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ラッキースターってやつか
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タカはイライラしていた。今日は久しぶりのホームでのライブ当日。開演時間まで二時間を切っている。時間が押し迫る中、タカは親指のツメを噛みながら、控え室内を行ったり来たりと落ち着かない。
ヒロトは結局、現在まで顔合わせリハーサルも出来ていない。テキストメッセージには時々返信があったが、リハーサルにも来ないヒロトにタカは心底イラついていたのだ。
「今日、ヒロトは来るのか?」
ドラムのシンが心配そうにタカに尋ねる。タカは「俺が知っている女の所には居ない。誰か新しい女を見つけて、セックスに溺れているみたいだ」と、酷くツメを噛みながら答えた。
そんな時、控え室のドアがバーンと大きく開き、フラフラっとヒロトが入ってくる。ふらつく足もとの所為で、シルバーのウォレットチェーンがカチャカチャ音をたてていた。控え室内のソファーに座るヒロトにタカは、「お前、今まで何やってたんだよ!」と声を荒らげる。
「ん……? ご、ごめん……。はぁ……、や、野暮用だよ……」
長い金髪を掻き上げるヒロトから、ムワッと色気が立ち上がる。何もしていないのに漂う妖艶な雰囲気に、控え室に居たバンドメンバーはゴクリと息を飲んだ。男相手にチリチリとした痛みが下半身を刺激する。そんな異常な空気を打ち消すように、「ども、最終確認です!」という大きな声と共に、ライブハウススタッフがドアを開ける。
「えっと……、今、イイッすか?」
異様な空気を察知したライブハウススタッフの戸惑いに、「あ、はい!」とベースのケンが返事をして対応する。その間も、ジッとヒロトを見つめたまま目が離せないタカは、「くっそう!」と、小さく呟くのだった。
****
フォルトゥナの月一のホームでのライブは、毎回ソールドアウトだった。今日のライブももちろんソールドアウトで、ライブハウスの前には開演前から若い女達がたむろって居る。
その場所から少し離れた道路に止められた高級外車があった。車内ではガラムの煙草を吸う時貞が、ジッと道端に座り込む女達を観察していた。
「この小汚いライブハウスっていうのは何人ぐらい入るんだ?」
運転席の若い組員が「えっと、ちょっと待ってもらえますか……?」とスマートフォンを片手に検索しだした。
「ここはですねえ、オールスタンディングで500人ってとこでしょうか。ソールドアウトなんで、500人は確実に集まってきますね」
それを聞いた時貞は「500人ねえ……」と笑い出す。時貞にしてみればたった500人興業で、「ステージが!」と必死になるヒロトが可笑しく思ったのだ。
「後でステージを見てえから、入れるように店の奴に言っとけ! この辺はうちの親の神閃会のシマだ。俺の名前を出せば問題ない」
時貞の命令を聞いて「はい、了解しました」と、助手席の別の男が車から出て行く。それを横目で見ていた時貞が、「少し寝るから時間になったら起こせ」と静かに目を瞑るのだった。
****
「フォルトゥナのライブに来てくれてありがとう! 久しぶりに皆に会えて嬉しいよ。あ、君はいつも最前列の子。えへへ、元気? ありがとうね、大好きだよ」
ヒロトは曲と曲の間に、ワザと客席に過剰にサービスを行う。それが嬉しくて、最前列は毎回争奪戦が繰り広げられるのだ。もし、最前列になれば、ヒロトが声を掛けてくれるし、気分が乗れば頬にキスをすることもあるのだ。
若い女達の歓声は耳を劈く程で、遅れて店内に入ってきた時貞は耳を両手で塞いだ。店側が時貞を中二階のVIP席へ案内し、そこからステージを見る時貞は、スポットライトの下で光り輝くヒロトをジッと見つめる。ヒロトが動けば客席の女達も手を伸ばして掴もうと動き出す。その光景は神々しい光を放つ星に、少しでもあやかろうと群がる亡者のようだった。
「へえ……。やっぱりラッキースターってやつか。御利益あるんかねえ……」
時貞が取り出した煙草に火を付ける付き添いの組員が、「ああいう奴は、生まれ持った何かがあるんすよ」と、少し嫉妬を含んだ言葉を呟く。
曲の前奏が始まり、ヒロトに当たっていたスポットライトが消えた。美しい旋律のギターのアルペジオが流れ、スポットライトがヒロトに再度当たった時、ヒロトは上半身裸になっていた。透けそうな程に青白い肌にライトが当たり、ヒロトの周囲がまばゆい光で覆われている。大きく息を吸い込んだヒロトが口を開けた。その瞬間に会場中の視線を一身に集める。
ヒロトの口から発せられる歌声は、ピンッと張られた弦から放たれる音の様にクリアーで、時貞の耳に心地よく流れ込んできた。歌詞の内容はさっぱり分からない時貞だったが、ヒロトの音階が狂っていない事はよく分かる。そしてヒロトの声は、人を引きつける魅力があることも理解したのだ。
時貞は煙草を吸うのを忘れて、残りのステージ全てを魅入ってしまったのだった。
ヒロトは結局、現在まで顔合わせリハーサルも出来ていない。テキストメッセージには時々返信があったが、リハーサルにも来ないヒロトにタカは心底イラついていたのだ。
「今日、ヒロトは来るのか?」
ドラムのシンが心配そうにタカに尋ねる。タカは「俺が知っている女の所には居ない。誰か新しい女を見つけて、セックスに溺れているみたいだ」と、酷くツメを噛みながら答えた。
そんな時、控え室のドアがバーンと大きく開き、フラフラっとヒロトが入ってくる。ふらつく足もとの所為で、シルバーのウォレットチェーンがカチャカチャ音をたてていた。控え室内のソファーに座るヒロトにタカは、「お前、今まで何やってたんだよ!」と声を荒らげる。
「ん……? ご、ごめん……。はぁ……、や、野暮用だよ……」
長い金髪を掻き上げるヒロトから、ムワッと色気が立ち上がる。何もしていないのに漂う妖艶な雰囲気に、控え室に居たバンドメンバーはゴクリと息を飲んだ。男相手にチリチリとした痛みが下半身を刺激する。そんな異常な空気を打ち消すように、「ども、最終確認です!」という大きな声と共に、ライブハウススタッフがドアを開ける。
「えっと……、今、イイッすか?」
異様な空気を察知したライブハウススタッフの戸惑いに、「あ、はい!」とベースのケンが返事をして対応する。その間も、ジッとヒロトを見つめたまま目が離せないタカは、「くっそう!」と、小さく呟くのだった。
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フォルトゥナの月一のホームでのライブは、毎回ソールドアウトだった。今日のライブももちろんソールドアウトで、ライブハウスの前には開演前から若い女達がたむろって居る。
その場所から少し離れた道路に止められた高級外車があった。車内ではガラムの煙草を吸う時貞が、ジッと道端に座り込む女達を観察していた。
「この小汚いライブハウスっていうのは何人ぐらい入るんだ?」
運転席の若い組員が「えっと、ちょっと待ってもらえますか……?」とスマートフォンを片手に検索しだした。
「ここはですねえ、オールスタンディングで500人ってとこでしょうか。ソールドアウトなんで、500人は確実に集まってきますね」
それを聞いた時貞は「500人ねえ……」と笑い出す。時貞にしてみればたった500人興業で、「ステージが!」と必死になるヒロトが可笑しく思ったのだ。
「後でステージを見てえから、入れるように店の奴に言っとけ! この辺はうちの親の神閃会のシマだ。俺の名前を出せば問題ない」
時貞の命令を聞いて「はい、了解しました」と、助手席の別の男が車から出て行く。それを横目で見ていた時貞が、「少し寝るから時間になったら起こせ」と静かに目を瞑るのだった。
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「フォルトゥナのライブに来てくれてありがとう! 久しぶりに皆に会えて嬉しいよ。あ、君はいつも最前列の子。えへへ、元気? ありがとうね、大好きだよ」
ヒロトは曲と曲の間に、ワザと客席に過剰にサービスを行う。それが嬉しくて、最前列は毎回争奪戦が繰り広げられるのだ。もし、最前列になれば、ヒロトが声を掛けてくれるし、気分が乗れば頬にキスをすることもあるのだ。
若い女達の歓声は耳を劈く程で、遅れて店内に入ってきた時貞は耳を両手で塞いだ。店側が時貞を中二階のVIP席へ案内し、そこからステージを見る時貞は、スポットライトの下で光り輝くヒロトをジッと見つめる。ヒロトが動けば客席の女達も手を伸ばして掴もうと動き出す。その光景は神々しい光を放つ星に、少しでもあやかろうと群がる亡者のようだった。
「へえ……。やっぱりラッキースターってやつか。御利益あるんかねえ……」
時貞が取り出した煙草に火を付ける付き添いの組員が、「ああいう奴は、生まれ持った何かがあるんすよ」と、少し嫉妬を含んだ言葉を呟く。
曲の前奏が始まり、ヒロトに当たっていたスポットライトが消えた。美しい旋律のギターのアルペジオが流れ、スポットライトがヒロトに再度当たった時、ヒロトは上半身裸になっていた。透けそうな程に青白い肌にライトが当たり、ヒロトの周囲がまばゆい光で覆われている。大きく息を吸い込んだヒロトが口を開けた。その瞬間に会場中の視線を一身に集める。
ヒロトの口から発せられる歌声は、ピンッと張られた弦から放たれる音の様にクリアーで、時貞の耳に心地よく流れ込んできた。歌詞の内容はさっぱり分からない時貞だったが、ヒロトの音階が狂っていない事はよく分かる。そしてヒロトの声は、人を引きつける魅力があることも理解したのだ。
時貞は煙草を吸うのを忘れて、残りのステージ全てを魅入ってしまったのだった。
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