推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

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ずっと探していたんだ

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「大丈夫だから……。俺がちゃんと家まで付いていく」



 浮田は不安そうな西浦さんに優しく声をかけた。だけれども彼女は返事をしない。余っ程気分が悪いのだろうかと心配する浮田は、視線を西浦さんへと向ける。タクシーの中は何だか狭い。西浦さんの足がピタッと浮田の足に触れている。



「課長、近いです……」

「え? ごめん。しかし辛いだろうから俺にもたれて良いんだよ、ほら……」



 西浦さんの身体をグッと引き寄せて、勢い余って胸元へと押しつけてしまう。



 ――ど、どうしよう……。俺の速い鼓動がバレてしまうじゃないか! 鎮まれ~!



 このままでは下半身もムクッと起き上がりそうだ。しかしこの状態で勃起すれば、確実にバレてしまう。そして悲鳴を上げられてひっぱたかれるのかもしれない。



 ――そ、それはそれでご褒美……!



「浮田課長には田中君が――」

「え? 田中? どうして今、田中の名前が――」



 西浦さんが田中を気にしているのが伝わってくる。それは何だか気分の良いものではなく、あからさまに浮田はムッとした顔をしたかもしれない。それを隠すために車外へと視線を向けた。



 何か話そうと思っても、気の利いたことが浮かばなく、しかも田中のことを聞き出そうとしたくなる。浮田は車内ではその後一言も話さなかった。無性に渇く喉を潤すために、唾液を何度も飲み込む。そのたびに喉が上下に動いていた。



 するとタクシーは静かに西浦さんのマンションの前に停車する。



「お釣りはいいです。ありがとうございます」



 料金を運転手に払った浮田は、西浦さんをグッと支えるようにしてタクシーから降りる。自然と手が腰に回る。彼女の腰は細くヒップは丸い……。これはボンテージビスチェが似合う体型だ。



「……部屋は何階?」

「さ、三階です」

「分かった」



 二人でエレベーターに乗り三階へと行く。二人の足音が夜の薄暗い廊下に響いていた。移動しながら常に邪な考えが頭を誤る。それを打ち消そう他何度か頭を左右に振ってみたが、西浦さんの身体が密着しており、更に興奮を誘う。



 そして部屋の前に到着し、浮田は部屋の鍵を彼女から渡して貰う。



「あ、駄目です! 開けないで――」



 ドアの鍵を開けて中に一歩脚を踏み入れたときに、腕を引っ張って西浦さんが浮田を止めたが、時既に遅し。浮田の視界には部屋の全容が見えてしまっていた。



「こ、これは……。まあ、あれだよ。仕事が忙しいってことだろう?」



 西浦さんの部屋はかなり散らかっていた。玄関にはたくさんの七センチヒールの靴が脱ぎ捨てられており、丸まったストッキングや上着が床に散らばる有様を、浮田は少し唖然として見ていた。



 ――会社ではあんなにしっかりしている西浦さんが、家では駄目っ子属性だなんて。良いぞ! それはそれでイイ! 俺が手取り足取りお世話いたします、女王様!



 西浦さんが慌てて片付け出すが、浮田は「いいから、君は横になりなさい」と彼女の手をそっと握る。少し顔の赤い西浦さんを、床に散らばっている物を踏まないようにベッドまで案内し、ソッと上着を脱がしていく。



「皺にならないようにジャケットは掛けておくから……。す、スカートはまあ、後で。僕が部屋を片付けておくから、西浦さんは休んでね」

「浮田課長、本当に私は大丈夫なんです。顔が赤いのは推しが――」

「え? おし? 押し入れ?」



 西浦さんが押し入れに入っている物が欲しいのかと思い、浮田は彼女が見つめる押し入れを開けた。



「駄目~! 開けないで!」



 浮田が開けた押し入れから大量の本が雪崩のように落ちてきた。それらは少女漫画よりはリアリスティックな絵が描かれている。浮田も昔は漫画を読んでいた。西浦さんとの話題のためにと、少し興味を持って一冊を手に持ってみることにする。



「え? これって漫画かな?」



 浮田の顔は直ぐに紅潮していき、プルプルと手が震え出す。手に取った本は「M男快楽堕ち。αの執着愛はΩを惑わす」と書いてあり、表紙の男は亀甲縛りで吊されていたのだから。



「か、課長~! 本当に、駄目ーーーー!」



 浮田の手から奪い取った漫画を、西浦さんは後ろ手に隠そうとしたが、思わず彼女を押し入れのドアに押さえつける。



「……西浦さんはSMに興味があるのかな?」

「え? まあ、興味というか(BL)界隈ではよくある責めでして。受けを攻めが――」

「うん、やはり運命なんだよ。西浦さんは僕の理想だ……!」

「はい?」



 もうこれは自分の秘密を告白するしかないと浮田は思い、忠誠を誓うポーズをとることにした。いわゆる中世の騎士の片膝を立てたポーズだ。貴方に全て捧げますと。



「西浦さん、お願いだ。俺の女王様になってほしい。ずっと探していたんだ、理想の女王様を。正しく君はその理想像なんだよ」

「え、えーー! いや、女王様って。私はモブなので……」

「モブ? よく分からないけれど、君は常に僕を監視するように見ていたよね? あの冷たい目……。たまらないんだ!」



 ――彼女のいうモブの意味は分からないが、これは絶対に逃してはいけない案件だ。目の前に理想の女王様がいるのだから!



 浮田は決心して真剣な眼差しで西浦さんを見つめた。彼女は自分の襟元を触っている。それを目で確認した浮田は、手をそっと伸ばし西浦の襟元の第一ボタンに手を掛ける。優しく外してフッと笑みを溢す。



 女王様が息苦しそうならそれを助けてあげないといけない。下僕としての初めての役割を果たし、浮田は満足げにフーッと息を吐くのだった。
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