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ボーカルのヒロト

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 暗い店内でステージだけがスポットライトを浴び、若い女達の放つ声が耳をつんざく。その全ての中心に立つ男は、金髪に染めた長い髪をなびかせながらマイクを片手に歌う。スポットライトの下こそが自分の居場所だと言わんばかりの自信満々の男は、ステージから客席に向けて妖しい視線を流す。

 たったそれだけでも女達は歓喜し、少しでも男を触ろうとステージに押しかけた。カルト宗教の教祖に群がる信者のようなその光景は、男がステージに上がる度に繰り広げられるのだ。

 
「ヒロト! コッチ見て!」
 
「ヒロト王子! 私の王子様!」

 
 ヒロトと呼ばれるその男が一人の女に投げキッスをすると、嵐のような「キャー!」という叫び声が店内にこだました。

 
「今日は俺たちフォルトゥナのツアー最終日に来てくれてありがとう! 暫く休んで、またライブするからな!」

 
 ヒロトのマイクに合わせて楽器が会場を盛り上げる。「それでは最後の曲!」とヒロトが言うと店内は悲鳴に似た声が響き渡り、激しいギターの旋律が始まるのだった。


****


「あー、疲れた……。もう暫くはツアーはしたくない」

 
 ライブ後の打ち上げ会場の居酒屋で、項垂れるヒロトはテーブルに抱きついたままだ。それを優しく撫でる男の髪は、黒い一束が細長いドレッドヘアーだった。

 その男をフッと見つめたヒロトは「タカ……」と呟く。タカと呼ばれた男はニコリと微笑んで口を開いた。

 
「ヒロトが嫌だって言うから暫くツアーはお預け。ホームのライブハウスで月一の公演をすればいい。その間に新曲作れるしな」
 
「タカはヒロトに甘すぎる!」
 
「ちょ、リーダー……」

 
 他の二人のメンバーが口々に文句を言うが、リーダーはタカなので決定権はタカにあるようだった。

 
「ありがとう、タカ!」

 
 そう言ってヒロトはタカに抱きつく。それを嬉しそうに腕を回して抱きしめ返すタカは、ヒロトの頭に顔を引っ付けている。しかしヒロトはスッとタカから離れて席を立った。それをジッと見つめるタカは、「また、女か?」と少し怪訝そうな顔をする。ヒロトはニカっと笑って得意げな顔を見せる。

 
「ああ、今日は 昌代まさよに呼ばれているんだ。ツアー終了祝いにクロ○ハーツのブレスレットをくれるんだって。明日はリカで明後日は……誰だっけ?」

 
 上機嫌で居酒屋を出て行くヒロトを残った三人が、「アイツいつか刺されるぞ!」と囁きあうのだった。


「欲しかったブレスレットが手に入るぞ!昌代はちょっとしつこいけど、アレの具合は最高だしな……。今夜も朝までコースになるか」


 ヒロトは打ち上げ会場の外で待っていたファンに囲まれたが、「ごめんね!疲れているんだ」と極上の笑顔を見せて、捕まえたタクシーに乗り込むのだった。
 
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