耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

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別れ

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 翌日は二人で家の手入れに精を出しす。荒れた庭を手入れし、室内の掃除だ何だと忙しくしていたら、すっかりと日が暮れていた。


 料理は上手くない時貞だったが、掃除は完璧にこなしており、ヒロトはその丁重さに舌を巻いた。褒めるヒロトに「住み込み時代は素手で便所掃除させられる。散々鍛えられた」とニカッと笑う時貞を、ヒロトは少し可愛く思った。


 ヒロトは少し離れたスーパーで調達した食材を使い夕食を作っていた。二人でスーパーに行きカートを押しながら食材を選ぶ。端から見れば年の離れた友人同士の、夜の宴会の食材調達かと思うが、ヒロトの中では少し違っていた。


 どの肉が良いだアレは嫌いだから入れるなとの時貞とのやり取りを、少し恋人同士のように感じて嬉しかったのだ。東京では決して二人だけで買い物など出来ないので、初めての人前での少し甘い時間にヒロトは顔を綻ばせていた。


 きっとあの子供時代の事件さえ無ければ、この男は真っ直ぐに育ち、表社会で成功しているだろうと少し心を痛めるヒロトは、包丁を器用に動かしながら、時貞の「IF」の世界を想像し少し微笑むが、その「IF」の世界には何故か自分は居ない。時貞が優しそうな妻を貰い、幼い子を抱いて笑っている姿を思い浮かべ、ギュッと胸が締め付けられた。


「そうだな……。男同士じゃあ子供は無理か」


 ヤクザでも結婚する。時貞はバイセクシャルなので、女性との行為も出来る。もちろん、ヒロト自身もそうだった。そう遠くない日に、時貞は嫁を貰うのだろうかと想像したヒロトは、ここ数日の時貞の異変を思い返す。


「もしかして……?」


 ヒロトは時貞を探した。確かスキンヘッドの組員、山田からの定期連絡の電話を受けていたのだ。そっと窓の外を見ると、時貞が険しい顔でスマートフォンを持って話している。ヒロトは音を立てない様に近づき耳を澄ます。


「ああ……、分かってる。明日の朝にそっちに帰る。手配は済んでいるか? ……そうか、悪いな。アイツは知らない……。大丈夫だ。後腐れ無く別れる。潮時だ……。アイツは自由になるんだから喜んで離れていくさ」


 ヒロトは時貞の口から放たれる一語一句を全て聞く。ガクガクと震える身体を必死に押さえるヒロトの頬に、透明な一筋の雫が流れる。


「そうか……。分かったよ」


 その夜の時貞はいつもより長く激しく何度もヒロトを求めた。その様子から益々別れを想像するヒロトは、目から溢れる涙を止めることが出来ない。


 自分に抱かれながら泣くヒロトに、「泣くほど良いのか?」と笑う時貞だったが、ヒロトの答えは無かったのだった。


****


 東京に戻った二人を乗せた車は、空港から時貞のアパートとは別の方向へと進んで行く。車の窓から見える景色は、ヒロトが以前によく見ていたものだった。下町の一角、古めのアパートの前で停車した車。そしてヒロトはそのアパートをよく知っていた。


「なんで、俺の前のアパートに来たんだ?」


 ヒロトの問いかけに時貞は静かに答える。


「お前の借金返済が終わったんだよ。お前はもう自由だ。元いた場所に帰れ……」


 ヒロトの横のドアが開き、その瞬間に時貞はヒロトをドンっと押して車から追い出す。前のめりに転げるように車外に出たヒロトは、体勢を整えて振り返る。時貞はヒロトの方を見ないで、ポケットから鍵を出してヒロトに向かって投げる。チャリンと音を立てて道路に落ちた鍵をヒロトが慌てて拾う。時貞は運転席の組員に「車を出せ」と告げた。


「ま、待てよ! 時貞ーー!」


 車のドアが閉まり、時貞を乗せた車はヒロトの前から離れて行く。少し走って車を追いかけたヒロトだったが、車は直ぐに大通りに出てスピードを上げて消えて行った。


 ヒロトは先ほど拾った鍵を見て、その部屋番号がタグで付けられているのを確認する。


「部屋まで同じかよ……」


 そこにはヒロトが以前住んでいた部屋の番号が書かれており、ヒロトは馴れた足取りで古い木造アパートの階段を上っていく。角の突きあたりにある部屋の前で鍵穴に鍵を刺し、ガチャガチャと音を立ててドアを開けた。


 室内には自分の私物が全て置かれていて、古いアパートに不釣り合いな真新しい高級家電製品が並んでいる。


「……金に困ったら、全部質にいれてやるよ」


 気に入っていた高級コーヒーメーカーをソッと撫でながら、ヒロトは呟くのだった。


 そんな時、部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。ヒロトはもしかして時貞が戻ってきたのかと思い、満面の笑顔でドアを開ける。しかし、そこには別の人物が立っていた。


「やあ、ヒロト君。久しぶりだね……」

「……佐々木さん。どうしてここが?」

「この業界の情報網は凄いんだよ。君が職を失った事も調査済みさ」


 何かを含んだ物言いの佐々木に、少しムッとしたヒロトだったが、確かに情夫という職を失ったヒロトは、明日から食い扶持を見つけなくてはいけない。ピアノバーで歌うだけでは東京で生きていくには足りないのだから。


 初めて会ったあの日から、佐々木はことある毎にヒロトが歌っているピアノバーに顔を出していた。理由は他のスカウトが声を掛けないように監視していたのだ。実に多くの芸能事務所がヒロトに接触しようとしていたが、全て佐々木が大手XXエージェンシーの名前で握りつぶした。


「前に話したことがあるだろう? 君をデビューさせたいって。あれはまだ有効だよ」


 ニヤリと笑う佐々木の顔を、冷めた目でみたヒロトだっだが、呆気なく時貞に捨てられたヒロトにとって、何かに没頭したい気持ちは大きかった。早く忘れたい。いや、忘れたくない……。そんな絡み合った複雑な気持ちから離れたい。一刻も早くと。


「分かったよ。佐々木さんの事務所と契約する……。これからよろしくお願いします」


 ヒロトは佐々木に頭を下げるのだった。   
 
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