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そんなに酷いヤツでもねえよ
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「ミスター時貞! これ以上の騒ぎは困る」
米軍の制服を着たアジア系の中年の男が、時貞の肩を後ろから引っ張る。時貞は「……ジェームスか」と呟き、ヒロトを蹴るのを止めた。下着姿で地面に転がるヒロトに「大丈夫かい?」と優しく声を掛け、ヒロトに手を伸ばし身体に付いた砂埃を払うジェームスは、少し哀れむ表情を見せていた。ヒロトは「だ、大丈夫です……」と弱々しく声を上げて立ち上がる。
「おい、ジェームス! 俺のカナリヤに気安く触るな!」
時貞はヒロトをジェームスの側から引き離し、自分の腕の中にヒロトを仕舞う。そんな様子を見てジェームスは、「君は子供だな……」と呆れた声で呟くのだった。
ヒロトはジェームスをマジマジと見ている。ジェームスの制服には数々のバッチが付いていた。それなりの地位なのではないかとヒロトが推測していると、時貞がジェームスに向かって口を開く。
「騒ぎのお詫びに、アノ件は15%の上乗せでいいぜ」
「……20%だな」
それを聞いて「足元見やがって!」と悪態を付く時貞は、「しょうがねえ、分かったよ」とジェームスに後ろ手で手を振ってその場を離れる。ヒロトはまだ時貞の腕の中だった。
「だ、だれ……?」
「米軍の武器を横流ししている中継者だ。日系人で日本語が話せるから、日本のヤクザとの取り引きに関する担当をやっている」
「そ、そんな……! 米軍とまで繋がっているのか……?」
「はあ? お前、そんなの当たり前だろう? 日本で大々的に生産してねえんだから、国外から仕入れないでどうすんだ? アッチも戦争がなけりゃあ武器が有り余る。けども国策で武器は買い続けなきゃいけねえ。さて、どうしようってなったら、売るしかないだろ?」
ヒロトはふと見上げた時貞の顔色が悪いことに気が付く。ヒロトはすっかりと忘れていたが、時貞はタカに刺されていたのだ。後ろを振り返ると、地面に血痕がポタポタと落ちている。時貞のスラックスは出血の所為で色が変化しているようだった。
「それより、は、早く病院へ行こう……!」
時貞の車を運転している組員が異変に気が付き、二人の前に慌てて飛んできて時貞の肩を支える。車に時貞と一緒に乗ったヒロトは、時貞の顔色が更に悪いことが心配になり、「救急へ!」と運転手に慌てて言うが、時貞が「駄目だ……。松先生の所に行け!」と組員に告げる。「……分かりました」と返事をした組員は、直ぐさまエンジンを掛けて車を動かしたのだった。
****
「このクソガキは、また来やがったな!」
「松先生、悪いなあ……。ちょっとしくじった」
繁華街の裏通りにある古い雑居ビルの三階にある、松医院という所にヒロトと時貞は来ていた。看板は壊れており、入り口のドアも立て付けが悪いその場所は、時貞曰く「組の御用達」だという。
松先生と呼ばれる男は小柄な細身の男で、真っ白な髪がボサボサに生えており、外国の有名な学者のような風貌だった。
「アインシュタインとかっていうのに似てる……」
ヒロトの呟きに反応した松医師は、「誰や? この金ピカ小僧は?」と指を差しながら時貞に尋ねる。
「俺のペットだ……。ついでにコイツの身体も見てやってくれ……」
「ペット……? あれやな、瞳孔が開いとる。なんか飲まされたのやろ。そいつは後で見てやるから、お前は早くコッチに来い! 馬鹿もん!」
大きな時貞を子供の様に扱う松医師の言動が、何だか可笑しくなったヒロトは、クスクスと笑い出す。それに気が付いた時貞は、ヒロトをグッと引き寄せて唇をペロッと舐めた。
「俺を笑った分、後でイカしまくってやるから覚悟しろよ!」
ニヤッと笑う時貞は松医師と共に処置室に入って行くのだった。
「な、何だよ……。時貞のヤツ!」
耳まで真っ赤なヒロトは、車の中で借りた時貞のスーツのジャケットに包まりながら、熱い吐息を吐いて処置室のドアを見つめるのだった。
****
「おい、組長はどうだ……?」
遅れて医院にやって来たスキンヘッドの組員が、処置室の前のベンチに座っているヒロトに尋ねる。ヒロトは「少し前に中に入ったとこ」と告げた。
「……なあ、タカはどうなったんだ?」
ヒロトの静かな問いかけにスキンヘッドの組員は、大きな溜め息を吐いてからゆっくりと答えた。
「そんなの聞いてどうすんだ? 聞かない方が良いこともある……。まあ、お前のバンドは解散だ! それは決定事項だな……」
それを聞いたヒロトは「……そうか」とボソリと呟く。ヤクザを刺したのだから、タカの処遇が簡単には済まないのはヒロトも理解していた。
「なあ、時貞ってヤクザの中で偉いのか……? 米軍にもツテがあるし」
「組長はなあ……。日本一大きな暴力団、神閃会の幹部だ。しかも武器商人や掃除屋っつう別名もあって、まあ、かなりヤバい事もしてる」
それを告げながらヒロトの顔を覗き込むスキンヘッドの組員は、「ビビったんじゃねえか?」とニヤリと笑った。
「べ、別にビビってねえよ……! アイツは、時貞は……、そんなに酷いヤツでもねえし」
それを聞いて目を丸くするスキンヘッドの組員は、信じられないと言うようにヒロトの顔をマジマジと見ていた。
「いや……、まあ、結構酷いことするけど。でも、心底悪い奴でもなさそうだし」
「組長のことをそんな風に言うヤツに初めて会った」
少しの沈黙が二人の間に流れる。その沈黙に堪えかねたヒロトが先に口を開くのだ。
「なあ、アンタの名前はなんて言うんだ?」
「俺か? 俺は山田だ……。みんな俺を山さんって呼ぶ」
「山さんって……。フフフ、刑事かよ」
小さな笑いが起きた二人に、処置室のドアを開けて「お前ら入ってこい」と、松医師がぶっきら棒に呼ぶのだった。
米軍の制服を着たアジア系の中年の男が、時貞の肩を後ろから引っ張る。時貞は「……ジェームスか」と呟き、ヒロトを蹴るのを止めた。下着姿で地面に転がるヒロトに「大丈夫かい?」と優しく声を掛け、ヒロトに手を伸ばし身体に付いた砂埃を払うジェームスは、少し哀れむ表情を見せていた。ヒロトは「だ、大丈夫です……」と弱々しく声を上げて立ち上がる。
「おい、ジェームス! 俺のカナリヤに気安く触るな!」
時貞はヒロトをジェームスの側から引き離し、自分の腕の中にヒロトを仕舞う。そんな様子を見てジェームスは、「君は子供だな……」と呆れた声で呟くのだった。
ヒロトはジェームスをマジマジと見ている。ジェームスの制服には数々のバッチが付いていた。それなりの地位なのではないかとヒロトが推測していると、時貞がジェームスに向かって口を開く。
「騒ぎのお詫びに、アノ件は15%の上乗せでいいぜ」
「……20%だな」
それを聞いて「足元見やがって!」と悪態を付く時貞は、「しょうがねえ、分かったよ」とジェームスに後ろ手で手を振ってその場を離れる。ヒロトはまだ時貞の腕の中だった。
「だ、だれ……?」
「米軍の武器を横流ししている中継者だ。日系人で日本語が話せるから、日本のヤクザとの取り引きに関する担当をやっている」
「そ、そんな……! 米軍とまで繋がっているのか……?」
「はあ? お前、そんなの当たり前だろう? 日本で大々的に生産してねえんだから、国外から仕入れないでどうすんだ? アッチも戦争がなけりゃあ武器が有り余る。けども国策で武器は買い続けなきゃいけねえ。さて、どうしようってなったら、売るしかないだろ?」
ヒロトはふと見上げた時貞の顔色が悪いことに気が付く。ヒロトはすっかりと忘れていたが、時貞はタカに刺されていたのだ。後ろを振り返ると、地面に血痕がポタポタと落ちている。時貞のスラックスは出血の所為で色が変化しているようだった。
「それより、は、早く病院へ行こう……!」
時貞の車を運転している組員が異変に気が付き、二人の前に慌てて飛んできて時貞の肩を支える。車に時貞と一緒に乗ったヒロトは、時貞の顔色が更に悪いことが心配になり、「救急へ!」と運転手に慌てて言うが、時貞が「駄目だ……。松先生の所に行け!」と組員に告げる。「……分かりました」と返事をした組員は、直ぐさまエンジンを掛けて車を動かしたのだった。
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「このクソガキは、また来やがったな!」
「松先生、悪いなあ……。ちょっとしくじった」
繁華街の裏通りにある古い雑居ビルの三階にある、松医院という所にヒロトと時貞は来ていた。看板は壊れており、入り口のドアも立て付けが悪いその場所は、時貞曰く「組の御用達」だという。
松先生と呼ばれる男は小柄な細身の男で、真っ白な髪がボサボサに生えており、外国の有名な学者のような風貌だった。
「アインシュタインとかっていうのに似てる……」
ヒロトの呟きに反応した松医師は、「誰や? この金ピカ小僧は?」と指を差しながら時貞に尋ねる。
「俺のペットだ……。ついでにコイツの身体も見てやってくれ……」
「ペット……? あれやな、瞳孔が開いとる。なんか飲まされたのやろ。そいつは後で見てやるから、お前は早くコッチに来い! 馬鹿もん!」
大きな時貞を子供の様に扱う松医師の言動が、何だか可笑しくなったヒロトは、クスクスと笑い出す。それに気が付いた時貞は、ヒロトをグッと引き寄せて唇をペロッと舐めた。
「俺を笑った分、後でイカしまくってやるから覚悟しろよ!」
ニヤッと笑う時貞は松医師と共に処置室に入って行くのだった。
「な、何だよ……。時貞のヤツ!」
耳まで真っ赤なヒロトは、車の中で借りた時貞のスーツのジャケットに包まりながら、熱い吐息を吐いて処置室のドアを見つめるのだった。
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「おい、組長はどうだ……?」
遅れて医院にやって来たスキンヘッドの組員が、処置室の前のベンチに座っているヒロトに尋ねる。ヒロトは「少し前に中に入ったとこ」と告げた。
「……なあ、タカはどうなったんだ?」
ヒロトの静かな問いかけにスキンヘッドの組員は、大きな溜め息を吐いてからゆっくりと答えた。
「そんなの聞いてどうすんだ? 聞かない方が良いこともある……。まあ、お前のバンドは解散だ! それは決定事項だな……」
それを聞いたヒロトは「……そうか」とボソリと呟く。ヤクザを刺したのだから、タカの処遇が簡単には済まないのはヒロトも理解していた。
「なあ、時貞ってヤクザの中で偉いのか……? 米軍にもツテがあるし」
「組長はなあ……。日本一大きな暴力団、神閃会の幹部だ。しかも武器商人や掃除屋っつう別名もあって、まあ、かなりヤバい事もしてる」
それを告げながらヒロトの顔を覗き込むスキンヘッドの組員は、「ビビったんじゃねえか?」とニヤリと笑った。
「べ、別にビビってねえよ……! アイツは、時貞は……、そんなに酷いヤツでもねえし」
それを聞いて目を丸くするスキンヘッドの組員は、信じられないと言うようにヒロトの顔をマジマジと見ていた。
「いや……、まあ、結構酷いことするけど。でも、心底悪い奴でもなさそうだし」
「組長のことをそんな風に言うヤツに初めて会った」
少しの沈黙が二人の間に流れる。その沈黙に堪えかねたヒロトが先に口を開くのだ。
「なあ、アンタの名前はなんて言うんだ?」
「俺か? 俺は山田だ……。みんな俺を山さんって呼ぶ」
「山さんって……。フフフ、刑事かよ」
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