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11 貴方の名前は……

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 ゴーレムはルーチェが積み上げた本を読み進めていく。あれから既に数時間が過ぎていた。明らかに速読な様子で、本当に読んでいるのかとルーチェは疑心暗鬼で見ている。

「ねえ? そんなに早くにページを捲って読めているの?」
「……全て吸収済みだが?」
「では、この本の二百ページ目には何て書いてありましたか?」
「リマベンダ国の五代目の王が海からの侵入者を退治したが負傷し、王位を六代目に――」
「合っている……。ではこれは?」
「そちらは農耕の本で、マスターが指を入れている箇所には、茄子類は同じ場所で繰り返し育てるのは向かないと書かれてある」

 ルーチェはそっと自分の指が挟まっているページを開き「……合っている」と呟いた。するとお腹から、グーキュルルと派手な音が聞こえてくる。余りに大きな音で、ルーチェは顔を赤面させ「わぁ!」と押さえた。

「……マスターは腹に楽器を入れているのか?」
「楽器じゃありません! お腹が空いた音です!」
「人間は腹が空くと音が鳴るのか……?」
「な、鳴る……と思うの」

 ルーチェは恥ずかしそうに座っていた椅子から立ち上がり、食べ物を探して室内を見て回る。すると外に置きっぱなしのダンバルドからの贈り物に目がいった。

「あ、食べ物を貰ったのだっけ。外に置いていたら魔獣が来るし、粗末にしてはいけないから……ね」

 ルーチェがドアを開けて外に出ていき、置きっぱなしだった三つの木箱の前に立つ。するといつの間にかゴーレムが側におり、木箱を不思議そうに見つめているのだ。

「……マスターは外で食料を保管するのか? 本にはそうは書いていなかった。通常は――」
「あ、これは……。貰い物でね、貰ったことを忘れていたの。多分、中身は無事だから家の中に持って入ろうかと思うの」
「了解した」

 ゴーレムは大きな三つの木箱を重ねて軽々と担ぎ上げる。あまりの怪力にルーチェは驚いて口をあんぐりと開けていた。

「そ、そんなに力持ちなの? 凄い!」
「これぐらい何でもない……。もっと持つこともできるが?」

 ゴーレムは空いている左手を伸ばし、グッとルーチェを持ち上げる。ルーチェは軽々と肩に載せられてそのまま家の中まで運ばれた。

「キャー! いやーーーー! 下ろして」

 生身の成人男性に担がれているような気がするルーチェは、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。しかしゴーレムはあっという間に家の中までルーチェを運んで、ソッと地面に下ろしながら「下ろす」と無表情で告げてくる。

 着衣の乱れを正し、室内に運ばれた木箱の中から食料を出していくルーチェは、「スープを作るけれど食べる?」とゴーレムに尋ねる。するとキョトンとした顔のゴーレムが「食べる?」と首を傾げるのだ。

「そうよ。人間は食べ物を食べないといけないの。燃料ね。貴方も燃料が必要でしょ?」
「……そうだな。燃料がいる。マスター、お願いする」

 ルーチェはゴーレムに「出来上がるまで本でも読んでいて」と伝えて料理を開始する。しかしゴーレムは少し頭を傾けてジッとしていた。何か意思の疎通が上手くいっていない雰囲気だが、ルーチェは全く気が付いていない。

 結局は本を読むことを再開したゴーレムだったが、視線は本越しに台所にいるルーチェをチラチラと追っていた。ルーチェの一挙一動を記憶するかのように観察しているようだ。それに気が付いたルーチェは「何だろう?」と思ったが、料理を作ることを優先する。

 出来上がったスープを器に二人分よそったルーチェは、ダイニングテーブルにそれを運びゴーレムを呼ぶ。

「ねえ、あなた……。ゴーレムさん? 待てよ、名前が必要よね」

 悩むルーチェをよそにゴーレムはダイニングテーブルの椅子に座り、ジッとルーチェを見ている。そのゴーレムを見返すルーチェは「ジオンの息子さんっぽいから息子さんとか……?」とボソボソ呟いていた。するとゴーレムはそんなルーチェに向かって口を開く。
 
「マスターが呼びたいように呼んでくれていい。俺は気にしない」
「いや、気にしようよ! 名前って大事だよ」

 ルーチェは「頂きます」と両手を合わせながら言い、スプーンを持ってスープを掬い食べ出す。食べないでジッとしているゴーレムに、「さあ、食べてよ」と催促するが、ゴーレムは動かない。
 
 ルーチェの食べる様子を観察していたゴーレムは、ルーチェと同じように手を合わせて「頂きます」と言い、スプーンでスープを掬って口に運ぶ。

「ゲフォ……、グフォーー」

 ゴーレムの口から一気にスープが吐き出された。驚いたルーチェは「え? そんなに不味いの?」と、吐き出されたスープを布巾で拭き取る。まだむせているゴーレムは「ち、違う」と辛そうに声を出した。

「ま、マスター。どうやら俺はこの方法では燃料を補給できないらしい」
「食べ物を受け付けないってこと? そ、そうか……。元は粘土だもんね」

 自分の前に置かれているスープをソッと前に押しのけるゴーレムは、ジッとルーチェを見つめていた。その視線に気が付いたルーチェは、口に運んでいたスプーンをその場で停止させてゴーレムを見つめ返す。

「マスター、俺の燃料は――」
「あ! ねえ、ディアマンテって名前はどう? ダイヤモンドっていう意味の別の言葉!」

 ルーチェは無意識にゴーレムの言葉を遮ったが悪意はない。ただ、自分が閃いたことを直ぐにゴーレムに伝えたいと思ったのだ。
 
 ルーチェは過去に読んだ本に書いてあった言葉を偶然思い出した。それは遠い記憶の現代で読んだ本。祖父から贈られた外国の絵本の中の言葉。綺麗なディアマンテの指輪を贈られたお姫様が出てきたお話。

 いきなり自分の発言を遮られたゴーレムは少し目を見開いていたが、ルーチェの唇が綴った言葉に関心を寄せる。

「ディ ア マ ン テ……。素敵な名だ」
「でしょ? 貴方の目に使われている石のことよ……。私のいた世界で使われている言葉。スペイン語なの」

 少し寂しそうに微笑むルーチェはゴーレムの頭をポンポンと撫ぜる。

「貴方の名前は今日からディアマンテね!」 
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