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最終話
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「ねえ、ヒロトちゃん。あれを歌うてくれん?」
「まあ、サチさんてばそん曲ばっかりね」
優しい風が吹く庭園で、車椅子に乗る二人の老年の女性が、笑顔でヒロトに話しかける。ヒロトは「いいよ」と笑顔でリクエストの曲を歌っている。その懐メロはその女性のお気に入りで、涙を流して過去の思い出と共に一緒に口ずさむ。
「まあまあ、またヒロト君に歌のお強請りしてたんですか? ごめんなさいね……」
エプロンを付けた優しげな中年女性が、ヒロトの周りに集まっている老年の女性達に部屋に戻るよう催促する。彼女は介護士のようだった。
「おばあさんのお見舞いはすんだの?」
「はい……。もう、寝ている事が多いので、俺が来たことは分かったみたいです」
ヒロトは祖母が入寮している高齢者介護施設に来ている。ヒロトの祖母はもう受け答えが出来ない状況だったが、ヒロトは時間が許す限り毎日訪れていたのだ。
「ヒロト君。うちの畑で取れた大根があるの。受付にあるから貰ってちょうだい」
「良いのですか? ありがとうございます! じゃあ、今夜はブリ大根でも作ろうかな……」
献立を考えながらニコニコするヒロトに、介護士の横にいた入寮者のサチが「ヒロトちゃんは料理もできるん? 奥さんは幸せ者だね」と言い、ヒロトは「俺の方が奥さんかな……」と苦笑いを見せる。
その言葉の意味が分からないサチはキョトンとしていたが、介護士が「ヒロトくんには素敵なパートナーが居るのよ」と笑顔を見せていた。
あの襲撃事件から三年が経っていた。
ヒロトも以前の雰囲気とは打って変わり、少し落ち着いており髪も茶髪ではあったが短く、服装もシンプルなデザインになっていた。しかしシルバーのアクセサリーは健在で、歩く度にチャリチャリと音を出す。
失踪から事務所に戻ったヒロトは、引退を表明し、一年掛けて最後の全国ツアー決行した。
ゴシップ記事が時貞との関係を暴露する事もあったが、沈黙を貫くヒロトはそのまま芸能界から引退する。一般人となった後は、「スクープ」と表して三流ゴシップ誌に書かれる事もあったが、その内周囲は静かになっていった。
ヒロトは受付で大根を受け取り、乗ってきた国産車に乗り込む。帰り道でスーパーに寄り、食料品を調達したヒロトは、山道をゆっくりと運転していくのだ。
「ただいま! 今日は大根を貰った。今夜はブリ大根にする」
車から降りたヒロトは、家の前にある小さな畑を手入れしている大きな影に声を掛けた。帽子を被るその影は、優しい笑顔をヒロトに向けていた。
「そうか。さっき隣の松本さんが里芋を持って来てくれたぞ」
「ハハハ、隣っていっても車で移動距離じゃん。そっか、里芋かあ。じゃあ時貞の好きな煮物も作れるね。でも色彩が年寄りっぽい色になるなあ……」
悩むヒロトの側に近寄る時貞は、少し白髪の交じる頭髪で目尻に少し皺も出来ていた。それでも逞しく鍛え上げられた筋肉美は健在で、少し汗をかいた身体から漂う色気は、以前のままだ。ヒロトは少し頬を赤らめる。
片足を少し引きずるようにして歩く時貞だったが、そんな状態でもヒロトを抱き上げて力強く持ち上げるのだ。
「なあ、夕食を作るまで時間があるだろう? お前を抱きたい……」
こんなにも麗しい男にそう言われて「嫌だ」と断れる者は居るだろうかと、ヒロトは少し顔を赤らめながら「……いいよ」と返事をしたのだった。
時貞は襲撃事件の後に、後遺症の残る足では今までのような活動は無理だと極道を引退した。昨今は指を詰める事はしなくなったが、大金を組に支払わなくてはいけない。時貞は特に組が辞めることを拒んだので、通常以上の金額を要求された。
全ての事業を精算し、不動産も売ってその金額を作った時貞は、組を抜けることに成功する。全てが片づいたのは、丁度、ヒロトの引退時期と同じだった。
二人は東京を離れてヒロトの地元、九州に引っ越す。祖母の家に移り住み、そこで二人は静かに過ごしていた。生活費はヒロトの芸能活動時に稼いだ多額の貯金と、時貞の隠し預金からで、一生働かなくてもいい二人は、のんびりと家庭菜園等をしながら日々生活している。
隣家との距離もあるここは、まるで二人だけの楽園のような場所だった。
裸で一日中過ごすこともあり、そういう時に隣人が尋ねてくるハプニングに見舞われたりしたが、意外と周囲には騒がれることも無く、暖かく二人の関係を認められているようでもあった。
庭先で熱い口づけを繰り返す二人は、外で事を始めるような勢いだった。時貞がヒロトのジーンズの中に手を滑り込ませた時、ヒロトは「……だ、だめだ。食材を冷蔵庫に入れないと」と、熱い行為を制しする。
「チッ」と舌打ちする時貞だったが、持ち上げていたヒロトをそっと地面に戻し、ヒロトの買ってきた食材を車から運び出す。
足をズリズリと少し引きずる時貞の歩幅に合わせる様にして、横に並んで一緒に歩くヒロト。そっと時貞の手に触れていながらヒロトは指を絡めていく。
「永遠に時貞と共に歩いて行くから……」
「馬鹿野郎……。まだ永遠とか言ってんのか? めんどくせえ! ビジュアル系ってやつは一生続くのか?」
悪態を付く時貞だったが、満更でもない顔をしていた。
「お前は一生俺に囚われていろ! お前は俺のカナリヤだ……」
時貞はまた乱暴にヒロトの唇を奪う。それに反応するヒロトも、激しく時貞の舌に自分の舌を絡ませた。
「愛しているよ、時貞」
「ああ、俺もお前を愛している……」
愛を囁き合う口元は、再度、激しく互いの唇を貪り合うのだった。
ーー The End ーー
「まあ、サチさんてばそん曲ばっかりね」
優しい風が吹く庭園で、車椅子に乗る二人の老年の女性が、笑顔でヒロトに話しかける。ヒロトは「いいよ」と笑顔でリクエストの曲を歌っている。その懐メロはその女性のお気に入りで、涙を流して過去の思い出と共に一緒に口ずさむ。
「まあまあ、またヒロト君に歌のお強請りしてたんですか? ごめんなさいね……」
エプロンを付けた優しげな中年女性が、ヒロトの周りに集まっている老年の女性達に部屋に戻るよう催促する。彼女は介護士のようだった。
「おばあさんのお見舞いはすんだの?」
「はい……。もう、寝ている事が多いので、俺が来たことは分かったみたいです」
ヒロトは祖母が入寮している高齢者介護施設に来ている。ヒロトの祖母はもう受け答えが出来ない状況だったが、ヒロトは時間が許す限り毎日訪れていたのだ。
「ヒロト君。うちの畑で取れた大根があるの。受付にあるから貰ってちょうだい」
「良いのですか? ありがとうございます! じゃあ、今夜はブリ大根でも作ろうかな……」
献立を考えながらニコニコするヒロトに、介護士の横にいた入寮者のサチが「ヒロトちゃんは料理もできるん? 奥さんは幸せ者だね」と言い、ヒロトは「俺の方が奥さんかな……」と苦笑いを見せる。
その言葉の意味が分からないサチはキョトンとしていたが、介護士が「ヒロトくんには素敵なパートナーが居るのよ」と笑顔を見せていた。
あの襲撃事件から三年が経っていた。
ヒロトも以前の雰囲気とは打って変わり、少し落ち着いており髪も茶髪ではあったが短く、服装もシンプルなデザインになっていた。しかしシルバーのアクセサリーは健在で、歩く度にチャリチャリと音を出す。
失踪から事務所に戻ったヒロトは、引退を表明し、一年掛けて最後の全国ツアー決行した。
ゴシップ記事が時貞との関係を暴露する事もあったが、沈黙を貫くヒロトはそのまま芸能界から引退する。一般人となった後は、「スクープ」と表して三流ゴシップ誌に書かれる事もあったが、その内周囲は静かになっていった。
ヒロトは受付で大根を受け取り、乗ってきた国産車に乗り込む。帰り道でスーパーに寄り、食料品を調達したヒロトは、山道をゆっくりと運転していくのだ。
「ただいま! 今日は大根を貰った。今夜はブリ大根にする」
車から降りたヒロトは、家の前にある小さな畑を手入れしている大きな影に声を掛けた。帽子を被るその影は、優しい笑顔をヒロトに向けていた。
「そうか。さっき隣の松本さんが里芋を持って来てくれたぞ」
「ハハハ、隣っていっても車で移動距離じゃん。そっか、里芋かあ。じゃあ時貞の好きな煮物も作れるね。でも色彩が年寄りっぽい色になるなあ……」
悩むヒロトの側に近寄る時貞は、少し白髪の交じる頭髪で目尻に少し皺も出来ていた。それでも逞しく鍛え上げられた筋肉美は健在で、少し汗をかいた身体から漂う色気は、以前のままだ。ヒロトは少し頬を赤らめる。
片足を少し引きずるようにして歩く時貞だったが、そんな状態でもヒロトを抱き上げて力強く持ち上げるのだ。
「なあ、夕食を作るまで時間があるだろう? お前を抱きたい……」
こんなにも麗しい男にそう言われて「嫌だ」と断れる者は居るだろうかと、ヒロトは少し顔を赤らめながら「……いいよ」と返事をしたのだった。
時貞は襲撃事件の後に、後遺症の残る足では今までのような活動は無理だと極道を引退した。昨今は指を詰める事はしなくなったが、大金を組に支払わなくてはいけない。時貞は特に組が辞めることを拒んだので、通常以上の金額を要求された。
全ての事業を精算し、不動産も売ってその金額を作った時貞は、組を抜けることに成功する。全てが片づいたのは、丁度、ヒロトの引退時期と同じだった。
二人は東京を離れてヒロトの地元、九州に引っ越す。祖母の家に移り住み、そこで二人は静かに過ごしていた。生活費はヒロトの芸能活動時に稼いだ多額の貯金と、時貞の隠し預金からで、一生働かなくてもいい二人は、のんびりと家庭菜園等をしながら日々生活している。
隣家との距離もあるここは、まるで二人だけの楽園のような場所だった。
裸で一日中過ごすこともあり、そういう時に隣人が尋ねてくるハプニングに見舞われたりしたが、意外と周囲には騒がれることも無く、暖かく二人の関係を認められているようでもあった。
庭先で熱い口づけを繰り返す二人は、外で事を始めるような勢いだった。時貞がヒロトのジーンズの中に手を滑り込ませた時、ヒロトは「……だ、だめだ。食材を冷蔵庫に入れないと」と、熱い行為を制しする。
「チッ」と舌打ちする時貞だったが、持ち上げていたヒロトをそっと地面に戻し、ヒロトの買ってきた食材を車から運び出す。
足をズリズリと少し引きずる時貞の歩幅に合わせる様にして、横に並んで一緒に歩くヒロト。そっと時貞の手に触れていながらヒロトは指を絡めていく。
「永遠に時貞と共に歩いて行くから……」
「馬鹿野郎……。まだ永遠とか言ってんのか? めんどくせえ! ビジュアル系ってやつは一生続くのか?」
悪態を付く時貞だったが、満更でもない顔をしていた。
「お前は一生俺に囚われていろ! お前は俺のカナリヤだ……」
時貞はまた乱暴にヒロトの唇を奪う。それに反応するヒロトも、激しく時貞の舌に自分の舌を絡ませた。
「愛しているよ、時貞」
「ああ、俺もお前を愛している……」
愛を囁き合う口元は、再度、激しく互いの唇を貪り合うのだった。
ーー The End ーー
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これからもよろしくお願いします!
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これからも、どうぞ宜しくお願いします(*^o^*)