蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

文字の大きさ
上 下
23 / 62

処女だとばらしたのは誰よ

しおりを挟む
「で、昨晩はお楽しみやったんやろ? コンドームは何箱お使いで?」


 店に出勤してきた純平は、荷物を置くより先に開口一番でジェイを揶揄った。その様子を冷めた目で見るジェイは「うるせえよ……」と言いながら、今日の予約分のデザインを確認をしている。


「何や? 上手くいかんかったんか? まあ、処女相手やと、お前のソレは凶器すぎるわな」


 純平が何気なく言った言葉に引っかかり、ジェイはデザイン画から顔を上げて純平に尋ねた。


「おい、何故鈴子が処女だって知ってるんだ? 鈴子が言ったのか?」


 純平は「はあ?」と驚きの表情をジェイに見せて、「マジで?」と目を大きく見開く。


「いやー、普通に見たらわかるやろ? もう、顔に処女って書いてるやんか。アレで非処女はないわ……。ジェイ君、君の遊び人アンテナ腐ってますで」

「腐ってるって……。でも……」


 ジェイは鈴子から聞いた過去話から、勝手に先入観で鈴子を見ていた事に気が付く。すると鈴子の男になれていない言動、無防備な態度など、男を分かっていない行動が次々と思い浮かぶ。


「しまった……」

「ん? やらかしたか?」


 ニマニマと笑う純平は「手遅れにならんように頑張れよ~」と言いながら、ようやく手の荷物を置こうとする。すると「何が手遅れなの?」と入り口から声がした。


「ねえ、スネーク。誰が処女で何が手遅れなの?」


 入り口で仁王立ちの奈菜が、ムッとした顔でジェイと純平を交互に睨んでいた。


「奈菜……。お前には関係ないことだ。何の用だ? 予約は入っていないぞ」


 溜め息を吐くジェイが冷たく奈菜に告げるが、奈菜は全く意に関せずで、ズカズカとカウンター内に入りジェイに抱きついた。


「スネーク。処女なんか面倒くさいだけじゃん! 私の方が断然楽しめるって! ね?」


 相変わらず肌色の多い服装で、身体のラインを強調している奈菜は、グリグリと自身の胸をジェイに押しつける。しかし、それはまがい物で、鈴子の天然物と比べて随分と堅さがある。ジェイはジッとまがい物である奈菜の胸の谷間を見つめていた。すると更に背後から声が聞こえたのだ。


「変態……」


 外に出掛けようとした鈴子が、その様子をジットリとした目で見つめている。その背後で純平がニヤニヤと笑っている姿までが、ワンセットとしてジェイの視界に入るのだ。


「え? えーー? 違うって、鈴子! コイツは、ムグ、ムゴ……ムグ」


 ジェイの口元を真っ赤なネイルをしている奈菜の手が、グイッと押さえてジェイの発言を遮るのだ。


「あー、貴方が処女の鈴子なのね……。フーン」


 奈菜は馬鹿にしたように鈴子を上から見下ろす。モデルの様に背の高い奈菜からすれば、鈴子はやはり少女なサイズだ。


「しょ、処女って……。ジェイ! 人のこと言い回って、酷い!」


 顔を真っ赤にしてプルプル震えながら怒る鈴子は、目に涙を溜めてジェイを睨み付ける。


「ちょ、待ってくれ! 言い回ってないし! 違うから!」


 慌てて弁明するジェイを押しのけて、奈菜が鈴子の目の前に仁王立ちになって鈴子に告げる。


「ねえ、処女でスネークを釣ったんでしょ? じゃないと、スネークがあんたみたいなお子ちゃま相手にするはずないじゃん。やな女!」

「ちょ、マジで奈菜止めろ! いい加減にしろよ!」


 奈菜の態度に怒ったジェイが奈菜を鈴子の側から引き離す。その隙をみて鈴子は店から飛び出して行ったのだった。


「あーあ、しーらない!」


 背後であきれ顔の純平が呟くが、ジェイに睨まれて「おっとと」と口を噤むのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「信じられない! 何が処女の鈴子よ!」


 プリプリと顔を耳まで真っ赤にして怒る鈴子は、全速力で駅まで走って行く。今日は日曜日で、鈴子のアパートから荷物を運び出す予定だったのだ。ジェイは予約が終わる夕方にトラックでアパートまで迎えに来る事になっており、鈴子はそれまでに荷物を纏める筈だった。


「もう、ジェイの家になんか帰りたくない……。人を笑いものにして酷い」


 全速力で走っていた筈の鈴子だったが、背後からもの凄い速さでジェイが追いかけてくる。両腕の刺青が垣間見えるピアスだらけの外国人風の男、走る事とは正反対の位置にいるような身なりのジェイが全速力で走っている姿を、行き交う人々は振り返って見るほどだ。


「鈴子! 待て! 話を聞けよー!」

「やだー! ジェイなんてしらないもん」


 更にスピードを上げる鈴子だったが、もの凄い速さのジェイにあっという間に確保されたのだった。


「ちょー、マジで、無理! 久々に走った!」


 鈴子を抱き上げてゼエゼエと息を整えるジェイは、すっかりと汗でびっちょりと濡れている。着ていた白いシャツは汗で濡れて肌に引っ付き、身体のラインが浮き出ていた。ムワァーっと湧き上がる男の色気に、すれ違う女達が何度も振り返り、「外国の下着のCMみたいやね」と数人の女子高生が顔を赤らめていたのだった。


「なんでそんなに足が速いのよ! 信じられない!」


 ジェイをポコポコ叩く鈴子は、足には自信があったのだが、ジェイには全くかなわない。拗ねている鈴子を「ハイハイ」と軽くあやすジェイは、はまだ息切れしている中、ゆっくりと話し出した。


「中学では陸上部だった。でも高校は行ってないから部活はそれまで。それ以降は、悪さして警察から逃げるために鍛えられたかな……」


 ハハハと乾いた笑いのジェイを、鈴子は冷めた目で見つめる。どれだけ警察から逃げる事で鍛えたのだよとの思いを込めて。


「ジェイ……、恥ずかしいから下ろしてよ」

「逃げないと約束するなら下ろす」

「……わ、わかったから」


 ジェイはゆっくりと鈴子を地面に下ろし、鈴子の目を見て口を開く。目は真剣で、一切の笑いも無いようだ。


「聞いてくれ。俺は鈴子の事を言いふらしたりしていない。奈菜はたまたま俺と純平の会話を聞いてしまっただけだ!」

「じゃあ、どうして純平さんに、しょ、処女……だなんて言うのよ!」

「いや、言ってない。俺からは……」


 鈴子はプルプルと震えだし、ジェイの胸をポカポカと叩き出す。「デリカシーが無い!」と何度も言いながら。


「そうだよな。ごめんな、鈴子」


 ジェイは優しく何度も鈴子の頭を撫で、鈴子の頭にキスをしたのだった。


「予約が入っているから店に戻らないと行けない。それが終わったら直ぐに鈴子のアパートに行くから。いいな?」


 まだ苛立ちの残る鈴子は、プーッと顔を膨らましている。きっと本人は怒ると顔が膨らむことに気づいていないのだろう。ジェイは「はぁー」と溜め息を吐いて、名残惜しそうに鈴子から離れて店に戻って行った。


「ジェイが何と言おうと、私が処女だったってバレてる……。ヤだ、恥ずかしい……」


 耳まで赤い鈴子は、ジェイと反対方向に進んで行ったのだった。                                    
 
  
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...