なんか体がふわふわして、意識がボーっとし――

「あれ、真菜? お~い、真菜? 真菜~っ」

 ***

 
 ふと目を覚まして時計を見やると、あれから三時間ほど経過していた。
 まさか本当に失神するとは、想像を絶する破壊力だ。

「ご、ごめん、いつの間にか寝ちゃってて」

「いいよいいよ。それだけ安心してくれたってことでしょ? それに、寝顔もじっくり見させてもらったしね~」

 と、萌恵ちゃんはイジワルそうな笑みを浮かべる。
 自分のことを棚に上げてしまうけど、寝顔を観察されるのはとてつもなく恥ずかしい……!

「ありがとう萌恵ちゃん、すごく気持ちよかった。調子に乗って甘え過ぎてごめんね」
 
 添い寝、抱きしめ、腕枕、そのまま昼寝(失神)。至れり尽くせりのフルコースだった。
 身に余る幸福に天罰が下るんじゃないかと不安になる。

「あたしの方が何倍も甘えさせてもらってるから、気にしないで。こんなのでよかったら、いつでもしてあげるよ」

「うーん、それはちょっと恥ずかしい」

 というより、私の意識か理性のどちらかが壊れてしまう。

「さてと、そろそろ晩ごはんの支度でも始めようかな~」

「手伝おうか?」

 立ち上がって体を伸ばす萌恵ちゃんにそう申し出ると、なぜかビクッと体を強張らせた。

「あ、ありがと! それじゃあ、布団の片付けとテーブルの設置と食器の用意をお願い!」

「うん、分かった。野菜の下ごしら――」

「それは大丈夫! あたしに任せて!」

 私の認識以上に職人気質なのか責任感が強いのか。
 前に役割分担を決めてから、萌恵ちゃんは私を台所に立たせてくれない。

「シェフ、あとは任せました」

「んふふっ、任せたまえ!」

 萌恵ちゃんの腕に抱かれて昼寝して、晩ごはんの支度をする萌恵ちゃんを眺め、萌恵ちゃんが作った料理を食べる。
 私って地上で一番の勝ち組なのでは?
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