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肌に絵を……

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 翌朝、寝起きの悪いジェイが起きた時には鈴子の姿は無かった。部屋のベッドには綺麗に畳まれたTシャツが置いてあるだけで、メモも何も無かったのだ。


「現実に戻って止めとこうって思ったんだろうな。まあ、普通か……」


 ジェイは鈴子が着ていたTシャツを掴んで、浴室の洗濯機に入れようとした時に、Tシャツからフワリと甘い匂いがし、思わずTシャツの匂いを嗅いでしまう。甘いその匂いは鈴子の香水の残り香なのか、ジェイはクンクンと何度も匂いを嗅いでいた。


「何か、すっごい変態な光景やねんけど……。どう突っ込めばええ?」


 背後から純平の声がし、ジェイは慌ててTシャツを洗濯機に突っ込んだ。


「お前なあ……。プライバシーの侵害だろ? 居住エリアには勝手に入ってくるなよ!」

「はあ? 何言うてるねん! ジェイが寝起きが悪いから、俺が毎日起こしたりよるんやろ? アホゆうたらあかん!」

「う、そうだった……。すまん、純平」


 純平はジェイが隠した洗濯機の中のTシャツを見つけ出し、ジェイの目の前に掲げる。


「なあ、お前はいつから、自分の体臭を嗅いで興奮する変態さんになったんや?」


 Tシャツをマジマジと見ながら純平は「ん?」と何かに気が付いた。純平はTシャツを鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。「あ~!」と何かを閃いた顔をし、ジェイの方を見てニヤニヤと笑っていた。


「はは~ん。そういう事やってんなあ。新しい女が出来たんか? そうなんやな?」

「ち、違うって。お客さんだ! 終電を逃したからって泊めてあげただけで」

「それで残り香の匂いを嗅いでたん? オイオイ、痛い奴やんかそれ……」


 純平は何とも言えない顔をして、痛々しい親友の肩を叩く。


「ジェイ、今度、女を紹介したるわ……」

「ち、違うぞ~!」


 その日は一日中、純平から揶揄われてジェイの一日は散々になったのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その週の土曜日の午後、鈴子はジェイの前に姿を現す。丁度、予約が途切れた時間帯に、鈴子が店に訪れたのだった。


 休日だというのに、地味な服装で化粧もあまりしていない。色気の欠片も無い無地の白いダボッとしたTシャツに、ピッタリとした膝寸の黒いズボンを穿いていた。靴は白いアディダスのスニーカー。赤いチェック柄のオーバーサイズのリュックを背負い、上目遣いでジェイを見上げて黙って立っている。


「え? もう諦めたと思ったよ」

「週末にとおっしゃいましたよね? あの日の朝にもう一度確認しようとしたのですが、ジェイさん全然起きてくれなくて。だから、勝手に来ました」


 クククと笑い出すジェイはタブレットを触って今日の予定を確認する。一見すると少女の様な鈴子は、このタトゥーショップでは異質で、ジェイはその不思議な光景を楽しんでいた。


 予定表は、この後の予約を済ませれば後は空白だった。その予約も一時間足らずの短時間。純平の担当するピアッシングの予約だったのだ。 


「分かった、いいよ。奥に行こうか……。純平、後は頼んだ!」


 不思議そうに二人を見つめる純平に店を頼み、ジェイは鈴子を連れて店の奥の手彫り用の小部屋に入って行く。


「鈴子がやりたいアノ刺青は手彫り。今主流の機械彫りより痛い。でも、仕上がりは綺麗だ。問題は値段が高いのと時間が掛かるんだよ」


 畳張りのその部屋は4畳ほどで、中央にマットレスが敷かれていた。ジェイは鈴子をそこに座らせて、部屋に置いてあるファイルの料金表を見せる。


「初めの筋彫りで10万円、一回のセッションごとに5万円で最低月二回以上、合計100万円以上する……」


 値段表を見てブツブツ呟く鈴子に、ジェイはニッコリと笑って尋ねる。


「思ったより高いだろ? 止めておくか?」

「いえ、大丈夫です! 手持ちはありますから、今日は手付けの10万円を払います。残りは直ぐにでも払えます」


 鈴子は動じること無く、リュックサックをおもむろに開けて、中から銀行の封筒に入ったお金をジェイに手渡した。ジェイは無言で受け取り、ファイルの中から契約書を取り出す。


「色々物騒な世の中だからね。俺はちゃんと契約書を結ぶんだ」


 鈴子は契約書をジェイから受け取り、躊躇なくサインをしたのだった。


 契約書を鈴子から返され、それをファイルに入れたジェイは、部屋の中央にあるマットレスの上に綺麗なバスタオルを何枚か乗せていく。そして鈴子に「服を全部脱いでこの上でうつ伏せになって」と伝えた。


 一瞬ギョッとした鈴子だったが、意を決して衣服を脱いでいく。その手が下着にまで及んだときに、少し躊躇するが、ジェイの「止めとく?」の声に、己を奮い立たせて一気に下着を剥ぎ取った。


 鈴子の裸体は透き通るように綺麗な白い肌。小さな背に似合わない豊満な胸とくびれた腰。臀部はプリッと上を向いた形の良い物だった。体毛は薄い様で、秘部は申し訳程度に隠されているだけ。少女の様な顔をしているが、身体は立派な女だったのだ。


 ジェイは無性に喉の渇きを感じて、側にあったペットボトルの水を飲み干した。ゴクリゴクリと大きく喉をならして水を飲むジェイの姿を、無言で鈴子はジッと見つめていた。


 鈴子はゆっくりとマットレスに寝そべりうつ伏せの格好になる。ジェイは鈴子の顔の横に座り、これからする事を説明する。


「彫り師によっては、いきなり始める人もいるけど、俺は最初は全体のバランスを見るために、どんな仕上がりになるか身体の上に絵を乗せてみるんだ」


 ジェイは手に特殊なペンを持ち、鈴子の肩に蛇の頭を描き出した。


「これは数日で消えるから安心して」


 そのくすぐったいような淡い刺激は、鈴子の中でジワジワとした何かを募らせた。真剣にペンを動かすジェイは無言でひたすら描いている。冷房が効いて涼しい筈の室内で、鈴子は背中に置かれたジェイの手がしっとりと湿っているのが感じられた。


 鈴子はジェイの手の動きを背に感じながら、ゆっくりと眠りに入ってしまう。


 次に鈴子が目を覚ましたときには部屋にジェイは居らず、鈴子の上にはタオルが掛けられていた。慌てて起きた鈴子は自分に掛けられていたタオルを身体に巻き、小部屋のドアを少し開けて外の様子を窺った。店の方に人が居る気配がして、鈴子はゆっくりと店の方に向かって短い廊下を歩く。


「あ、起きたのか? 疲れてたみたいで、起こしても起きないからそのままにしといた」


 煙草を口に咥え、ジェイが何かを小型の機械で削っているようだった。キュイーンと小さな音を発して、金属製の何かを削るジェイ。器用なものだと興味津々の鈴子はジェイの横に座った。


「それはなんですか?」

「これ? これは大人のおもちゃ。ある人に頼まれて特注で作ってるんだよ……」

「え? はぁ? ええ?」


 耳まで真っ赤にした鈴子は恥ずかしさの余りに飛び上がり、思わず身体に巻き付けていたタオルを離してしまい、タオルがパラッと床に落ちていった。


「きゃーーーー!」


 鈴子は叫びながら床にしゃがみ込む。その光景を冷ややかな目で見ているジェイが口を開いた。


「あのさあ。鈴子の裸はさっき散々見てるし。隠さなくても堪能済みだから」


 ジェイの態度を見てワナワナ震える鈴子は「変態!」と吐き捨て、身体をタオルで隠そうとする。すると、ジェイがそれを遮り、鈴子の持っていたタオルを遠くに放り投げた。


 ジェイは裸の鈴子を引っ張って、店の中にある大きな鏡の前に連れて行く。


「さあ、見てごらんよ。鈴子の刺青のデザイン」


 鏡の前で背中を向けられ、鈴子の背中が鏡の中に写し出される。そこに写っている背中には、アノ写真のような大きな蛇がうねりながら鈴子の身体を足首から肩まで這っている。そしてあの写真には無かった椿の花が、蛇の周りに飾られてあった。


「き、綺麗です……。本当に綺麗……」


 鈴子はうっとりとしながら、鏡に映る自身の背中を見つめていた。
 
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