蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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必要な連泊

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 鈴子が鏡の前で嬉しそうに、自身の背中を眺めているのを笑顔で見つめるジェイ。笑いながらジェイは鈴子に告げる。


「凄く素敵な眺めだ。君の可愛いお尻を堪能させてもらってる。ちなみにまだ、一応営業中だから、お客さんがソコから入って来るかもね」


 ジェイが指差す先は店の入り口で、丁度、休憩に出ていた純平が戻って来たのだ。


「きゃーーーー!」

「え? え、何? うわー!」


 純平は慌てて手で目を押さえ、手に持っていたスマートフォンを床に落としてしまった。その有様を大笑いで見ているジェイは、自身のスマートフォンで写真を撮る。


「覗きの現行犯って、お前の彼女に送ってやるよ」

「ちょー、マジでやめて! あの子、めっちゃ嫉妬深いから!」


 顔面蒼白の純平が、ジェイのスマートフォンを奪い取り写真を消去する。


 裸のまま床にしゃがみ込む鈴子にバスタオルを掛け、ジェイは「居住エリアに店が終わるまで居て」と告げて鈴子を立たした。


 真っ赤な顔で頬をプクリと膨らました鈴子は「信じられない」と呟き、そそくさと奥へと消えていったのだ。


「あの子が例のTシャツの子なん?」


 落ちた自身のスマートフォンを拾いながら純平がジェイに尋ねる。


「……そう。そのTシャツの子って言うのは余計! 彼女はお客さんだ。手彫りを背中に広範囲で希望してる……」

「え? マジで? 何でまた……。ヤクザの情婦的な? いや……、あれは情婦系ではないなあ。刺青と一番無縁な……」


「普通の子」


 二人は同時に発言したのだった。


「そうなんだよ。俺も何であの子が刺青を入れたいのかも分からない。考え直せって助言したけど、頑なでさ……。きっと何か理由があるんだと思う」


 ジェイはマールボロの煙草に火をつけて、ゆっくりと口に運び煙草を燻らす。


「でも手彫りやなんて……。100万円は余裕でするやろ? そこまでして……」


 腕を組んで考え込む純平は「見かけによらずの究極のM?」等とブツブツ呟いている。


「俺らはただの彫り師。依頼されたら彫るだけだ」


 ジェイは再度煙草を口に含み、依頼されている「大人のおもちゃ」の制作に戻った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 居住エリアに入って来た鈴子は、手持ち無沙汰に室内をキョロキョロと見て回る。


 ジェイの部屋は前回も思ったが殺風景で、必要最低限の物しか置いていない。写真立てに入った写真なども一切無く、ジェイ以外の人物を感じられない。


 男の一人暮らしらしいが、綺麗に整頓されてゴミも落ちていなかった。


「私のアパートの部屋より綺麗かも……」


 鈴子は部屋の本棚に手を伸ばしてみた。そこには所狭しと刺青関係の本が並んでいる。洋書が主で日本語の本は少し。


「ジェイって名前だし、外国人なんだろうし、英語がペラペラなんだろう」


 写真集らしきものを手に取り、ソファーに座って中をパラパラと捲った鈴子は、色とりどりの刺青の写真達に見入っていた。自分が生きてきた世界と全く交わらないその世界は、とても興味深く、鈴子のページをめくる手は止まらない。


 何冊目かの写真集で、鈴子の口から「うわー、綺麗!」と思わず漏れた時、背後から声がした。


「綺麗だよなあ。その人は俺が師匠の次に憧れる人なんだ」


 鈴子は予期せぬジェイの登場に、ビクッと肩を震わし背後を見た。


「すみません……。勝手に本棚を漁って」


 ジェイは黙って鈴子に近付き、本棚にある別の写真集も取り出す。


「別にいいよ。これもその人の本。生い立ちなんかも書いてる……あ、英語よめた?」

「フィリップ? この人の名前くらいしか……。英語は苦手でした」


「そう」とジェイは呟き、他にも数冊選んで鈴子に渡す。


「今から夕食作るから、本でも読んで待っててくれる」

「え? いえ、そんな……。帰ります」


 持っていた本をジェイに突き返し、鈴子は部屋から出ようとする。すると、ジェイがスッと腕を伸ばして鈴子の腰を掴んで引き止める。


「……まだ、今日の対価は貰っていない」


 振り返った鈴子とジェイの視線が重なる。少しの沈黙の後、ジェイの口がゆっくりと開いていく。


「連休で月曜は休みだろ? 明日の日曜日は朝から筋彫りを始めたいんだ。初めての日の翌日は痛みでほぼ動けないだろうし、俺も様子見たいからここに月曜日迄は居て欲しい」


 話終わってもジェイの目は鈴子を見つめたままで、鈴子も何故か視線を離せないでいた。


「わかりました。でも着替えも無いし……」


 キョトンとした顔になったジェイは「ああ、着替えね」とどうでもよさそうに吐き捨ててクローゼットを指差す。


「昔に付き合ってた女達の服が残ってると思うし、適当にどうぞ」

「はあ?」


 鈴子は呆気にとられてジェイを睨むが、ジェイは一切気にしないと言った風に、キッチンに向かって去って行く。


「昔の女の服を着ろとかデリカシーなさ過ぎ!」


 プリプリと怒って頬をぷっくりと膨らました鈴子は、言われたクローゼットの中を見ながらふと呟く。


「あ、そうか……。私は別に彼女でもないんだしね……」


 鈴子は引き出しの中に仕舞われた女物の服の中で、比較的地味目な数着を引っ張り出したのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジェイが作った夕食は簡単な炒飯だったが、味は本格的で、鈴子はペロッと完食する。


 着る服は見つかったが下着はない。
 鈴子はジェイに近所のコンビニへ行きたいと告げると、ジェイは物騒だから一緒に行くと伝える。


 夜の元町は人通りはあるが、三ノ宮の飲み屋街の葛藤とは違う、少し別の人種が歩いていた。


 ジェイの店があるエリアはお洒落なカフェやバーもある。お洒落な服屋の店員達が、仕事を終えてバーにたむろっているのだろう。すれ違う人々は皆お洒落で、雑誌のストリートスナップの常連の様な人々だった。


「お! スネークやん、元気?」

「きゃー、スネーク! 久しぶりやねえ。また、部屋に行ってもいい?」

「スネーク! 今度さあ、イベントするから参加してよ」


 すれ違う人皆んなに声を掛けられているのじゃないのかと思うほどに、方々からジェイに声が掛けられていた。しかし皆口にするのは「スネーク」で「ジェイ」ではない。


 それに女達は鈴子が居ようとお構いなしにジェイにラブコールを送っていた。


「随分とタダれた生活の様ですね……」


 鈴子はジェイを見上げながら、少し不機嫌そうに発する。


 頭をボリボリと掻きながらジェイは「人並みです」と苦笑いして答えた。


 コンビニで鈴子が下着と洗顔料等が入ったお泊まりセットを選んでいると、雑誌エリアで立ち読み中のジェイに話しかける派手な女がいる事に気がつく。


 鈴子は会計を済ましてコッソリと側で聞き耳を立てた。


「ねえ~、スネーク。どうして最近家に呼んでくれないの? もう、スネークのアレが恋しくて……」


 女はジェイにしな垂れて、胸が見えそうな薄着のトップスにジェイの手を運んだ。ジェイの手が丁度女の胸の頂上に触れ、そこでギュッとジェイにしがみ付く。


 その様子を無表情で見ていたジェイは、ふと鈴子の視線に気が付き「終わった?」と鈴子に向かって話しかけてきた。


 鈴子に気が付いた女はギロリと鈴子を睨み付けながら、鈴子に一歩一歩近付いて来る。


「何? このお子ちゃま? 高校生はお家に帰る時間よ! スネーク、まさかロリコンに走ったんじゃないわよねえ?」


 鈴子を突き飛ばし、女が振り返ってジェイを見ると、ジェイは無言のまま女を無視し、鈴子の腕を引っ張ってコンビニを出て行った。背後で女が何かを叫んでいたが、鈴子には聞こえなかった。


「あのう、いいんですか? あの人……」

「ああ、別に何回かやっただけだし、どうでも」


 二人は無言で帰路につくが、ジェイが掴んだ鈴子の腕は家に着くまで離れる事はなかった。


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