蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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 夜の9時過ぎまで営業していたジェイの店は、ようやく閉店し、鈴子とジェイは二人で神戸の街に出た。12月の神戸は寒く、雪こそ降らないが、六甲山から吹く風が冷たく肌に突き刺さる。


 鈴子が着ている環の作ったAラインのミドル寸の白いコートは、ゴスロリ風で大きなリボンが胸元に付いてあった。コートの下にはコートの長さより少し長い黒のワンピースで、中にチュールが付いており、ふわっとボリュームがあった。足下は編み上げの黒いブーツでコーディネートは完璧by奈菜だったのだ。


 鈴子の髪型は相も変わらずボブ。奈菜が「ロングの方がいい」と言っても、肩に付けば直ぐに切ってしまう鈴子だったのだ。


 ジェイはお気に入りの黒のライダースで中に迷彩柄フーディーを着ていた。少し寒いのか、フードを被り煙草を咥えている。チェーン付きの黒いパンツに黒のエンジニアブーツを履いていた。ただそこに立っているだけで、雑誌の撮影なのかと思わせる雰囲気で、鈴子は少し気後れしそうになった。


「何処に行くんだ鈴子?」


 まだ機嫌の悪いジェイは煙草を吸いながら、冷たい夜空を見上げていた。その寂しそうな顔は印象的で、鈴子の脳裏に焼き付くほどだ。何がジェイをここまでさせるのか、鈴子は見当が付かなかったが、出来ることをしようとジェイの手をそっと握る。


「ハーバーランドに行こう……」


 笑顔の鈴子はジェイの手をグイッと引っ張って歩いて行くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「サンタが住むフィンランドのサンタクロース村をイメージした森があるんだって。面白そうでしょ?」

「……別に」


 笑顔の鈴子と対照的にジェイは複雑な表情をしている。心はここにあらずと言うべきか、時折空を見上げてため息をつく程だ。


 ハーバーランドの全体がクリスマスイルミネーションで輝いているが、一画にクリスマスツリーがあり、周囲にサンタハウスやそりなどがデコレーションがされてあった。カップルが写真を撮ってキャーキャー騒ぐ様子を、鈴子は少し羨ましそうに見つめる。


「……写真が撮りたいのか?」


 ボソリと呟くジェイをキラキラ輝く笑顔の鈴子が見つめる。そう、全身で「写真撮りたい」と言っているのだ。「プッ」と笑いを漏らすジェイが、鈴子を抱き寄せるようにして、サンタハウスとツリーを背にセルフィーを撮る。写真慣れしていない鈴子は笑顔が不自然で、それが更にジェイに笑いを誘うのだった。


「良かったら写真撮りましょうか?」


 側に居たカップルの男の方がジェイに話しかける。ジェイも喜んで男に写真を撮って貰った。お礼にとそのカップルの写真を撮るジェイ。笑顔でそのカップルと写真を見せ合うジェイは、少しいつもの感じになりつつあった。


 クリスマスをテーマにした3Dプロジェクションマッピングもあり、神戸のイブの街を盛り上げていた。ハーバーランドは海の側にあるので、風が吹けば寒いのだが、寒さを感じさせないほどにキラキラと光るクリスマス感を味わえる。


 今まで街がクリスマスで賑わっていても、決して楽しめなかったジェイ。しかし鈴子と一緒にクリスマスイルミネーションを見て回り、写真を撮ったりしていると、身体の中から暖かいモノが沸いてくるようだった。ただ二人で道を歩いているだけなのに、何かがいつもと違うのだ。鈴子の子供の様に笑う笑顔、ギュッとジェイを握って離さない手、時々物欲しそうに見つめる眼差し、その全てがジェイを幸せな気持ちにさせていた。


 二人が行き着いた場所は船着き場で、板場の広場になっている場所。そこでは盛り上がったカップル達が、熱い抱擁やその先を楽しんでいる光景が視界の片隅に映る。鈴子は目のやり場に困り、モジモジとしていたが、ジェイは全く気にする様子も無く、鈴子を優しく見つめていた。


「鈴子、ありがとうな……。こんな楽しいクリスマスは初めてだよ」

「ほんと? 良かった……。ねえ、これあげる」


 鈴子は持っていたハンドバッグから黒い小さな紙袋を取り出す。それはジェイが好んで付けているシルバーアクセサリーの店の物だった。その袋を見たジェイは目を大きく見開く。


「ちょ、鈴子……。この店の商品はとても高い……。どうして?」


 驚きながらも紙袋を開けて中の箱を開けるジェイは「わぁ!」と驚いていた。中には十字架のデザインのチョーカーが入っており、黒の革紐で首に付けるようになっている。


「これ、俺が欲しかったやつ……。順平か? そうだな!」


 ニカッと笑う鈴子は、してやったりと満足そうだった。鈴子はジェイが欲しがっている物を順平から聞いていたのだ。ジェイは「もう、何だよ……」と鈴子をギュッと抱きしめる。今まで女には色々と貢がれたこともあったが、何を貰っても「ああ、そう」としか思わなかったジェイ。しかしその時とは違う感情がジェイを襲う。身体が震えてキューッと心が掴まれるのだった。


「こんな気分にさせられるなら、クリスマスも悪くない……。ありがとう、鈴子」


 少し下を向いたジェイは再度口を開く。


「ごめん。俺は何も用意していない。どうしてもクリスマスが苦手だったから、考えないようにしていたんだ」

「いいよ、そんなの。私はプレゼントが欲しくてクリスマス祝ってるわけじゃないし。ジェイと楽しみたかっただけなの」


 屈託の無い笑顔の鈴子は更にジェイを幸せな気分にさせた。しかし、ジェイはグッと目を瞑り、ゆっくりと口を開ける。


「鈴子に後で話すよ……。どうして俺がクリスマスが嫌いか」


 二人はそのまま家路に就く。家までの道のりは無言ではあったが、互いの手は硬く握られており、時折見つめ合い、軽いキスを交わすのだった。




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