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口うつしで俺に飲ませろ
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処置室のベッドで寝ている時貞の顔色は少し悪かった。松医師の話では包丁でかなり深く刺されており、浅大腿動脈を切っていたとヒロト達は聞かされる。かなりの出血で手術が必要だという松医師に、ヒロトはショックで言葉を失う。
「松先生、ここで手術とかできるんですかい?」
スキンヘッドの組員、山田が焦った様子で尋ねるが、松医師は「わしを誰やと思っとる! お前らヤクザの所為で慣れっこや!」と怒鳴り返す。
「血が足らん! 輸血がいる。お前らの血液型はなんや! O型はいるか?」
「……俺、O型です。俺のを使って下さい!」
ヒロトは松医師に向かって腕を差し出した。しかし「あ、俺……。さっき、タカに変なモノ身体に入れられたんだった……」と心配そうに呟く。
「ああ、まあ……無いよりマシだ! 金ピカ、お前の血を寄こせ!」
松医師はヒロトの腕を乱暴に掴んで処置室の中へと連れて行く。ヒロトは時貞との距離が近くなり、採血中もジッと時貞を見つめていた。
****
時貞の手術中は廊下で待っていたヒロトは、山田が適当に買ってきたジャージに着替えていた。安物のジャージでさえ格好良く着こなすヒロトに、「なんかむかつくなあ」と悪態を付く山田だったが、ヒロトに向ける表情が少し優しくなっていた。
「おい、ビール買ってこい!」
古ぼけた手術室から出てきた松医師が、開口一番そう叫び、山田を近くのコンビニに走らせる。
「時貞は大丈夫ですか……?」
心配そうなヒロトを見て松医師は、額の汗を拭いながらゆっくりと口を開ける。
「血管を縫った。暫くは安静にしとけ。脚を動かすリハビリも必要だ……。まあ、元通りにはなるだろう。わしの腕は確かだからな」
少し自慢げな松医師の言葉に安堵したヒロトは、「俺がリハビリ手伝います」と笑顔を見せる。松医師がチラッと横目でヒロトを見て「なあ……」と小声で続けた。
「お前はアイツの恋人か何かか……?」
「え……? 俺は……、借金のカタに」
それを聞いた松医師は「はあーー」と溜め息を吐き、ヒロトの肩をポンっと叩く。
「今なら逃げられるぞ……。黙っといてやるから、行け!」
ヒロトは松医師の言葉を何度も頭の中で繰り返す。「そうだ、逃げろ!」と頭の中で声がするが、身体は動かないのだ。それに心の奥底で何かがチリチリと音を立てている。
「友人だったヤツに、俺はストックホルム症候群だって言われたんです。でも……」
「仮にそうだとしても、今は逃げられる状況だな……。それを選択しないのだから、別の何かの思いもあるのかもしれん……」
スッと立ち上がる松医師は「もし、いつか逃げたくなったら俺に頼れ」と言って、その場を離れて行ってしまう。ヒロトは黙ったまま言葉を発せずに、ゆっくりと手術室の古いドアを開ける。中には眠っている時貞がいて、ヒロトはゆっくりと近づいて行った。
麻酔で寝ている時貞の手にソッと触れるヒロトは、「俺の所為でごめん……」と呟くのだった。
****
安静にということだったが、時貞は麻酔から目を覚ますと自宅マンションに戻ると言い張り、松医師との間で一悶着があった。ヒロトが「俺がちゃんと監視してますから!」と二人の間に入って言い合いを止め、大量の鎮痛剤と共にマンションに戻る事となった。
山田が運転する車で自宅のマンションに戻った二人は、やはり真面に歩けない時貞を、ヒロトは山田と二人で担ぐようにして室内に運び込んだ。
ベッドルームで上半身を起こしたままベッドの上にいる時貞は、ジッと窓の外を見ている。ヒロトはキッチンからミネラルウォーターを持って来て、松医師から貰った鎮痛剤を確認して時貞に渡す。
「これを取り敢えず飲めって松先生が言ってた。それでも痛いときはコッチを……」
「……飲ませろ」
「え……?」
「お前が口うつしで俺に飲ませろ!」
ヒロトは「はいはい……」と小さい子に言うようにして時貞の頭を撫でる。口に少しミネラルウォーターを含み、錠剤を口内に入れたヒロトは、ソッと時貞の唇に自身の唇を触れさせた。
すると時貞は乱暴にヒロトに吸い付き、ヒロトの口内の全てを吸い込む。錠剤を飲み込んだ後もヒロトから唇を離さず、口内を舌でなめ回していた。
チュポンという音と共にようやく離れた二人の唇は、細い糸が繋がったままで、まだ二人を完全に離さないでいた。その糸も切れたとき、時貞は静かに口を開く。
「……血を、くれたそうだな。ありがとう……」
時貞から初めて聞く感謝の言葉に驚いたヒロトだったが、お礼を言うのはコッチの方だと時貞に頭を下げる。
「いや、本当にごめん! 俺が悪いんだ……。タカにハッキリ嫌だって言って断れなかった。だからこんな事になってしまった。この傷だって……、俺の所為だから!」
時貞の太股に巻かれている包帯を見つめるヒロトは少し涙ぐんでいる。そんなヒロトの頭をポンポンと叩く時貞は、「もう、俺から逃げるんじゃねえぞ……」と少し弱々しく呟く。それを聞いたヒロトも「……うん」と小さく返事をしたのだった。
「松先生、ここで手術とかできるんですかい?」
スキンヘッドの組員、山田が焦った様子で尋ねるが、松医師は「わしを誰やと思っとる! お前らヤクザの所為で慣れっこや!」と怒鳴り返す。
「血が足らん! 輸血がいる。お前らの血液型はなんや! O型はいるか?」
「……俺、O型です。俺のを使って下さい!」
ヒロトは松医師に向かって腕を差し出した。しかし「あ、俺……。さっき、タカに変なモノ身体に入れられたんだった……」と心配そうに呟く。
「ああ、まあ……無いよりマシだ! 金ピカ、お前の血を寄こせ!」
松医師はヒロトの腕を乱暴に掴んで処置室の中へと連れて行く。ヒロトは時貞との距離が近くなり、採血中もジッと時貞を見つめていた。
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時貞の手術中は廊下で待っていたヒロトは、山田が適当に買ってきたジャージに着替えていた。安物のジャージでさえ格好良く着こなすヒロトに、「なんかむかつくなあ」と悪態を付く山田だったが、ヒロトに向ける表情が少し優しくなっていた。
「おい、ビール買ってこい!」
古ぼけた手術室から出てきた松医師が、開口一番そう叫び、山田を近くのコンビニに走らせる。
「時貞は大丈夫ですか……?」
心配そうなヒロトを見て松医師は、額の汗を拭いながらゆっくりと口を開ける。
「血管を縫った。暫くは安静にしとけ。脚を動かすリハビリも必要だ……。まあ、元通りにはなるだろう。わしの腕は確かだからな」
少し自慢げな松医師の言葉に安堵したヒロトは、「俺がリハビリ手伝います」と笑顔を見せる。松医師がチラッと横目でヒロトを見て「なあ……」と小声で続けた。
「お前はアイツの恋人か何かか……?」
「え……? 俺は……、借金のカタに」
それを聞いた松医師は「はあーー」と溜め息を吐き、ヒロトの肩をポンっと叩く。
「今なら逃げられるぞ……。黙っといてやるから、行け!」
ヒロトは松医師の言葉を何度も頭の中で繰り返す。「そうだ、逃げろ!」と頭の中で声がするが、身体は動かないのだ。それに心の奥底で何かがチリチリと音を立てている。
「友人だったヤツに、俺はストックホルム症候群だって言われたんです。でも……」
「仮にそうだとしても、今は逃げられる状況だな……。それを選択しないのだから、別の何かの思いもあるのかもしれん……」
スッと立ち上がる松医師は「もし、いつか逃げたくなったら俺に頼れ」と言って、その場を離れて行ってしまう。ヒロトは黙ったまま言葉を発せずに、ゆっくりと手術室の古いドアを開ける。中には眠っている時貞がいて、ヒロトはゆっくりと近づいて行った。
麻酔で寝ている時貞の手にソッと触れるヒロトは、「俺の所為でごめん……」と呟くのだった。
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安静にということだったが、時貞は麻酔から目を覚ますと自宅マンションに戻ると言い張り、松医師との間で一悶着があった。ヒロトが「俺がちゃんと監視してますから!」と二人の間に入って言い合いを止め、大量の鎮痛剤と共にマンションに戻る事となった。
山田が運転する車で自宅のマンションに戻った二人は、やはり真面に歩けない時貞を、ヒロトは山田と二人で担ぐようにして室内に運び込んだ。
ベッドルームで上半身を起こしたままベッドの上にいる時貞は、ジッと窓の外を見ている。ヒロトはキッチンからミネラルウォーターを持って来て、松医師から貰った鎮痛剤を確認して時貞に渡す。
「これを取り敢えず飲めって松先生が言ってた。それでも痛いときはコッチを……」
「……飲ませろ」
「え……?」
「お前が口うつしで俺に飲ませろ!」
ヒロトは「はいはい……」と小さい子に言うようにして時貞の頭を撫でる。口に少しミネラルウォーターを含み、錠剤を口内に入れたヒロトは、ソッと時貞の唇に自身の唇を触れさせた。
すると時貞は乱暴にヒロトに吸い付き、ヒロトの口内の全てを吸い込む。錠剤を飲み込んだ後もヒロトから唇を離さず、口内を舌でなめ回していた。
チュポンという音と共にようやく離れた二人の唇は、細い糸が繋がったままで、まだ二人を完全に離さないでいた。その糸も切れたとき、時貞は静かに口を開く。
「……血を、くれたそうだな。ありがとう……」
時貞から初めて聞く感謝の言葉に驚いたヒロトだったが、お礼を言うのはコッチの方だと時貞に頭を下げる。
「いや、本当にごめん! 俺が悪いんだ……。タカにハッキリ嫌だって言って断れなかった。だからこんな事になってしまった。この傷だって……、俺の所為だから!」
時貞の太股に巻かれている包帯を見つめるヒロトは少し涙ぐんでいる。そんなヒロトの頭をポンポンと叩く時貞は、「もう、俺から逃げるんじゃねえぞ……」と少し弱々しく呟く。それを聞いたヒロトも「……うん」と小さく返事をしたのだった。
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