耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

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神閃会の本部

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 時貞は定期会合ではない日に珍しく神閃会の本部に呼ばれていた。高級スリーピースのスーツに身を包み、颯爽と現れた時貞に、入り口の組員達は羨望の眼差しを向ける。極道の世界に入ったからには、テッペンを取りたいと思う男達の理想の姿がそこにあるのだから。


「時貞組長、ようこそお越し下さいました! さあ、五代目がお待ちです」


 一人の男が時貞に声を掛け、続けるようにその場の者が一列に並んで時貞に礼をする。そのむさ苦しい男達の間を通って、時貞は本家の玄関を潜るのだ。


 時貞が通された部屋には既に神閃会五代目組長・大田原に若頭、若頭補佐数人が居た。時貞は組織内では若頭補佐の次にあたり、いわゆる自分より上の者だらけの部屋に通されたのだ。


「時貞、よう来たな! まあ、そう かしこまるな。早う中に入ってこい!」 


 上座に座る初老の五代目大田原の呼びかけに、「はい」と低い声で返事をする時貞は、ゆっくりと室内に入り礼をして下座に座る。


 初めは当たり障りのない会話をする大田原だったが、次第に今日時貞を呼び出した真相を話し出した。


「お前が飼っている別嬪さんがおるだろう? それをXXエージェンシーが欲しいらしい。あそことは持ちつ持たれつの関係を築けてるしなあ。あそこの会長に恩を売っておくのも悪くない」


 時貞の眉毛がピクリと動く、いつも冷静沈着な時貞の表情に変化があったことに興味を持った大田原は、ニタリと顔を不気味に歪めて笑うのだ。


「えらく良い声で鳴くそうだなあ……。どれ、XXエージェンシーには渡さないで、儂の玩具にしてやってもええぞ」


 大田原の言葉を聞き終わる前に、時貞の拳はギシギシと音を立てて握られていく。それを承知で大田原は、噂の「カナリヤ」に興味をもったと周囲の若頭や補佐に話し出す。すると一人の若頭補佐が「街で見かけたことありますが、あれはえらい別嬪でしたわ」と大田原に告げるのだ。大田原は興奮したように「ほう……」と声を上げる。


「……XXエージェンシーの方には私から連絡しておきます」


 大きな時貞の声が室内に響く。暫くシーンと音のしない室内だったが、「よろしく頼むぞ」と大田原の声が聞こえてくる。


 大田原にしてみればどちらでも良かったのだ。もちろん、時貞が夢中になっている「カナリヤ」には興味はあったが、XXエージェンシーにヒロトを渡せば大金が入ることになっていたのだ。好色の大田原は男もいけたが、最近はアレの勃ちも悪い。それならば大金を優先させる方がいい。


 その後の会話は心底どうでもいい内容で、時貞は心ここにあらずで殆ど聞いていなかったのだった。


組長おやじ、どうされましたか?」


 スキンヘッドの組員の山田がバックミラー越しに時貞に声を掛けた。運転席の別の組員も少し心配そうに時貞を見ている。時貞は本部から出て迎えの車に乗り込むときに、いつも「ありがとう」と声を掛けるのだが、今日は無言だったのだ。そして、車が出発して数十分経過するが、まだ無言のままだった。


「……五代目の命令だ。ヒロトを手放せってな」

「え……? 何でまた。五代目の情夫にですか……?」


 山田は少し表情を曇らせて時貞に問いかける。五代目は糖尿病だとの噂で「アッチは駄目」だと下位組員でも知っていた。それならヒロトも囲っても宝の持ち腐れではないかと言いたげだ。


「XXエージェンシーがヒロトに目を付けた。芸能界デビューさせたいらしい。五代目を使って圧力をかけてきた。コンプラの厳しい昨今、ヤクザの情夫の男がデビューするわけにはいかないんだそうだ」

「アイツを差し出すんですか……? そんな簡単にアイツは離れていきますかねえ……」

「XXエージェンシーに渡さないなら、五代目の性奴隷にされる羽目になる」


 山田は少し寂しそうに「じゃあ、仕方ないですな」と言いながら下を向く。最近はヒロトと仲良く談笑しては笑い合い、人気のグラビアアイドルの話で盛り上がったりしていたのだ。同性愛者ではないヒロトは普通にセクシー女優の話も出来るので、他の組員とも下世話な話で盛り上がる事もあった。どのAVが良かっただのと言い、お勧めを言い合う。そのAV談義にいつも参加していた運転席の組員も黙って聞いている。


「本部の親の命令は絶対だ……。ヒロトは手放す。もう頃合いだろう。借金だって、端っからアイツには関係無いことだ。自由にしてやるさ……」


 少し苦しそうに吐き出されたその言葉は、時貞の耳に纏わり付いて何度も頭の中でリピートされる。自分で言っておきながら、その言葉に首を絞められているような気がする時貞は、ソッとネクタイを緩めて窓の外を見るのだった。  
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