蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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刺青代ですから!

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 翌朝、もの凄い頭痛と共に目覚めた鈴子は、頭を押さえながら起き上がる。


「昨日の記憶が全く無い……」


 鈴子が横を見ると、ジェイがスヤスヤと寝ている。鈴子はジェイを起こさない様にゆっくりとベッドから離れて、急いでシャワー室に向かった。


 熱いシャワーを頭から浴び、少しずつ頭が冴えてくる鈴子。それでも昨日何をしたかは思い出せない。


「テキーラをショットで一杯飲んだところまでは覚えているんだけど?」


 カチャリ


 シャワー室の入り口のドアが開き、ジェイがのっそりと入ってくる。寝ぼけているのか、すこしボーッとした顔のジェイは、勿論、全裸だ。


「ちょ、ジェイさん! 何してるんですか! 出て行って下さい」


 鈴子の訴えを無視してジェイはシャワーの中に入ってきた。


「きゃー、何するんですか!」


 ジェイは鈴子に後ろから抱きつき、そのままシャワーを浴びる。抱きつくと言っても小さな鈴子と大きなジェイでは差がありすぎて、ジェイが鈴子の上に負ぶさる体勢になる。ジェイの両腕は鈴子の腰に巻かれ、離れる様子はない。勿論、ジェイの大きな愚息は、鈴子の臀部に形が分かるほどに張り付いている。


「もーーーー! 私、今日会社に出勤するんです。邪魔しないで! 遅刻するでしょ」


 それでも離れないジェイを引きずりながらシャワーエリアから出る鈴子。タオルを取り、離れないジェイ共々タオルで乾かす鈴子は、「大きいくせに小さい駄々っ子みたい」と笑い出す。


 ようやく少し離れたジェイは鈴子に告げる。


「多分、今日辺りから筋彫りが痒みを持ってくる。本当にどうしようもなく痒いんだ。でも絶対に掻いては駄目だ。家にいた方がいい……」


 心配そうなジェイを、グッと押しのけて鈴子は口を開く。


「働かないと刺青の代金も払えない。私は会社に行きます。痒いのくらい我慢できますから」


 鈴子はジェイの忠告を無視して会社に出勤したのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(痒い、なにこれ……。背中が痒い……)


 鈴子は会社に着いてから背中の痒みに気が付く。それは徐々に強いものになり、昼前には耐えきれない程の痒みを覚える。ハアハアと息を吐き、顔を高揚させている鈴子を、男性社員は皆遠巻きに様子を伺っているようだ。


 それでも何とか午前の分の業務を終えた鈴子は、昼休みに入ったと同時に女子トイレに駆け込む。トイレの個室に入り、背中を壁に擦りつけて気を紛らわしていた鈴子だったが、女子社員が数名トイレに入ってきたようだ。鈴子は慌てて動きを止めて聞き耳を立てる。


「ちょっと見た? 西岡さん!」

「みたみた! 何あの発情した顔は!」

「会社で発情って、もう……。さすが淫乱よねー」


 鈴子に先日罵声を浴びせた女子社員達のようだ。鈴子はバレないように息を潜めて個室にジッと留まる。


「そうだ。課長、離婚したらしいよ」

「え? マジで! まあ、奥さんがあんな事しでかしたんやもんね」

「奥さんは不起訴になったけど、離婚だって! 課長も災難! あんな悪女に騙されたばかりに」


 可哀想だと言いながらもケラケラ笑い合う女子社員達は、本心は人の不幸は蜜の味なのだろう。楽しくてしょうがないと言った感じだ。散々噂話を楽しんだ彼女達は、ようやく女子トイレを後にする。


 フラフラと個室から出た鈴子は、そのまま部長の机に行き「熱があるので早退します」と告げる。初めは鈴子の登場に、怪訝な顔の部長だったが、問題児の鈴子を煙たく思っている部長は、喜んで鈴子を早退させた。
 

 鈴子は会社の帰り道に銀行にフラフラと立ち寄る。ATMではなく窓口に向かい、100万円を自身の口座から引き落とした。様子のおかしい鈴子を不審に思った銀行員が、何度も「本当に下ろすんですか?」と尋ねていたが、煩わしく思った鈴子は「刺青代ですから!」と声を張り上げてしまい、店内がシーンとしてしまうのだった。


 その後は銀行員は何も言わなくなったが、周囲の人々がコソコソと鈴子を見ながら話し出す。「ヤクザに騙されてるんやろう」一人の老人が聞こえるように言うが、鈴子は無視して引き出した100万円を鞄に仕舞い込み、急いで銀行を出て行くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「え? なにこれ? 急にどうした?」


 ジェイのタトゥーショップに戻った鈴子は、カウンターに座っていたジェイに、銀行の袋に入ったままの100万円を無言で突きつける。帰宅時間には早すぎる鈴子の帰宅に、ジェイはビックリしていた。


 不思議そうに中身を確認したジェイは、それが100万円だとわかり、驚いて鈴子に問いかける。


「どうして急に……。何かあったのか?」

「何も無いです。もう、先にお支払いしておこうと思います。足りない分は、別途でお支払いしますから……」


 困った顔をしたジェイは「これで十分だから」と言って取り敢えず袋を金庫にしまう。


「支払いは、一応、預かっておくよ……。でも、何も一気に払わなくてもいいのに」

「お金のあるうちに払いたかったんです。それに、居候している身だし。借りは作りたくないので……」


 鈴子のジェイから距離を取ろうとする発言に、ピクリと眉を動かしたジェイ。眉に付いているピアスが動いて、口に繋がるチェーンをチャリっと動かす。


「……そう、わかった。好きにしろ」


 ジェイは鈴子に背を向けて作業を始める。その様子を遠くから見ていた純平が「あちゃー。ジェイを怒らしたで~!」と頭を抱えながら呟いていたが、鈴子もプイッとそっぽを向いて居住エリアに入って行ったのだった。


「ジェイ、あんまり怒んなよ。鈴子ちゃんかて、何か理由があるんかもしれんしなあ」


 純平の問いかけに無言のジェイは、黙々と手彫り用の針を組んでいる。師匠から受け継いだ型を使い、針の束の先端を丸く並べて半田ごてで固める。時間があるときは、その針を何個も作り、減菌パックにいれてオートクレーブ処理を施すのだ。黙々と作業をするジェイを見て、純平が大きな溜め息を吐く。


「お前はホンマに、集中したら周りが見えんようになるよなあ……」


 純平は返事をしない親友を、いつもの事だと諦めて、自分の作業に戻って行った。
 
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