推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

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残業中

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 午後七時、残業が始まってから、浮田課長の視線が瑠璃子に集中している気がする。瑠璃子が少し席を立とうものなら、課長もガタッと立ち上がるほどだ。



「浮田君は今日の残業何時までするの? この後に飲みに行く?」

「申し訳ありません。業務の終わる目処が立っておりませんので……」



 部長が浮田課長に声を掛けたが、課長はどうやら断っているようだ。その間も瑠璃子をジッと見つめている。



 ――こんなにあからさまに、浮田課長から見つめられたことは過去にあった? ない、全くない!



 浮田課長の瑠璃子を見る視線は熱く熱を帯びている。瑠璃子は身体が少し熱っぽく火照ってきたのを感じた。



 瑠璃子はふと、浮田課長の少し薄い唇や柔らかそうな髪を触ってみたい衝動に駆られる。いや、そんなことをしたらアノ課長のことだ、顔を真っ赤にして目に涙でも貯めて逃げてしまう。



 それに浮田課長の思い人は多分「田中君」なのだから。今日のお弁当の中身だって田中君の大好物ばかりだった。きっと好みをリサーチ済みだったに違いない。



 ――田中君が自分を探しに来ることを想定して、私を隠し蓑に使っていたのよ。浮田課長、策士ね……。恐ろしい子!



 そう、瑠璃子はモブ。女を出してしまっては、折角勝ち取ったこの美味しいポジションがチャラになってしまう。瑠璃子はグッと握りこぶしを作ってバンッと太股を叩く。「目を覚ませ、私!」と言いながら。



「西浦さん……? どうかした? ん……?」



 いつの間にか真横に立っていた浮田課長が顔を覗き込んでくる。そして「顔が赤いよ」と告げてきた。



 ――ええ、赤いですとも。貴方が珍しくジッと見てくるから! モブはそういう展開に弱いのです。



「だ、大丈夫……です。あぁぁぁ!」



 浮田課長の少しひんやりとした手が瑠璃子の額に触れる。顔は更に赤くなっていった。



「に、西浦さん! 熱があるんじゃないかな? 残業なんていいから、今日はもう帰りなさい……」

「そ、そんなに……ち、ちかく……」

「え? 家は近くないの? 分かった。俺がタクシーで送っていくから」



 ――違うのですー! 浮田課長が近すぎて、私の中の理性が吹き飛ぶ! モブなのに~!



 しかし、恥ずかしすぎて声が出せない瑠璃子は下を向くしかなかった。浮田課長はあっという間に帰り支度をして、タクシーを呼び出す。そして足元がおぼつかない瑠璃子を支えるようにして、タクシーに一緒に乗り込んできた。もう逃げ場はない。



 ――絶体絶命よ! モブなのに、モブの鉄則ルールを犯してごめんなさい!



****



 西浦さんの残業は今のところ終わりそうにないようだ。どれだけの業務を抱えているのかと浮田は心配になる。これは少し仕事の割り振りを考えないといけない。



 ――もしもう少ししても終わりそうにないなら、俺が全てやるからと帰宅させよう。本当は何処かへ食事に誘いたかったが……。



「浮田君は今日の残業何時までするの? この後に飲みに行く?」

「申し訳ありません。業務の終わる目処が立っておりませんので……」



 ――部長、悪いけれど邪魔です。貴方が目の前に立つと、その大きなお腹で隠れて西浦さんが見えなくなるのです。もしも、今、この瞬間に帰宅していたら怒りますよ。どうぞ早急にお帰りください。



 浮田は焦る気持ちを隠すことができなく、何度も確認するように西浦さんを見つめる。どうやらまだパソコンを弄っているようだった。



 ようやく部長は諦めて帰っていく。彼はしつこいと評判だったので浮田はホッと胸を撫で下ろす。しかしどうやら西浦さんの様子が変だ。明らかに様子がおかしい。



「西浦さん……? どうかした? ん……?」



 浮田は西浦さん思わず近づいていって真横に立つ。必死に隠そうとしている顔を覗き込むとかなり赤い。



「西浦さん顔が赤いよ……」

「だ、大丈夫……です。あぁぁぁ!」



 心配でしょうがない浮田は思わず彼女の熱を手で測る。どうやら熱がありそうだ。じんわりと手に彼女の熱が伝わってくる。



「に、西浦さん! 熱があるんじゃないかな? 残業なんていいから、今日は帰りなさい……」

「そ、そんなに……ち、ちかく……」

「え? 家は近くないの? 分かった。俺がタクシーで送っていくから」



 何てことだろう。彼女は体調不良だったようだ。それに気が付かないで、こんなに残業させていたなんて上司失格だと自分を諫める浮田は、彼女を家まで送り届けてあげなくてはと急いでスマートフォンを手に取った。



「すみません。配車を一台お願いします――」



 浮田は直ぐさま帰り支度をし、タクシーを呼んで彼女を家まで送り届けることにしたのだった。
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