1 / 67
1話 今日も今日とて仲が悪い
しおりを挟む
「んん……うるさいなぁ」
私こと犬山歌恋の朝は、隣の家から漏れるアラーム音によって始まる。
軽く伸びをしながら、ベッドの上で体を起こす。
もぞもぞと窓際に移動してカーテンと窓を開け放てば、憎き相手の部屋が目の前に現れる。
隣の家との距離は数十センチ程度。驚くべきことに、自室の扉より向かいの部屋の方が明らかに近い。
「ちょっと先輩、早くアラーム止めてください! 毎日毎日うるさいんですよ!」
窓から身を乗り出し、ガラスを割らないよう加減して窓をドンドンと叩く。
手を滑らせたとしても、落下の心配はない。
まだ私たちが幼い頃のこと。
万が一を危惧した両家の保護者が業者に依頼し、窓枠のすぐ下に頑丈な板を設置してくれた。
過激なノックを続けていると、ようやく部屋の主が動きを見せる。
「うぅん…………ああもう、朝からうるさいわね」
「は?」
落ち着け。この春から私も高校生。子供じゃないんだから、握った拳は引っ込めておこう。
「チッ。寝起き早々にバカでかい胸を見せ付けられて不愉快だわ。慰謝料として、いますぐあたしによこしなさい」
「別に見せ付けてないです。だいたい、慰謝料を払うべきなのはそっちですよ。近所迷惑な爆音を鳴らしておいて、他人だけ起こして自分は起きないんですから」
「周囲に他の家はないし、あたしの親もあんたの親も仕事に出かけてる時間じゃない。近所に迷惑をかけてるとは言えないんじゃないかしら?」
「私に迷惑がかかってるんですけど?」
「早起きは三文の徳ってやつよ。感謝しなさい」
屁理屈にもならない暴論を、ドヤ顔でやたら偉そうに言ってきた。
私があと少しでも短気だったら、確実に殴りかかっていたことだろう。
爆音のアラームを仕掛けているくせに、私に起こされるまで眠りから覚めない厄介な隣人。
物心つく前からの旧知であり、私と同じ隣町の女子校に通う一つ上の先輩。
黄金の髪と紺碧の瞳が印象的で、色白の珠肌は見るからに滑らかで瑞々しい。
体型は小学生と見紛うほどに小柄。容姿は腹立たしいほどに整っていて、美少女と言わざるを得ない。
甘く耳通りのいいアニメ声は、高飛車かつ傲慢な性格のせいで台無しだ。
昔は普通に仲がよかったけど、小学校を卒業する前にはすでにいまと同じような関係だったと思う。
このムカつく先輩――もとい猿川彩愛を一言で表すなら、私の天敵。
病める時も健やかなる時も、誕生日パーティーの最中でさえ、些細なきっかけでケンカが勃発する。
「ふふんっ、言い返す言葉もないって感じね。土下座して謝るなら、勘弁してあげてもいいわよ」
「呆れて物も言えなくなっただけです。はぁ、朝から無駄に疲れました」
「あ、そうだ。支度を済ませたら、うちに来なさい」
「え? 今日って私が作る番でしたよね?」
「昨日のカレーが残ってるのよ。だから、あんたの当番は明日に持ち越しってことで」
「あー、なるほど。分かりました。すぐに支度します」
「遅れたらおかわりさせないわよ! 五秒で来なさい!」
「はいはい」
適当に返事をして、そっと窓を閉める。窓越しに「『はい』は一回!」とか聞こえたけど、スルーしておく。
五秒なんて、部屋を出る前に過ぎてしまった。
部屋を出て廊下を進み、一階に下りて洗面所へ。
鏡に映る私の顔は、嬉しそうに微笑んでいる。
彩愛先輩に元気を貰った? いやいや、そんなわけない。
ただ単に、カレーが楽しみなだけだ。そうに違いない。
私こと犬山歌恋の朝は、隣の家から漏れるアラーム音によって始まる。
軽く伸びをしながら、ベッドの上で体を起こす。
もぞもぞと窓際に移動してカーテンと窓を開け放てば、憎き相手の部屋が目の前に現れる。
隣の家との距離は数十センチ程度。驚くべきことに、自室の扉より向かいの部屋の方が明らかに近い。
「ちょっと先輩、早くアラーム止めてください! 毎日毎日うるさいんですよ!」
窓から身を乗り出し、ガラスを割らないよう加減して窓をドンドンと叩く。
手を滑らせたとしても、落下の心配はない。
まだ私たちが幼い頃のこと。
万が一を危惧した両家の保護者が業者に依頼し、窓枠のすぐ下に頑丈な板を設置してくれた。
過激なノックを続けていると、ようやく部屋の主が動きを見せる。
「うぅん…………ああもう、朝からうるさいわね」
「は?」
落ち着け。この春から私も高校生。子供じゃないんだから、握った拳は引っ込めておこう。
「チッ。寝起き早々にバカでかい胸を見せ付けられて不愉快だわ。慰謝料として、いますぐあたしによこしなさい」
「別に見せ付けてないです。だいたい、慰謝料を払うべきなのはそっちですよ。近所迷惑な爆音を鳴らしておいて、他人だけ起こして自分は起きないんですから」
「周囲に他の家はないし、あたしの親もあんたの親も仕事に出かけてる時間じゃない。近所に迷惑をかけてるとは言えないんじゃないかしら?」
「私に迷惑がかかってるんですけど?」
「早起きは三文の徳ってやつよ。感謝しなさい」
屁理屈にもならない暴論を、ドヤ顔でやたら偉そうに言ってきた。
私があと少しでも短気だったら、確実に殴りかかっていたことだろう。
爆音のアラームを仕掛けているくせに、私に起こされるまで眠りから覚めない厄介な隣人。
物心つく前からの旧知であり、私と同じ隣町の女子校に通う一つ上の先輩。
黄金の髪と紺碧の瞳が印象的で、色白の珠肌は見るからに滑らかで瑞々しい。
体型は小学生と見紛うほどに小柄。容姿は腹立たしいほどに整っていて、美少女と言わざるを得ない。
甘く耳通りのいいアニメ声は、高飛車かつ傲慢な性格のせいで台無しだ。
昔は普通に仲がよかったけど、小学校を卒業する前にはすでにいまと同じような関係だったと思う。
このムカつく先輩――もとい猿川彩愛を一言で表すなら、私の天敵。
病める時も健やかなる時も、誕生日パーティーの最中でさえ、些細なきっかけでケンカが勃発する。
「ふふんっ、言い返す言葉もないって感じね。土下座して謝るなら、勘弁してあげてもいいわよ」
「呆れて物も言えなくなっただけです。はぁ、朝から無駄に疲れました」
「あ、そうだ。支度を済ませたら、うちに来なさい」
「え? 今日って私が作る番でしたよね?」
「昨日のカレーが残ってるのよ。だから、あんたの当番は明日に持ち越しってことで」
「あー、なるほど。分かりました。すぐに支度します」
「遅れたらおかわりさせないわよ! 五秒で来なさい!」
「はいはい」
適当に返事をして、そっと窓を閉める。窓越しに「『はい』は一回!」とか聞こえたけど、スルーしておく。
五秒なんて、部屋を出る前に過ぎてしまった。
部屋を出て廊下を進み、一階に下りて洗面所へ。
鏡に映る私の顔は、嬉しそうに微笑んでいる。
彩愛先輩に元気を貰った? いやいや、そんなわけない。
ただ単に、カレーが楽しみなだけだ。そうに違いない。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる