耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

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五年後

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「あ、あのビルボードって、アイツじゃないですか?」


 時貞の乗る高級車が都内の有名な交差点に進入した時に、スキンヘッドの組員の田中が、中央に位置するビルボードを指さす。そこには妖艶な表情のヒロトの写真があった。それを黙って見つめる時貞は、持っていたガラムの煙草を口に咥える。


 時貞がヒロトを解放してからもう五年が経っていた。あの後に直ぐにデビューしたヒロトは、瞬く間にミリオンヒットを飛ばし、若い女性に人気のミュージシャンとなっている。美しい容姿は益々磨きがかかり、長かった髪は万人受けを狙う事務所の意向で短くなっていたが、色は金髪のままでやはり王子と呼ばれていた。


「あんな所に広告が出るなんて、やっぱ売れてるんですね? 俺、アイドルのXXちゃんのファンなんですけど、アイツに頼めばサインを送ってくれるかな?」

「馬鹿野郎! 表の人間に俺ら裏の人間が関わってみろ、コンプラだなんだと社会問題になって迷惑が掛かるだろう? もう、アイツは関係ねえヤツなんだ。関わんじゃねえぞ!」


 時貞の凄みを聞いて田中は「へい!」と返事をする。車はビルボードを通過していき、時貞は横目で写真の中のヒロトを見つめるのだった。


 時貞の車が組事務所に到着する。雨が降る中、事務所から数人の組員が傘を持って現れた。雨足が酷く、周囲の音が聞こえにくい。時貞はふと上空を見上げる。ヒロトと離れてからまた不眠症になり、安眠とはほど遠い生活を送っていた。このところ少し目眩もするのだ。


 しかも最近は以前にタカに刺された古傷が痛み、雨の日は特に歩きにくくなっていた。時貞が太股の痛みに足を止めたとき、キラッと何かが少し離れた所で光る。


 パーン パーン パーン


 乾いた轟音が鳴り響き、時貞は地面に這いつくばる恰好になっていた。大量の血が地面に広がっていく。


「何しょんじゃ、ワレ!」

「追え!」


 組員の怒声が聞こえる時貞だが、起き上がることは出来ない。


「組長! しっかりして下さい……! 今すぐ、病院へ!」


 時貞の意識は遠のいていき、そこからの記憶はなくなったのだった。


****


「ヒロト君、お疲れ様ーー! 今日も良かったわよーーん」


 ヒロトのマネージャーの仁科は、外国製のファンデーションの匂いを振りまいて、ヒロトに顔を近づけながら笑顔を見せる。ワザと胸を強調する服を好む仁科は、ヒロトに対するボディータッチが頻繁で、ヒロトは減なりした顔で「マネージャー、近いんだけど」と告げる。


 歌番組の収録が終わり、控え室で着替えをするヒロトの側で、仁科が次の予定をタブレットで確認していた。すると控え室に設置してあるテレビから、あるニュースが流れてくる。


『昨夜未明に、東京XX区の路上で、指定暴力団神閃会の幹部の男が、自身の組事務所の前で撃たれる事件が起こりました。撃たれた幹部は意識不明の重体です。犯人は現場から逃走したもようで……』


 その画面に映し出されたのは、ヒロトが見覚えのある時貞の組事務所の前だった。ヒロトは持っていた着替えの服を床に落とし、唖然とした顔でもう別のニュースに切り替わった画面を見続けている。


「どうしたのヒロト君? 何か気になる事でもあった?」

「マネージャー! 俺、急用思い出したから……。後よろしく!」 

「はい?」


 慌てるマネージャーを押しのけて、ヒロトは控え室を出る。ニット帽を深く被り金髪を隠し、サングラスを掛けるヒロト。テレビ局を急いで出てタクシーを捕まえるヒロトは、開いたドアに飛び込むようにしてタクシーに乗る。


「お客さん、何処まで?」

「え! あ、そうか……。何処の病院だろう……。XX区の救急がある病院全部まわってください!」


 ヒロトの無茶な言動に少し怪訝な顔をした運転手だったが、黙ってタクシーを走らせるのだった。


 三件目の大きな病院で、警察官が異常に彷徨いている事に気が付くヒロトは、ここに時貞がいることを推測する。


「運転手さん、ここでいいです! ありがとう」


 メーター以上の金額を運転手に渡したヒロトは、急いで病院の正面入り口に向かった。時間は日中だった為に、外来でごった返す病院内。ヒロトはその人混みに紛れながらエレベーターへと向かう。綺麗で大きめな中央のエレベーターではなく、病院の隅にある少し古めのエレベーターに乗り、病室の階を片っ端から押すのだった。


「もし時貞が入院してるなら、警察官かヤクザが居るのが見える。見えたらその階に病室があるはずだ!」


 エレベーターのドアが開く度に、頭を出して廊下を確認するヒロトは、数回目にして「ビンゴ!」と声を上げる。丁度廊下にスキンヘッドの組員の山田が立っていたのだ。


 ヒロトはエレベーターから降りて急いで山田の側に向かった。


「山さん! 時貞の容態は……?」

「うわーー! ビックリした! ちょ、おめえ、こんなとこで何してんだよ!」


 慌てる山田はヒロトの腕を掴み、廊下の隅へと引っ張っていく。


「なあ、時貞は無事なのか? なあ、教えてくれ!」


 山田の両手を握るヒロトは悲痛な表情をしていた。山田は「はあ……」と大きな溜め息を吐き、ヒロトに向かって口を開ける。


「組長の意識はまだ戻っていない……。足と腹を撃たれてる」

「そんな……。会わせてくれないか? 頼む……」


 ヒロトの必死の願いを聞き、山田は「少しだけだぞ……」とヒロトを連れて病室へと向かうのだった。
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