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八月灯香

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大好きな一君2

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白濱さんの企画が本格的に動きはじめた。

壱君と白濱さんの間にあったっていうギクシャクも無くなって、よく笑って話もしているし、カメラマンの工藤さんもアーティストに指名される人で、モニターに表示された生の画像を見ても壱君の事を魅力的に切り取ってて凄くいい腕をしてるのがわかる。

毎回壱君はとんでもない美女にされてたり、雄々しくされてたり。

白濱さんのヘアメイクのパワーは凄い。

衣装も今売れてるブランドからリースしたやつはどれも壱君に似合っていた。

この3人がすごい作品を本にするんだなっていうワクワクが毎日あって、日々忙しいけど充実していた。

俺には彼女が居て、専門学校時代から付き合っている。
3年経っても仲良いまま、一緒にいる時はずっとくっついてるくらい。

二週間以上逢えていないけど、毎日連絡も取り合っているし順調だった。

公私共に満たされている。

彼女とはお互いの家の合鍵も渡してあって、そろそろ同棲しようかって、次の休みに不動産屋に内覧をお願いしようっねって話し合っている。

休みをもらえた日、食べたいって言ってたお店のプリンを手土産に彼女の家に行って久しぶりに来たからなんとなくインターホンを鳴らしたら、すぐに足音がドア越しに少しだけ聞こえて来た。

ガチャ、とドアが開いて。

「なにー?タクミ君忘れ物した?…あ!!!」

「…タクミ君って…だれ……」

彼女はブカブカのTシャツ一枚で、足を惜しげもなく出していた。
先程まで誰かと居たんだなってあからさまにわかる雰囲気を出していた。

玄関から上がるのは怖くてできなかった。

小さな部屋は乱れたベッドが見えてる。
部屋の中からは俺は吸わないタバコの臭い。


一君が、私の事仕事優先でほっといたからこうなったって仕方ないでしょ。
私だって我慢したけど、バイト先で優しくされてタクミ君の事好きになっちゃった。

一君の事も好きだから別れたくないけど…。

だけどまだ忙しいんでしょ、私また同じ事絶対しちゃう。
鍵、返すね。


って。
3年も付き合って、終わるのは一瞬だった。
将来の話もいっぱいしていたのに。

好きなアート作品も同じで、お互いの髪の毛切ったり染めたりして。

俺は学校卒業してすぐに白濱さんのアシスタントにつけたけど、
彼女は入った美容室に馴染めず、その後も何度も店を変えて、結局居酒屋でバイトを始めた。

それでもいつか二人でヘアメイクで仕事して暮らせたらいいねって、言ってたけど。

その夢は突然に叶わない事がわかってしまった。

正直ショックすぎて頭が真っ白になった。

「はは、タクミ君と食べて。」

彼女の部屋の鍵とプリンを彼女に渡した。
彼女は泣いていたけど、泣きたいのは俺もだよって思った。

思考が止まったまま、その辺をぶらぶらした。
何にも感じないってこう言うことかなぁと川沿いのベンチに腰掛けた。

目の前を小さな子供を連れた夫婦が横切っていった。
得られなかった自分の将来な様な気がした。

そんなタイミングでスマホが振動し、メッセージ通知が来た。

壱君から"今日はずっと忙しい?"というメッセージだった。

"今日はずっと落ち込む予定です。"

と馬鹿正直に返すと電話がすぐにかかって来た。

『一君、一人で落ち込むんやったら、話聞いたらあかん?半分背負わしてよ。』

余りに優しい声に、思わず泣きながらはいと答えてしまった。





「え…!今日!?」

「はい、っていうか今さっき。」

夕方でもガヤつく居酒屋は多少の声が出ても注目されずに済むのがありがたい。
安居酒屋でも壱君の美しさはちっとも損なわれなかった。

パーテーションがあって席が個室みたいになってるから、俺が泣いていても見られる事はない。

「休みだし不動産屋行く予定でいたから早めに会いに行ったら完全にやった後感全開でタクミ君って言われました。誰タクミ君……」

思い出しても落ち込んで涙がでる。
彼女の首元にはベッタリキスマークも付いていた。
どんな気持ちで不動産屋一緒に行く気だったんだろう。

はぁ、本当に好きだったのに、浮気なんて俺は一回もしなかったし、将来結婚するもんだとも思ってたのに。

「ちゃんと毎日連絡もしてたつもりなんですけどそれでも寂しいって言われたらもう…」

と声をこぼす俺を壱君は慰めてくれた。

「それはめっちゃショックやんかな…。」

席が二時間制で店を追い出された俺達は、もうちょい話そうよ、と壱君が言うからコンビニでお酒買って、居酒屋から歩いて行ける俺の家で宅飲みする事にした。

「お邪魔します…」

「狭いですけどどうそー。」

アシスタントのお給料で借りれる程度の広さの部屋は、玄関開けてすぐにキッチンがあって、リビングとベットルームは当然ながら同じ。
風呂は浸かりたい派だからトイレと別の部屋。


メタルラックにはヘアメイクの参考にしてる切り抜きのスクラップブックとか試したいメイク用品とかが一通り箱で仕分けして分類されている。
汚くはしてないつもりだ。

「適当に座ってください。
ラグ敷いてありますけど床硬いからベッドソファにしても大丈夫です。」

二人で床にクッションを置いて横並びに座った。
壱君は俺の話をどんどん引き出して行って、飲み進めるペースをコントロールしそこねて俺は情緒がどんどんぐちゃぐちゃにになっていった。

学校に夜まで残って一緒に練習したこととか、二人共薬液で手荒れが治らなくてで苦しんだ事とか、検定に受かって喜んだ事とか。

想いが胸に蘇ってやりきれなさでいっぱいになった。

「あ~~~~~…ははは…すみません。」

情けないことに涙が再び溢れて来てしまう。

大好きだった。

隣から腕が伸びて来て身体を包むみたいに抱きしめられた。

「しんどいよなぁ。」

そう言って切なそうな視線をこちらに向けた綺麗な顔が視界にいっぱいになって、柔らかい唇が俺の唇に押し付けられた。

喰む様に唇が動いた。

壱君の優しい雰囲気と、気遣わしげに触れてくる人の熱が気持ちよくて頭がふわっとした。

「…もっと………ん」

首の後ろに壱君の形のいい手が回った。
壱君の舌が、口を開けろと催促した。

まるで俺の息を奪うみたいに壱君の舌が入ってきて、口の中で官能を引き出そうとするみたいに動いた。




一君と白濱さんの本の仕事でよく会う様になった。
白濱さんも過去の事めっちゃ謝ってきた。

もう二度と会えないと思ってた一君を引き合わせてくれるっていうミラクルを起こしてくれたから許した。

彼女がおるってわかっててもやっぱり一君はたまらんくらい可愛い。

もろ好み過ぎて視界に入るだけでやる気が出る。

白濱さんに着いて一生懸命技術とかを吸収しようとしてる姿を見てるとより好きになる。

「仲来君最近彼女と会えてるの?」

「時間が合わないから会えてないんですけど、やり取りは毎日してます。」

彼女の話を白濱さんに振られて嬉しそうに話してるのもいい。

おい白濱、僕が一君に片想いしてたの忘れとるやろコラ。

一君が近くに居るっていうだけでかなり癒される。

午前中に撮影終わって、久しぶりに半日休みになった。

昨日顔あわせてたけど、今日見れてないから会いたくなって何してんのかなって思ってしまった。

無視されてもいいと思って一君にメッセージ入れた。

"今日はずっと落ち込む予定です"

と返事が来て咄嗟に電話をかけてしまった。

「一君、一人で落ち込むんやったら、話聞いたらあかん?半分背負わしてよ。」

一君は泣いてるのか声が揺れていた。
誰かと居るんか聞いたら、一人でおるって。
何があったんか知らんけどそんな悲しい時に一人にならんで欲しい。

居酒屋で話を聞いて、慰めながらもその彼女に大感謝をしてしまったのは一君には言えへん。

ショック受けてるし、なんなら結婚も考えてたとか言ってたけどそれを全部浮気で無しにしてくれて、一君を傷付けた怒りよりどうもありがとうしかない。

時間制で店追い出されたけど、まだ一緒におりたくて、何処かで飲み直そうか提案したら

「あ、ここかウチ歩いていけるから壱君が嫌じゃなかったら宅飲みします?」

と言って来たから「そうしよう」と即答してしまった。
なんとか食い気味にならない様にはしたつもりやけど…

一君の借りてるアパートは、物は多いけど整頓されていて感心した。

部屋に上がると毎日眠ってるであろうベッドがあって、ソファの代わりにしていいって言われても下心ある身としては気が引けて床に座った。

一君は失恋ほやほやの愛しみから結構なハイペースで酒を飲んでヤケになって笑った後泣きはじめた。

見てるこっちも胸が締まる。
一君、そんな女の事で傷付かんでよ。

勝手に手が一君に伸びてしまう。

「しんどいよなぁ。」

一君がグッと堪える様な表情になったのが堪らなくなった。

唇の色、綺麗やな。
泣いてても一君、めっちゃ可愛い。

唇柔らかいな。
荒れてないけど、泣いてるからちょっとしょっぱい。

唇を離すと、扇状的な表情でもっとしてって言うた。

「もっとしてええん?」

と聞くとして、と一君は答えた。

一君酔ってるからやめろとか、傷付いてる時に卑怯、とか正しい自分がごちゃごちゃ頭で喚いてくるけど目の前で僕に縋ってくるんやもん、ここで少しでも心を絡め取っておきたい。

舌で唇をつつくと素直に唇が開いたから遠慮なく差し込んだ。
一君の口の中は小さくて綺麗な歯並びをしていて、
時々吸いながら深く口付けて上顎を舌先でなぞると鼻から甘えたような声が抜けていく。

これは勃つ。


でも今日はそこまではしない。
本当に傷付けたら元も子もないもんな。

そこまではしないつもりなんだけど…

「こゆの…よくない…壱君の事…利用してる…」

不意に一君が正気に戻ったのか身体を押し返した。

「壱君ごめん。」

「なんであやまるん。ええやん、一緒におるんやし利用してよ…」

こんな状況で今優しくされたら壱君の事そういう意味で好きになるからって一君が笑った。

「なってよ。」

なって。
いいよ、なってよ。
やって僕はもう一君好きなんやもん。

一君は泣きそうになってから抱きついてきて、耳元でありがとうって言った。

違うよ、今だけの事じゃない。

一君の傷を癒したくて言っとんちゃうの。
一君の傷に入り込んで、彼女から一君完全に攫いたいんやって。

「一君、僕、ほんまに一君の事好きなんよ。
真剣に考えてみやへん?」

悲しんで酒に酔ってる所に畳み掛けるみたいにしてしまう。

一君、僕のこと見て。

僕はいっぱいの人にキャーキャー好かれるんやなくて、一君一人が欲しい。

身体を離すと少し驚いた顔の一君。

「一君、好きや。」





狭い部屋の中に洗い呼吸とヌチヌチと舌を絡める音だけが鳴る。

一は壱にどんどん追い詰められている。

彼女が自分ではない誰かと関係を持っていたことも、別れを告げられた事ももう頭には無かった。

過去に満員電車で毎朝盾になってくれた綺麗な人懐こい歳上の人と思ってた壱が自分の事を好きだと言って居る。

失恋の悲しみを埋める為に今だけではなく、自分の事を好きになってくれと言っている。

この美しい人が、自分の事をこんな必死に。
一はかっと身体が熱くなった。

一方的に口の中を舐められていたが、思い切って舌を吸い返した。

一瞬壱の身体がピクリと動いてから、一の身体を口付けたままベッドへと上げた。

「一君、付き合ってよ。」

フゥフゥと息を吐いて居る一の唇を何度も啄む。

何度も吸われた唇が少しぽってりとして唾液で濡れている。

「俺…で…いいの?」

「いいん?やなくて一君やないとあかんの。
付き合お?別れたばっかとかそんなんどうでもいいやん。
僕、今恋人になりたい。」

壱がダメ押しをしてきて、一は頷いてしまった。
失恋したその日に、新しい人と恋人になんて。

「一君が僕の事まだ好きじゃ無くても絶対好きにさせるから。」

壱は妖艶に笑ってから、音を立てて軽いキスをした。
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