短編集

八月灯香

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ヤンキー達の宝物 1

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ヤンキー同士なんて本当に碌な事しないし言わない。

御多分に洩れず中学の時、クラスに数名グレたのがいて、本当に毎日まともに授業が受けられない程うるさかった。

他所で暴れてればいいものを、なんでか皆んな揃ってちゃんと学校には来る。

授業中にバイク雑誌広げてたのをたまたま廊下を通った生徒指導の先生に咎められて掴み合いになったりとか、授業の度に先生の怒鳴り声が聴こえてきてなかなかの学生生活をエンジョイした。

そのヤンキーグループの中でもリーダーのとりわけ背も高くて体格もいい大咲李一郎が俺は超苦手だった。

休み時間にはよそのクラスのヤンキー女子をよく膝の上に乗せていて、その子達はみんな大咲とヤッてるとかいう話もよく聞いた。

大咲を取り合って女子が廊下で派手に揉めてた事もある…

顔が良くて明るくて人当たりはいいから一部のグレてない生徒にも好かれてるのはわかる気がする。

だけどヤンキーだから他の学校のヤンキーと殴り合いの喧嘩してる所も見た事あるし、顔にあざ作って登校してきたりもした。

先生の言う事は一つも聞かないし、タバコの臭いをさせてる事も多かった。
髪の毛も染めてるし剃り込み入ってるし耳にピアスもたくさんついてるけど、生徒指導の先生も大咲君にはびびって指導出来ない。

声もデカいし授業中でも平気で漫画雑誌読んで爆笑したりして、ちっとも悪いと思ってない声色で「サーセン」とか言ってるのも本当に嫌だった。

俺は訳あってクラスでもとりわけ大人しくて目立たないグループで息をひそめて生きていたんだけど、小柄で伊達だけどメガネをかけていたせいもあって暴力とかは無かったけど時々そのヤンキー達に面白がっておちょくられたりしていた。

「鈴木ぃ~無視すんなよ~」

って言われても無視した。
廊下でヤバそうなのにエンカウントしそうになったら気配を消してすぐ逃げた。

逃げる事こそ最大の防御なのだ。

しかし大人しく静かにやり過ごしたい願望は三年になってコイツらと同じクラスになった事で全て打ち砕かれてしまった…

三年生の文化祭の時に、ヤンキーたちがゲームしてふざけて、負けたやつが誰かに告白するとかやってたらしく。

ターゲットにされた俺が屋上に呼び出された。
嫌すぎて行かないって言ってたら有無を言わさずにふざけたクラスのヤンキーに掴まれて廊下を押されながら連行される羽目になった。

「遠藤くんもう勘弁してよ…」

「葵くぅん…そんな事言わないで。
俺マジで葵君の事好きなんだってぇ。」

遠藤君に下の名前で呼ばれた事なんてない。
なんならこっちも"遠藤君"なんてまともに呼んだの初めてのレベルだし。
他のグレてるクラスメイトの頭が壁の影からチラチラ見えてるし、笑ってるの聞こえてるし、スマホ持った手が出てるし。

遠藤君にヘラヘラ笑いながら腹の立つ雑な告白をされる。

「なぁ、付き合おうぜ。」

「嫌」

「おい葵君~~頼むって~~~」

「絶対嫌。」

「振られたらボコられんだってばぁ!」

それでもいいのかよぉとか言って来るけど知らないよ!
ボコられてればいいだろ。

…バカにしやがって。

壁の後ろから遠藤もっと頑張れよとか声が聞こえた。

本当に馬鹿みたい。
こんな事に巻き込まれるこっちの身にもなってほしい。

はぁ、と小さくため息をつくとふと目の前が翳った。
二の腕を掴まれたから上を向くと遠藤君の顔が近づいてくる。

うわっ…キスしようとしてる!??

遠藤マジでやりそうとか聞こえてる。

思わず俺は兄達から仕込まれた護身術が出て遠藤君を後ろに転ばせてしまった。

跳ね上げた手が眼鏡に当たって床に落ちたけど、隠れてる馬鹿たちを睨んでからすぐに拾って顔にかけた。

突然すぎて何が起こったかわからなかったっぽい遠藤君は尻餅をついたまま驚いた顔をした。

…もう限界だ。


「いい加減にしてよ!大咲君達も!お前らが内輪でどんだけ無茶苦茶な事してようが好きにしたら良いけど、関係無い他のクラスメイト巻き込むのやめろ!
馬鹿にされて楽しい気持ちになる人なんていないってわかんない?
自分達の見た目がどんだけ人を怖がらせてんのか自覚ない!?
大人しくてとは言わないから、二度と俺に構うな。」

学生生活で一番大きな声を出した。
喉が痛い。

びっくりして尻餅をついたままの遠藤君を方って屋上を後にした。

…俺が大人しくしてる理由。

俺には二人兄が居て、上の兄とは9つ、下の兄とは8つ離れている。
その二人の兄はめちゃくちゃグレにグレて夜中にマフラー改造した単車で爆音鳴らしたりして本当に大人達にとってタチが悪かった。

両親もおおいにグレてたらしい。

母さんは今でも叱るときに片鱗が出るけど、父さんは本当にそんな時代あった?ってくらいに普段は静か。

息子が乗り回す単車の手入れして昔を懐かしんだりしてたくらいおおらか。

兄達は喧嘩もしょっちゅうしていて、顔を怪我してる事も多かったし、母親とも良く怒鳴り合いの喧嘩をしていた。

僕が小学校に上がる頃にはもう2人は完全にグレてた。

どんどん素行が悪くなって、大人が嘆く見た目になっていって、違う人間になってしまうんじゃないかって怖かった。

だけど未熟児で産まれた8つ歳下の俺を2人はとても可愛がった。

背が小さくて同級生より童顔だから舐められるかもしれない、その時はやり返せと護身術を教えてくれた。

そのおかげで小学生の頃も同級生に喧嘩をふっかけられてもかわすか護身術発動して喧嘩にならずに即終わらせることが出来た。

「葵は顔も可愛いから猿どもにはいいカモになるから学校では伊達メガネしておきな。」

と下の兄の群青君から言われて俺は言いつけを守って眼鏡をしている。

一番上の藍君からも「俺らもそうだったけど中坊なんてみんな馬鹿だしハメ外してる奴らなんてもっと馬鹿だからな。常識なんて期待するだけ無駄だから、もし葵が学校でなんかあったらすぐに言えよ。兄ちゃんがなんとかするから。」

と言われていた。

藍君はチームのリーダーとかもなってたくらいグレてたし眉毛も細く威圧的な眼をしていた。

外でチームの人と出会しても鈴木君の弟だ、と怖い目には合うことは無かった。

出先で「お前鈴木群青の弟か」って言われた事はあったけど、藍君のチームの人らしい人が近くにいてすぐに逃してくれた。

藍君が成人した時、式典の後でバイクで事故起こして足の骨折って入院して、心配の限界が来た俺が毎日お見舞い行っては「危ない事して死なないで」って泣いたからなのか藍君も群青君も非行がピッタリとまった。

その後藍君は大学、群青君は専門学校をちゃんと出て社会人になってるから昔の面影はない。

藍君はグレては居たけど勉強は出来たから頭のいい大学に行って周りを驚かせた。

そんな兄が二人も家に居たから、クラスにグレた奴らが居てもあんまり怖いとかは感じた事はない。

しかしながら、この日ばかりはもしかしたら学校生活やばい事になるかも、と内心ヒヤヒヤした。

遠藤君もクラスのヒエラルキーで言ったら上の人だ。
大咲君みたいに体格がいいわけじゃ無いけど僕よりはうんと背は高い。

相手が大咲君だったらあんな風に護身術でなんとかなったかはわからない。

家に帰ってから思い出して真剣な顔になっちゃうから、兄二人に何があったんだまさかいじめかって詰められそうになったけどなんとかかわした。

中学3年の後半で不登校になるわけには行かない。
藍君と群青君が出てきたら洒落にならない…
数少ない友達に距離を取られて腫れ物みたいになるのは嫌だ。

ところが文化祭の直後、あんだけ好き勝手していた大咲君が服装ちゃんとしてピアスも外して脱色してた髪の毛も黒く染めて登校してきてクラスみんなが驚いた。

「鈴木君、ごめんね。
今日からちゃんとするから許してほしい…。」

って謝られた上に、何でか大咲君は毎日俺に話しかけてくる様になり、仕舞いには友達みたいになった。

大咲君に飼い主が出来たみたいに言ってる同級生もいた。

正直、何が大咲君をそうさせたのか全くわからないけど、屋上での遠藤君とのやりとりを見てこうなったのか…な?

大咲君が大人しくなるとそれに倣って他の騒いでた人たちも徐々に普通の見た目になっていった。

担任からは何があったのか知らないけど鈴木のおかげでクラスが平和になったって感謝された。

まぁ、半年くらいで卒業だしソデにしなくてもいいかと思ってたら「葵君どこ志望?」って聞いてきたと思ったら高校まで同じところに来たのには流石にびっくりした。

大咲君、別に勉強が出来ない人じゃなかったみたいで、何なら入試もほとんど満点に近かったとか先生が言ってた。

相変わらず性格が明るいのと見てくれがいいのは変わらなかったから高校でも随分とモテていた。

でも何故か入学してからもずっと俺にべったりしていて時々女子から「これ大咲君に渡して」と手紙とかバレンタインだとチョコレートとかを預けられそうになった。

だけどその度に大咲君は「こう言うの預からなくていいから」とか「葵君に頼むのやめて。」とか言ってた。

トイレ行くのも移動教室行くのも全部「俺も一緒に行く」って付いてくるし、下校も「待ってる」「待ってて」と俺と一緒に校舎をでる。
体格いいし運動神経もいいから運動部の勧誘を受けてたけど、全部断っていた。

焦れた運動部の先生から「鈴木、大咲に選手で入ってもらいたいからお前マネージャーで入ってくれ」って言われたけど、大咲君が「葵君の事利用しようとするのやめて貰えますか」ってグレてた時の威圧感で凄んだら先生も勧誘して来なくなった。

購買でパックジュース買ってくると飲みなよってストロー差し出してくるし、食べる?って箱入りのアーモンドチョコレート箱から取らせるんじゃなくて「あーん」って手で食べさせてくる。

何でこんなに懐かれたのか…
身長差と体格差が大きいからなんか不思議な気持ちになってくる…

大型犬を連れ歩いてる気持ちにもなってきたけど、面倒を見られてるのは俺な気もするし…

高校二年生になった頃、ふとした瞬間に俺は気が付いてしまった。

中学生の頃に五月蝿くて素行の悪さもあって大嫌いだった大咲君の好感度は僕の中で完全に覆っていた。

委員会で雑務押し付けられてカバンを取りに教室に戻ると大咲君が大きな身体を机に伏せさせて寝ていたから、何となく起こさない様に前の席の椅子に跨って座った。

中学生の頃に脱色してギシギシになってた髪の毛も綺麗になっている。

閉じられた瞼のまつ毛は長く、眉の形が綺麗だ。

「なんでこんな人に懐かれてんのか…」






小さい頃から周りの同級生より身体が大きかった。
ちょっとでも驚かせる仕草をするとみんな怖がった。

気が付いたら周りは人を脅す様なやつばっかりになってしまった。

小学校の後半になってくると、大人とほとんど変わらない体格になってしまったから、教師達も恐々接してきて、何故なのか自分でもよくわからずにずっと腹が立っていた。

中学になると、それはより酷くなった。

ちゃんとしろだの大人になれないだのつまんねえことばっかり毎日言われて、顔色窺われて。
自分じゃ何にもできない人の威圧感利用したいクソ弱えのが取り巻きみたいになっていて。

真面目に勉強なんかしてもそんなもんなんもなんねーよって思えた。

…全部めちゃくちゃに壊れればいい。

3年になってクラス替えがあった時にはもうほぼ学級崩壊みたいに勝手になっていた。
別に俺がなんかしなくても周りの奴らが馬鹿騒ぎして大人のやることなす事に反抗して壊してった。

派手な女の子達が勝手に寄ってくるから誰か一人に絞る事なく早々に下にはだらしなくなっていた。

一人と付き合うのなんて俺には面倒すぎてできない。
だけどエロくて気持ちいい事はしたかった。

親もみかねて「自分の面倒も見れないガキがガキはつくんなよ。」といってきていた。

同級生の大人しいのは皆んな喋りかけてこない。
クラスメイトはみんな暇つぶしのおもちゃだ。

「おい、負けた奴誰かに告白して来いよ」

花札にハマってた俺らは文化祭をサボって空き教習で勝負に挑んでいた。

遠藤が一人大負けしたから罰ゲームを遂行させることした。

「どうせだったら男にして来いよ、記念動画撮っててやるから。」

と言うと周りはゲラゲラ笑って、遠藤も「まじかー」とか言いながら笑っていた。

ちょうど廊下を歩いていたらクラスでも特に目立たないチビ眼鏡の鈴木が通ったのを遠藤がすれ違い様に腕を掴んで屋上に連れて行った。

鈴木は嫌々引きずられるようにしていた。

「あーあーかわいそう。」
「鈴木めっちゃ嫌そうにしてんじゃんウケる」
「遠藤ー!振られんなよ!」

取り巻きと壁に隠れてゲラゲラ笑っていた。

「あー遠藤振られる。」
「絶対嫌言われてんじゃん。」
「あっ」
「えっ!?」

遠藤の背中が鈴木に覆い被さって見えた次の瞬間、流れる様な動作で鈴木が遠藤を転ばせた。

「うお…鈴木すげー…」

咄嗟とはいえ、誰かに訓練されたなってわかる動きだった。

鈴木のかけていたメガネが遠藤の腕に当たって落ち、一瞬だけこちらを睨んだ顔はとても整っている事に気がついた。

「いい加減にしてよ!大咲君達も!お前らが内輪でどんだけ無茶苦茶な事してようが好きにしたら良いけど、関係無い他のクラスメイト巻き込むのやめろ!
馬鹿にされて楽しい気持ちになる人なんていないってわかんない?
自分達の見た目がどんだけ人を怖がらせてんのか自覚ない!?
大人しくてとは言わないから、二度と俺に構うな。」

鈴木の声をちゃんと聞いたのは初めてだった。
こちらを強く睨んでから鈴木は屋上から立ち去った。

「遠藤罰ゲーム決定えんがちょ!」

取り巻きは皆、笑いながら遠藤に近寄って行ったが、俺は完全に鈴木に魅入られていた。

二度と俺に構うなと鈴木は俺らに言ったけど、俺はどうしても鈴木に近づきたかった。

「遅いかもしれないけど俺ちゃんとするわ」

家に帰って親に告げると、父親は驚いた後に「そうか」と嬉しそうにしていた。

母親は特に喜んだ。

明るくしていた髪の毛も黒く染め、派手に開けていたピアスも全部取った。

鈴木を意識した瞬間から今までつまらないと思ってた事全てに色が着いて意味があるんだと思えた。

もっと早く鈴木の存在に気がつけば良かった。
あの意思の強い眼差しにもっとちゃんと見られたい。

鈴木は馬鹿な俺達の誰よりもか弱く見えていたのに、誰よりも強い。

「鈴木君、ごめんね。
今後ちゃんとするから許してほしい…。」

翌日、鈴木にそう告げると、鈴木は驚いた顔をしていた。

パッと見ではわからない、ちゃんと向き合って顔を見るその下にある表情。

野暮な髪型と眼鏡で隠された素顔に、俺だけが気が付いてしまったような気がして胸が高鳴った。

取り巻き達は最初は何か騒いでいたが「好きにしたらいいじゃん。」とあしらっているとだんだんと落ち着いていった。

なんとなくそっちのほうが面白いかなって流れでグレていた奴らばかりだった。

一ヶ月くらいはずっと鈴木に警戒されてたし、本当に嫌われてるっぽくてあんまり口をきいて貰えなかった。
だけどめげずに話しかけていったらちょっとずつ会話をしてくれる様になった。

「なんで俺に構うんだよ…」

と苦々しい口調で返される。

「仲良くなりたい。」

と嘘偽りなく何度も伝えると徐々にまぁいいか、ってなってくれた様だった。

休みの日遊ぼうよは卒業までどれだけ誘っても全部断られた。

「葵君どこ志望?」

中学で関係を終わらせたくなかった俺は鈴木の志望校を聞き出した。

素直に教えてくれて、志望校にしたけど到底学力が足りず、担任からも相当努力が居ると言われてなんとか勉強を取り戻さないと、と必死になる事ができた。

この頃には葵君と呼ぶ事を許されていたし、昼ごはんも一緒に食べれるようになっていた。

「もしかして葵君の眼鏡度はいってない?」

「入ってない、兄ちゃん達にヤンキー達に目つけられるからかけてろって言われてんの。」

「ふーん」

ふーんなんて返したけど、素顔を知っている俺はドキドキした。
葵君の素顔の良さを知って構いたくなったのは間違いないから。

「葵君お兄ちゃん居るんだ?達って事は一人じゃないの?」

「二人いる…多分ちょっと年上の人だったら名前聞いたらわかるくらいグレてたのが。」

名前を聞いたらヤンキー達にいまだにビビられてる二人だった。

今は普通の人になったとはいえ、やばそうな人達が思わず頭を下げてしまうレベルの。

葵君は自分達のせいでターゲットにならない様に絡まれても逃げられる様に二人に護身術を叩き込まれたらしい。

「強くなんなくていいからできる様になってくれって。」

遠藤が転ばされた時の事を思い出す。
身のこなしが完璧だったもんな。

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