蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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出来上がるまで拘束

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「おはよ~! 今日も元気な純平の出勤です~」


 上機嫌の純平が店のドアを開けて入ってきた。ジェイは時計を指さし「1時間の遅刻だ」と純平に伝える。


「ごめんって。彼女が朝からヤリたがって、もう、そりゃあ、あれですわ」


 思い出してニヤニヤする純平に「ハイハイ」と手をぷらぷらさせたジェイが、ピアスの在庫を確認している。


「で、鈴子ちゃんの手彫りはどうなったん?」


 興味津々の純平が、目を輝かせてジェイに尋ねる。ジェイは少し黙っていたが、手に持っていたピアスを置いて話し出した。


「ん~、そうだな。鈴子には1時間が限界だった。それ以上は鈴子が耐えられない」


 あんぐりと口を開けた純平が「あちゃー」と呟く。


「完成にえらい時間がかかるなあ。まあ、それはお前の望みでもあるんやろ?」


 ニヤリと笑う純平は続ける。


「刺青が出来上がるまで鈴子ちゃんを拘束できるねん。半年でも一年でも、それ以上でもな」


 純平の指摘にドキッとしたジェイは「違うさ。そんなつもりはない」と返すが、心の中は何かどす黒い物が渦巻いていた。


 刺青が完成するまで鈴子を自身の側に置いておくことができるのだ。それはジェイも分かっていた。きっと、無理をすれば刺青も早く完成するだろうが、そうすれば鈴子はジェイから直ぐに去って行く。


(だめだ! 鈴子は俺の側にずっといるんだ……。俺の、も……の)


 ブンブンと頭を振って脳内をすっきりさせたジェイは、スッと純平を見つめて真顔で答える。


「小さな鈴子には手彫りの負担は大きい。今日も痛みで気絶寸前だった。鈴子の為だよ……」


 ジェイはピアスの在庫確認作業に戻る。その様子を「ちぇっ」と舌打ちしながら見る純平は、面白くないといった風に、自分の荷物を店の休憩エリアに掘り投げるのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 1時間は全く動けない鈴子だったが、ゆっくりと起き上がり、自分が使用したバスタオルを身体に巻いて小部屋を出た。


 店の方からは純平の話し声が聞こえたので、鈴子はそのまま居住エリアに移動する。


「あの人、ちょっと苦手……」


 鈴子はまだ痛む右肩をなるべく使わないように、左手を使おうと細心の注意を払う。
 身体を支えるために、そっと左手を置いたダイニングテーブルの上に錠剤が置いてあり、ジェイの筆跡で「何かを口に入れてからコレを飲め」と書いてあった。


 鈴子は冷蔵庫を開けて桃のミネラルウォーターを取り出す。キッチンカウンターにはバナナが置いてあったので、鈴子は一本掴んで房から外した。


 バナナを小さな口でパクパク食べていると、純平が居住エリアにズカズカと入ってきたのだ。


 純平は髑髏のシルバーアクセサリーを両手と両腕、それに腰にも付けているので、歩く度にカチャカチャとアクセサリー同士が擦れる音がする。


 いきなりの登場の純平に驚いた鈴子は、まだ裸にタオルを巻いている状態だったので「キャー」と声を上げてしまう。


「あー、別に襲わんし。気にせんといて~。俺には愛しの彼女がおるし」


 鈴子に興味は無いといった風に片手を顔の前で左右に振る純平。鈴子が手に持つバナナと交互に鈴子を見つめている純平が、鈴子に興味深そうに質問する。 


「なあ? そんな小さい口で、どうやってジェイのデカチン咥えるん? 無理やろ?」

「は? はー? そ、そんなこと……しないですし」


 鈴子の発言を聞いて「ありえん!」と言い放つ純平は、鈴子に「教えといたろ~!」と続けた。


「ジェイはなあ。性欲が凄いんやで! 万年発情期! もう、一晩で何回もってやつや。巨根やしなあ。相手をする女は大変や。けどなあ、みんなドップリ嵌まってまうんよ、アイツの極上テクに!」


 ニヤニヤと自身の指を艶めかしく動かす純平を、鈴子は冷めた目で見つめる。


「ジェイに我慢させとるんやで、鈴子ちゃんは。オマタ開いてガンガンやらしたり!」

「五月蠅いよ! お前は……。いい加減にしろ!」


 部屋の入り口に立っているジェイからブリザードが吹いてくる。純平は「あちゃー」と顔を青くし、ジェイの方を振り返り平謝りした。


「いや~、ごめんごめん。ついつい!許して~」


 ペコペコ頭を下げながら、ジェイの横を通り過ぎる純平。ジェイは純平の尻を蹴り上げるのだった。


「痛いって! ごめん~!」


 純平は騒がしく居住エリアから出ていったのだった。


「痛みはどうだ? 薬は飲んだのか?」

「ん……、まだ、痛い。薬はこれから、あっー!」


 ジェイは鈴子が手に持っていた錠剤を奪い、鈴子の桃のミネラルウォーターを口に含んで錠剤を口に投げ入れる。


 鈴子の頭を押さえたジェイの顔が鈴子に近づいて、唇を重ねてきたのだった。


「ん……ふぅ、んぅー」


 ジェイの舌を使って鈴子の口内に流し込まれた錠剤は、ゆっくりと喉を伝って体内に流れていった。錠剤が口内から消えてしまっても、ジェイの唇は鈴子の唇を奪ったままで離れない。プチュ プチュと音を立てながら、ジェイと鈴子の唾液が交換されていく。


 ようやく離れたジェイの口元はニヤリと笑っていて、鈴子は火照った顔でジェイを上目遣いで見つめた。


「鈴子、今日の対価はこれじゃあ済まない……。わかってるな、鈴子を貰うよ」


 それを告げたジェイは、そのまま店舗に戻って行ってしまった。


 ボッと耳まで赤くなる鈴子は動揺する。「え? えー?」と何度も呟き、鈴子は顔を両手で覆ったのだ。鈴子は義父に毎晩愛撫をされていたが、最後までは手を出されていなかった。不倫相手の課長ともキスまでしかしていなかったのだ。


「あれって、そういう事よね? え? 違う? 考えすぎ?」


 頭の中でシミュレーションを繰り返していた鈴子だったが、ふと、ある事実に気が付く。


「私たちって、別に付き合ってるわけではない。じゃあ、やっぱり……セフレ……的な」


 その言葉を言い終えた鈴子は途端に悲しくなる。自分の初めてを、彼氏でもない相手に捧げてしまうのだと……。


「贖罪の刺青の対価に私の処女……。フフフ、お似合い」


 フッと笑う鈴子からは表情は消え失せて、無表情で一点を見つめていたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ジェイ君、今夜はコンドームを一箱ご所望ですか?」


 ニヤニヤと笑う純平は、「お詫びに今からコンビニ行ってきます~」と付け足す。ギロリと純平を睨み付けたジェイは、純平に「予約が入ってるだろ? 早く準備しろ!」と声を荒らげる。


 ジェイも午後の予約の準備をしながら、今夜の対価を想像してしまい、笑みが溢れそうになった。今夜は可愛い鈴子を存分に愛でる事ができるのだと、頭の中で想像してはニマニマと笑ってしまう。そんなジェイの様子を見ていた純平がボソリと呟く。


「そんな簡単なもんちゃうでなあ、女心は……」


 純平の呟きはジェイには聞こえていなかったのだった。
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