耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

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そんな顔すんなよ

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『おばあちゃん。俺は元気にしちょるから心配せんで』


 ヒロトはスマートフォンを片手に話し出す。恥ずかしそうにその場を離れようとしたが、時貞が「ココで話せ」と命令した。

 
『ごめん。今は会いに行けんとよ。そのうち時間を見つけてそっちに帰るから』


 ヒロトは顔を綻ばせながら祖母との会話を楽しんでいた。そんなヒロトを見つめる時貞は少し嬉しそうに、机の上にあったガラムの煙草を口に咥える。

 
『うん、わかった。家のことは心配せんで。今度見に行くから。じゃあ、また電話するかいね』


 電話を切ったヒロトはスマートフォンを時貞に渡す。時貞は「お前、九州出身か?」と微笑みながら尋ねた。その笑顔にドキッとしたヒロトは、胸が少しキューッとするのを感じる。


「ああ……。ばあちゃんが地元に帰って家を手入れしてくれって五月蠅くって。名義も俺にしてるって言うんだけど、俺は九州の田舎には帰りたくねえ」


 そんなヒロトに時貞は「帰る場所があるだけでもいいじゃねえか」と寂しそうに告げる。時貞はフッと視線を逸らして宙を見ていた。その表情を見つめるヒロトは、何かありそうだと推測する。


「なあ、前に施設がどうとか言ってただろ? 時貞は施設で暮らしたのか……?」


 ヒロトの質問に直ぐに答えない時貞は、何度か煙草を吸い、ゆっくりと煙をくゆらせている。そして、ようやく重い口を開いた。


「普通に家があって家族がいた。しかし、そんな生活は俺が小五の時に終わった。俺の父親は人殺しだ……。浮気を疑った父親が自分の親友と母親を殺して、最後は自分を刺して死んでいったのさ」


 言葉が直ぐに見つからないヒロトは悲痛な顔で時貞を見つめる。そんなヒロトに時貞は「そんな顔すんなよ。もう、昔の事だ……」と告げた。


「学校から戻った俺は、その壮絶な現場の第一発見者になった。多分それからだな、人を痛めつけても何も感じなくなったのは……。まあ、そんなぶっ壊れた俺は、真面に生きていける訳もなく、ヤクザになるしかなかったっつうことよ」


 ニヤリと笑う時貞だったが、ヒロトはそれを笑顔だとは思えなかった。無意識に身体が動き、時貞をギュッと両腕で抱きしめたヒロトは、「アンタこそ、そんな顔すんなよ」と呟く。


「なあ、いつものアレを歌ってくれないか?」


 時貞はヒロトに抱きしめられたままジッとしていた。時貞のリクエストは古いポップスの歌。何度もリクエストされていたので、ヒロトは歌詞も完璧に覚えている。


「その歌はなあ……、母親がよく歌ってたんだ。当時の流行でなあ……」


 それを聞いたヒロトは全て納得する。この歌を歌うと、時貞は落ち着いた様に静かになり、ゆっくりと眠りに就くのだった。不眠症の時貞は、寝るのに苦労しているようだったが、この歌を歌えば安眠だったのだ。


「ベッドで歌ってやるよ……」


 時貞の手を握ってベッドルームに移動するヒロトは、心の中で「ごめん、これで最後だ」と呟くのだった。


****


 翌朝、目が覚めたヒロトは時貞の大きな腕の中に居た。厚い胸板に抱かれ、それは何だか心地よく、二度寝をしたいほどだったのだ。


 何とか起き上がったヒロトは、その拍子に体内からドロッとこぼれ落ちる時貞の白濁に気が付く。「あぁ……」と身震いしながら、ソレの感触を体内でジワリと味わい、ソッと時貞に目を落とす。時貞はまだ夢の中のようだ。


「時貞……」


 ヒロトは時貞の唇に自身の唇を落とす。優しく重なる二人の唇は、やがて何事も無かった様に離れて行った。


 ベッドから起き上がったヒロトは、そのままバスルームへと向かう。そんなヒロトを目を開けて黙って見つめる時貞は、「何だよ、あのキスは……」と呟くが、ヒロトには聞こえていない。そして時貞の顔は少し赤くなっており、そんな赤い顔を恥ずかしそうにブランケットの下に隠すのだった。
  

 
すぺしゃる さんくす:方言指導 K様
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