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1 富士山の樹海?

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  ~ 現代、とある東京近郊の町 ~

「お母さん、先に行っているね!」

 セーラー服姿が初々しいく、笑顔の可愛らしい少女が自宅玄関を出る。新品の制服は少しサイズが大きいようだ。季節は外の景色がピンクに染まるほどに桜が満開の春。

「星(ほし)花(か)ちゃん! お腹が空くかもしれないから、おにぎり一個持って行きなさい」

 笑顔の素敵な中年の女性がエプロン姿で玄関から出てくる。星花と呼ばれた先ほどの少女は、「お母さん、ありがとう」と言ってラップに包まれた少し大きめなおにぎりを受け取る。それは成長期の少女を、少しでも腹ぺこにさせたくない母の心遣いだった。

「中学の入学式は十時からよね? お母さん、おめかししていくわ! 久しぶりに巻き髪よ」

「ハハハ。お母さん、そんなことしなくても十分綺麗よ」

 受け取ったおにぎりを真新しい鞄に入れた星花は、再度笑顔で「行ってきます!」と弾んだ声を上げるのだった。

 近所の中学に進学した星花は、道を歩く他の新入生とともに学校へと向かう。星花の住む町は、都心より少し離れた衛星都市。中流階級の家庭が住むごく普通の住宅街で、星花は両親に大切に育てられた。

 一年前に歳の離れた弟が生まれ、星花は1歳になった弟の世話をするのが日課になる。
 弟の為に得意の裁縫で手作り玩具を作り一緒に遊ぶ。母親に「手先が器用」だと褒められて、星花は得意げにたくさんの赤ちゃんグッズを作った。

 少し茶色いくせ髪でユルユルの二つ結びのおさげを揺らし、星花は大股で前を見て歩く。大きなくりっとした目はキラキラと光り、これからの中学生活を想像し、期待に胸を膨らませている。童顔を象徴する少し膨らんだ頬の横には、キラッと光るダイヤの一粒ピアスを両耳にしていた。これは生まれたときに祖父がお守りとして与えた物だ。

 祖父が欧米人であったために、星花の家は欧米文化を自然と生活に取り入れていた。このピアスも祖父が星花が生まれる前から用意しており、誕生祝いとして贈った物で星花のお気に入りだ。
 
 欧米かぶれだ何だと陰口を言う者もいたが、昨今は外国籍の子供も多く、ピアスに寛容な教師も増え、星花のピアスは小学校では容認されていた。中学にも両親が既に話をしており許可を貰っている。ただ、校内では外すようにと言われていたので、星花は校門で外せば良いと思っていた。

「星花おはよう!」

 背後から声が聞こえ星花が振り返ると、小学校の頃からの友人リコが笑顔で手を振っていた。

「おはよう!」

 笑顔の星花が手を振ると、友人の背後で変なエンジン音が聞こえる。そのエンジン音は様子のおかしい自動車からしており、運転席の男性はハンドルに覆い被さっていて前を見ていない。左右に大きく動いている自動車は、歩道に向かって猛スピードだった。

「リコちゃん危ない!」

 星花は近づいてきたリコの手を思いっきり引っ張る。リコは星花の横にあった植え込みに嵌まった。すると暴走している自動車は、そのまま磁石に引っ張られるように星花に向かってやってくる。

 星花の目には全てがスローモーションで映っていた。自動車が自分目掛けて走ってき、それが身体に当たるまで、全てゆっくりと再生されているようだったのだ。

 ――ああ、私って、中学校入学初日に交通事故で死んでしまうのかな……?

 自動車の先端が身体に当たった感覚があったが、その瞬間に目の前が真っ暗になる。ああ自分は死んだのかと思ったが、その暗闇は段々と霧が晴れるように明けていき、目の前に見覚えのない密林が広がっていた。

 瞬間移動のように別の場所にやって来た星花は、目を大きく見開いて周囲を見渡す。

「え? えーー! ここは何処よ! 私って車に撥ねられたよね?」

 見渡す限りの密林は、昔に家族で観光に行った富士山の樹海のようでもあった。星花は「樹海……?」とブツブツ言いながら辺りを見渡す。遠くの方で奇妙な鳥の鳴き声が聞こえ、生物が住んでいることを理解する星花は、ふと、自分の身体のをマジマジと見る。

「交通事故にあった筈が無傷……。ここは死後の世界なのかしら?」

 しかし自分の手には真新しい学生鞄が握られており、先ほど母親から貰ったおにぎりは、鞄の中でまだ暖かいままだった。死後の世界に鞄ましてやおにぎりごと来ることはあり得ないだろうと、星花はゴクリと大きく喉を動かして唾を飲み込む。

「リコちゃんが好きな異世界転移とかっていう設定の漫画みたい……。でも……」

 日本のテレビでやっていたサバイバルキャンプの番組で、遭難したら来た道を戻れと言っていたことを思い出し、「来た道……」と振り返るが、そこには来た道はもちろん存在しない。しょうがないと星花は恐る恐る森の中を歩き出す。

 森の出口に向かっているのか奥地に進んでいっているのか分からない星花は、遠くの方で水の流れる音が聞こえているのを確認した。口内が少し熱く感じ、喉が渇いたことに気が付く。聞こえてくる川のせせらぎを頼りに、音が近くなる方向へと進んでいくことにした。

「あ! 川があった! しかも凄く綺麗」

 流れもそんなに速くない小川は、日光に反射するようにキラキラと光っている。星花は小川の水面に顔を付けてゴクゴクと水を飲む。冷たい水は喉を通り抜けて、一気に胃に溜まっていった。

 小川の側の木陰に座り、フーッと深く息を吐く星花は、鞄の中にあったおにぎりを手に取る。

「まだちょっと温かいや……」

 巻かれているプラスチックのラップを外し、パクッと食いつく星花は少し鼻声になりながら、「朝ご飯の残りの塩鮭入り」とおにぎりの具を公表するが、もちろん誰も聞いてはいない。

 シーンと静かな森で、星花の耳には小川の音と野鳥の鳴き声が聞こえるだけだったが、次第に少し生臭い匂いが鼻に付く。その匂いはピチャピチャと音を立てて、何やらこちらに近づいてきているようだ。星花は慌てて食べかけのおにぎりを鞄に仕舞い、音がする方向をジッと見つめる。

 ズル、ピチャ、ズル、ピチャという音とともに、何とも言えない生臭さが周囲に更に広がる。星花はグッと鼻を手で押さえて、一歩一歩後ずさりしていく。

「ひぃ! 何よあれ!」

 星花の視線の先に見えるのは、ガマガエルとナメクジを足したような風貌で巨大な生き物だった。ペロペロと長い舌を出して、身体を引きずるように四足歩行で小川に近づいていく。それを唖然として見ていると、その奇妙な生き物はギョロリと腫れぼったい視線を星花にぶつける。

 キョエーー! と奇声を発するその生き物は、星花に向かって一目散でやって来る。星花は「ギャー!」と大声を上げて走り出すしかない。

 しかしその生物から伸びた長くて大きな舌に捕まえられ、星花は空中に浮かび上がっていた。

「ギャー、私、食べられるの? この気持ちの悪い生き物に? 助けてーー!」

 力いっぱい声を張り上げた星花だったが、自分の身体が徐々に、大きく開けられた気持ちの悪い生物の口に近づいていることに気が付く。グッと目を瞑った瞬間に、ザシュッと肉が切れる鋭い音がし、星花はそのまま地面に落ちていった。

 地面に落ちた星花は、身体にまだ纏わり付いている舌を引き離し、自分を食べようとしたあの生き物を見た。するとその生き物は即死状態で地面に転がっている。身体は鋭利で巨大な鎌で真っ二つにされたようだが、鎌は何処にも見当たらない。

「何が起こったの……?」

 星花が驚いていると、森の中からガサガサと物音がして、何かがのっそりと現れるのだった。
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