短編集

八月灯香

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ヤンキー達の宝物 2

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「大咲君本当に同じ学校きたのか…でも知らない人ばっかりだから知ってる人いるの安心するな。」

と入学したての制服で葵君が笑顔で言った。

学科でクラスが分かれていて、葵君も俺も普通科を選択していたから同じクラスになれた。

毎日葵君と一緒に居られるのが純粋に嬉しかったから学校サボろうとかは思わなかった。

休み時間の全て、葵君のそばに居ても文句は言われなかった。

時々運動部の顧問が葵くんをダシに俺を入部させようとしてくるのだけはどうも我慢出来ずに、今まで出なかった怒りが湧いてしまって顧問に威圧をかけてしまった。

そのおかげでその後は何を言っても無駄だという事が伝わって平和になった。

二年生になっても、休みの日に誘ってもサシでは会ってはくれない。

女の子は相変わらず近づいては来たけど、もう誰彼構わず手をつけようという気は起きなかった。

休み時間に廊下で知らない派手な女の子に声をかけられた。

「えー!大咲君ヤリチンって聞いたのに!ねぇ~一回だけ!だめぇ?」

「だめぇ~」と腕に絡みつくのをなるべく明るくあしらった。

一緒に居た葵君はこっちを見ずに聞かないふりをしていて、最悪の気持ちになった。
こんなやりとり、葵君に見せたくも聞かせたくもない。

葵君の兄貴二人が俺のことを相当警戒して学校の外で余計なのに絡まれて喧嘩に巻き込まれたりするから絶対会うなって言ってるらしい。

自分のやってきた愚かな行動のせいでこんなに長く影響が出るとは思わなかった。

確かに休みの日に外で喧嘩になった奴らと再び喧嘩になりそうになる事もあったから。

初めからグレずにいたら、もっと葵君と一緒にいられたのになと思った。

後悔は先には立たない。
いつだってやってしまった後で襲ってくる。

委員会で呼び出された葵君を教室で待つ。
どうせなら俺もセットで委員会入れてくれたら良かったのに。

机に伏せると眠気が襲ってきた。
葵君は先に帰っていいって言ったけど、一緒に帰りたい…

パッと意識が浮上した。

どれだけ寝てたかわからなくて、時計を見ようとしたら目の前に前の席の椅子に逆に座って寝てる葵君が居た。

眼鏡握って寝てる。

外は暮れかけていた。

「葵君…」

両手で肩をさすると、閉じられていた瞼がゆっくり持ち上がった。

葵君は素顔のままこっちを見て「俺も寝ちゃった」と言った。

俺はこの瞬間、自分が葵君となんでこんなに仲良くなりたくなったのかがわかった。

俺は葵君が好きだ。
それは友達としてじゃない。

葵君を恋愛対象として好きだ。

中学3年の屋上での出来事からずっと、葵君の事が好きなんだ。

思わず顔を両手で覆った。

葵君は特に何もなく「帰るか」と言った。

普段は余裕で座れるのに、丁度帰宅ラッシュのタイミングになってしまい、電車は鮨詰め状態になってしまったけど、押し合う人から葵君を守れるのは心地が良かった。

荷物棚からおっさんが鞄を引きずり下ろそうとしたのが葵君の頭に当たりそうになったのを腕で止めると葵君はビクッと身体をこわばらせた。

「頭に落ちてくるかとおもった…大咲君腕当たったよね?」

と密着した状態で葵君が見上げてくる。
全然、むしろ毎日この状態でも構わないとか余計な事を思ってしまう。

「大丈夫。」

このまま抱きしめたい…

下心を持った俺は葵君の気遣いに嬉しさと欲情しそうな自分を諫めるのに必死になってしまった。

その日の夜は俺を見上げる目を思い出して何度も抜いてしまった。

頭が沸騰するかと思った…





二年生の冬休み、お正月の初詣に一緒に行こうと葵君を誘うと『いいよ』と返事が返ってきた。

ダメ元でメッセージ送って『いいよ』って返って来たのに、ダメって来たのかと思って『そうだよね、ダメだよね』って返してしまってめちゃくちゃ慌てた。

約束の日まで何度も葵君とのやりとりの画面を見返してしまった。

神社の目立つ石碑の前で待ち合わせをすることにした。

誰かとの待ち合わせ時間の一時間前に到着するなんて初めてで、朝もソワソワして目覚ましよりも早く起きた。

人も多くて、天気が良くて屋台も出ているから今日一日楽しめそうだなと思っていた。

「大咲君。」

待ち合わせの時間の少し前になって人混みの中からそれて小柄な男の子がこちらに向かって歩いてくる。

「…葵君?」

「おはよう、明けましておめでとう。」

「お…明けましておめでとうございます!」

葵君はいつもの見知った眼鏡姿じゃなくて、眼鏡をとって髪の毛を短くオシャレなツーブロックにして綺麗な顔が露わになっていた。

初詣に来たであろう同世代の女の子がこちらをチラチラと見てくる。

「髪の毛切ったんだ。」

「群青君が切ってくれた。」

「めちゃくちゃ似合ってる。」

葵君の家は美容室を経営していて、最近外の店で働いていた下の兄ちゃんが店に立ち始めたらしい。

三年生になるし、そろそろ彼女を作れって伊達メガネももうやめろって言われたと言っている。

葵君は最後に学校であった時とは全く違う印象だった。

ぼんやりとした印象はどこかにいってしまって垢抜けた服装も容姿によく似合っている、際立って目立つ見た目になっていて、まるで蛹から羽化した蝶のような変化だ。

頭の形のよさや、目鼻立ちの美しさにこれでは自分以外の人間も気がついてしまう。

俺だけが気づいて独占していたのに。

アウターの襟ぐりから顕になった細い首に目がいってしまって、拝殿に向かって手をあわせて頭を下げる姿を盗み見てしまった。

「俺家でご飯食べてこなかったんだよな…大咲君焼きそば食べない?」

参拝し終わってから葵君が賑やかな屋台のにおいにつられて誘ってきた。

なんだかわからない焦りが今朝葵君と待ち合わせてからずっとある。

せっかく葵君が話してくれてるのに…

「人多いから大咲君疲れた?帰る?」

「…人が多いの嫌になってるけどまだ解散したくないな…葵君、うち来ない?」

葵君は笑顔で「いいよ」と返してきた。





中学校生活が荒れてた事を家で愚痴り続けたのもあって、兄二人からの大咲君の評価は低レベルどころの騒ぎじゃなかった。

マイナス以下だったから、高校に入ってから真面目になったよ、と言っても鼻で笑われ、仲良くなった話をすると近づくなと言われ休みに遊びに誘われたのを知ると

「ダメ、そいつだけはダメ。」
「グレてた奴はろくな奴じゃない」

と藍君も群青君も昔の自分を棚に上げて却下してきた。

母さんには「勝手な事ばっかり言ってるけどお兄ちゃん達が怒ると面倒くさいからごめんだけど今だけいう事聞いておいて」と言われてしまっていた。

この二人、同じ方向で怒っていたはずなのに最終的にはこじれて大喧嘩に発展してしまう。

めげずに大咲君は定期的に声をかけてくれるけど、最終的には「お兄ちゃんまだダメ?」っていう聞き方になった。

「わかってんなら誘うなよ」
「行くわけねぇだろうが。」

って藍君はいつも吐き捨てた。

「二人とも俺のスマホ勝手に見るのやめてくんない?」

大崎君が誘って来た週末は藍君か群青君が俺が大咲君と会わないで済むようにバイクでどっか連れて行ってくれるのが流れになってしまっていた。

2年生の冬休みの年末に大咲君から『初詣一緒に行きたい』という連絡が来た。

なんとなく俺はこの誘いは断りたくなくて二人にスマホ見られないように注意して、夕飯時に「正月クラスメイトと初詣行ってきて良い?」と聞くと群青君がいつもと違う何かを感じ取ったのか「葵、兄ちゃんが男前にしてやるから彼女作ってこい」と髪の毛を切ってくれる事になった。

「もう高校生だし俺らのせいで隠れてばっかで青春に良い思い出無いのも酷い話だからな。
葵が今まで彼女出来なかったのも俺らのせいみたいなもんだし。
藍には俺から連絡しとくし羽伸ばしてこい。」

群青君は藍君よりは厳しく無い。

「ほら、鏡見てみ、めちゃイメチェン!
やっぱり葵は顔整ってるからこの方がうんといいな。もう眼鏡もしなくて良いよ。」

今まで長めのパッとしない髪型で通してきたから、頭がすごく軽くなった。

襟足を触ると刈り上げられていてざらざらと指先に短い毛が当たって気持ちいい。

鏡に映った自分はさっき迄とは違う自分になっていた。

「群青君ありがとう…」

なんとなく嘘をついてしまっている気持ちになってスタイリングチェアから立ち上がれずに手元を見た。

「お?どした~、気に入らない?」

「そうじゃ無くて…」

群青君のカットの腕は凄い。
新しい髪型は自分の容姿に自信が出るくらい気に入っている。

「群青君…あの…初詣誘ってきたの…大咲君なんだよね…」

俺の髪の毛を弄っていた群青君の手が止まった。

「ダメだって言われたから今までずっと断ってきたけど…俺、今回は大咲君と初詣に行きたい。」

鏡越しに群青君を見上げると、群青君は渋い顔をして盛大なため息をついた。

「藍と殴り合いしとく…」

多分、バレたら藍めちゃくちゃ怒るし、初詣から帰って叱られるの覚悟しろよ。

と群青君が言った。

「バカ素直に行く前に報告したら妨害されるか付いてくっていうに決まってるから藍には黙っとけよ。」

「群青君ありがとう!」

大晦日夜は家族みんなでリビングに集まっていた。

一昨年から一人暮らしをしてる藍君も帰ってきてる。
みんなで年越しそばを食べてる時に藍君が「葵明日初詣一緒に行くだろ?」って俺に聞いてきた。

「だから一昨日連絡しただろ、葵はクラスメイトに誘われてるから別。」

俺が答えるより先に群青君が藍君に言った。

「…オイ、群青…クラスメイトって誰。」

藍君の目がスッと鋭くなって群青君を見た。

「はぁ?クラスメイトはクラスメイトだろ。」

お前クラスメイトの意味もわかんねぇのか、とか群青君が藍君を煽る。

群青君が俺の初詣の事を言った時は「ふーん」って返事が返ってきたらしいけど、実家に帰ってきて俺がイメチェンしてたのを見てめちゃくちゃ怪しんでる様子だ。

「あ?何だお前…」

みるみる藍君が怒りの形相になった。

「お兄ちゃん達やめてよ!葵せっかくカッコよくなってお友達と初詣行くんだから!」

アンタらのせいでずっとおとなしくしてきたんだからもう葵の好きにさせな!

と母さんが言ってくれた。

藍君は何か納得行ってない様子だったけどそれもそうかって今だけなってくれたっぽい。

でも朝家を出る間際も藍君が何か言いたそうにしてるのを群青君と母さんが止めてくれていた。
藍君は納得いかない事は納得いくまで何度でも話をほじくり返す。
おそらく俺が出かけてからも家族に聞くだろう。

「葵かっこいいよぉ!お兄ちゃん達気にせず楽しんでおいで!カイロ持った?お小遣いある?」

藍君がバイクで送ってやろうかって言うのを「あ~~いらないいらない、待ち合わせでアンタらみたいなの来たらお友達逃げちゃう。」と母さんがクラスメイト怖がるからやめろって止めてくれて、笑顔で送り出してくれた。

「行ってきます。」

キンと空気が冷えてて顔が冷たい。

顔が出ていることが今まで無かったから人が多い場所だとちょっと恥ずかしい。
電車の中でも何だか人に見られてる気がした。

待ち合わせの神社の大きな石碑のところに目立つ背の高い姿が見えた。

大咲君目立つなぁ。

近くを歩いてた女の子達が「あの人めちゃかっこよくない?」っていうのが聞こえてきて、素直に共感した。

大咲君は男から見ても普通にかっこいい。
身長も高いし、顔も整ってる。
私服もかっこいいな…

歩道の人の流れから外れて大咲君のところに急いだ。

「大咲君」

名前を呼ぶと大咲君は驚いた表情をした。

「…葵君?」

「おはよう、明けましておめでとう。」

「お…明けましておめでとうございます!」

思ったより大きな声が返ってきて思わず笑ってしまった。

参拝に並んでる間じゅう、たくさん話した。

だけどなんだか大咲君の元気がどんどん無くなってる気がした。
人も多いし、チラチラ見られてるし疲れたのかもしれない。

帰る?って聞いたら人が多いの嫌だけどまだ解散したく無いって。

「葵君、うち来ない?」

親と兄弟は達母方の実家行ってるからうるさいの居ないし。
休めそうな店なんてこの辺ないから。

家に誘われたのちょっと嬉しい。
俺が朝を食べてないから屋台で色々買って大咲君の家で食べることにした。

「ふふ、なんか屋台のおばさん凄い量サービスしてくれたね。」

電車に乗るとさっきより大咲君は明るい表情になっていてホッとした。

電車に乗って、家の最寄りの三つ手前でおりた。

大咲君のお家は大きな一軒家で、おじいちゃんが大工やってたから家だけはでかいとか言ってた。

「葵君ちょっとだけ玄関で待ってて…」
と葵君は玄関に俺を置いて急足で自分の部屋に戻った。

友達連れてくるつもりじゃ無かったら部屋散らかってたりするもんな…

すぐに「上がって!」
と声がしたからお邪魔しますって言ってからあがった。
部屋の暖房とかをつけてくれてたのか。

大咲君の部屋は俺の部屋より広くて、壁に設置したテレビとかエレキギターとかアンプがあった。

「大咲君ギター出来るの?」

「趣味程度。」

うちは群青君がメタル好きでエレキギター持ってて、テンション上がって爆音にするもんだから家でやるなって言われて休みの日に美容室で練習してる。

俺も教えて貰ったけど、コード押抑えるのにネックを持つのに手首が痛くなって即やめた。

「最初はみんななるよ。」

アンプの電源は入れずに大咲君は流行りの歌をサッと弾いた。
弦の上を長い指が次々と動いていった。

「群青君のはいつも耳壊されそうってなるんだけど、エレキギターでもこんな綺麗な音鳴るんだね。」

俺も手首痛いのにめげずに続けてたら一緒に弾けたねって言ったら今からでも遅くないよって言ってくれた。

ラグの上のローテーブルに屋台で買ってきた物広げてる間に、大咲君がキッチンからお茶とかお皿とかをトレーに乗せて持ってきてくれた。

「屋台のってなんでこんなに魅力的なんだろうね。
ソース味めっちゃ濃くて美味しい。」

最近見たドラマの事とか、ハマってる漫画の事とか。
学校で会ってても外で会うと話は止まらなかった。

「あ、ごめんちょっとティッシュ取らせて」

大咲君が手を伸ばしてきたけど、俺の左側の床にあって大咲君からは届かない。

俺は横着に座ったままで手を伸ばしたが、それでも遠くて床に寝そべってやっと箱に手をかけた。

「とれた。」

箱を引き寄せようとしたらふ、と顔に影がおちる。
なんだ、と思って顔を上に向けたら、大咲君が覆い被さっていた。

見上げた大咲君は目が合うとそのまま抱きしめてきた。

「ごめん」

って言いながら起きあがろうとしたから、俺は思わず大咲君の顔を掴んでキスしてしまった。

なんでだか、そうしないといけない気がした。

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