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大好きな一君
しおりを挟む出会った時の見た目は完全に女の人だと思っていた。
俺より背はずっと高いけど髪の毛が長くて、睫毛の長い目も綺麗で、顔の造形が完璧に思えた。
俺とは違う人種だなって思ってた。
毎朝、高校に向かう満員の電車で、ずっと押しつぶされて居たのにある日からそれが無くなった。
その日から電車内は混んでて座れないけど押し潰される事はなくなり快適に通学できた。
ある日ふと背後を振り返るとそこにはサングラスで目元隠しててもわかるくらい美形の人が立っていた。
向こうもこっちを見ていて、目が合うとウインクされて、わーっと思った。
耳まで熱くなったから多分真っ赤になってたと思う。
女の人に守られてしまった…と恥ずかしくなってしまったけど、その人はその次の日も同じ様に俺の盾になる様にしてくれた。
「あ…あの………いつもありがとうございます…」
「好きでしとるからきにせんで。
いつも電車でサラリーマンに潰されとるなって思っとったんよね。」
本当この毎朝の電車の混みかた異常。
声を聞いて男の人だったのだとはじめて認識した。
そこから少しずつ話す様になって、
その人は上条壱と名乗ってきた。
声が少し低く通る声で、訛りのある喋り方。
「名前聞いてもいい?」
「仲来一です。漢数字の一って書いてはじめって読むんです。」
「へー、僕ら同じ数字の漢字名なんやね。」
一君って呼ぶから壱君て呼んでよ。
そんな相手と出会うなんて事あんま無いよね。
めちゃ運命っぽいなー。と壱君は笑って居た。
壱君は平日毎日朝電車で会える友達になった。
でもある日「またね」って言ってしばらく壱君が電車に乗って来なかった間に学校を卒業して電車に乗る事は無くなり会う事は無くなった。
ほんの3か月くらい、俺は壱君との電車の中での交流を楽しんでいた。
高校時代最後のいい思い出になった。
高校を卒業してから家を出て、美容系の専門学校に通った。
卒業してすぐに専門学校の頃講師で来てくれてから憧れて居たヘアメイクアーティストの白濱茂樹さんのアシスタントにつかせてもらっている。
白濱さんは厳しいけど間違った指導とか無いし、たまに怒られるけど怒鳴ったりはない。
俺をちゃんと実践で使える様にする為にいろんな現場に帯同させてくれて学ぶことは山ほどある。
「仲来君コテ使うの上手くなったね。今度の時任せれるよ。」
「本当ですか!?嬉しいです!」
「嘘は言わないよ。
メイクブラシ綺麗にしておいて。」
白濱さんから仕事終わりに言ってもらえて嬉しくて自分の手をぎゅっと握りしめた。
一つ一つできることが増える。
学校で習った事が実戦では通用しなかったり、通用したりする。
その現場や、アーティストさんによって違った。
空気を読む術を身につけていきな、と良く白濱さんは言ってくる。
年明けに白濱さんのヘアメイク術の本を出す予定が出てるので、そのミーティングとかで白濱さんはいつもより忙しくなった。
本でキャスティングしたいモデルリストを見せてもらった、
その中に知った顔があって思わず声が出た。
「あ、壱君。」
「仲来君、上条君のファン?」
壱君は電車で会わなくなってからすぐにテレビCMや化粧品のモデルなどで目にする様になった。
性別の枠を超えた存在としてどんどん人気になっていって居た。
アンドロジナスモデルとして活躍する傍ら、見た目の美しさと訛りのある喋りが受けてバラエティでも時々見る様になった。
俺は白濱さんに電車での交流を話した。
「ほんの3か月くらいだし、壱君が覚えているかは別ですけどね。」
「でも下の名前で呼び合うくらいに親しかったって事だよね?」
懐かしい気持ちになって居たら白濱さんが真剣な顔でこっちをみていた。
「仲来君…君、俺の救世主になるかもしれない。」
「え。」
そんな大袈裟な、と思ったけど白濱さんは過去の失敗した話をしてくれた。
4年くらい前に、白濱さんが撮影で壱君の担当した時に、余計な一言を言って壱君を怒らせてしまった事があって、その後から仕事でアサインされて顔を合わせるたびに壱君の機嫌が悪くなるから確実に嫌われている。
それでも今回の本ではメインモデルとして起用して話題をより強固な物にしたい。
技術の掛け合わせで予想を遥かに越えるいいものが出来上がるはず。
その為にヘアメイクテクニックだけではなくて壱君の本来の美しい本質みたいなものを最大に引き出したい気持ちが白濱さんの中である様だ。
電車の中で喋った事があるだけだけど、もし本当に二人が険悪で、自分が緩衝材になれるのならなりたいと思った。
*
「おはようございます。」
今日は打ち合わせを兼ねて壱君の事務所に改めてよろしくお願いしますの挨拶に来た。
入り口で名前を言うとすぐに事務所内に通された。
本当なら出版社の担当さんと、白濱さんと、壱君と壱君のマネージャーさん四人で話す予定だったのだけど、白濱さんに同席してくれって言われてので、いつもの様に5分だけ早めに来た。
事務所の会議室に通されて一人だけ待機状態になったんだけど…時間通りに来たはずが白濱さんも来ないし誰も来ない。
ガラス張りのソファの部屋に一人はだいぶ居心地が悪い…。
メッセージ送っても白濱さん反応ないな…トラブルでもあったのかと思い、電話しようと部屋ドアを開けたら
「だからなんでわざわざ顔突き合わせて打ち合わせせなあかんの、白濱さんやろ?企画書見たらじゅうぶ……」
出会い頭にドンと人とぶつかって後ろに倒れそうになったところを両腕を捕まえられて転ばずに済んだ。
「あ、壱君。」
思わず掴んでくれた相手の顔をみて声が出てしまった。
「え………え!?一君?!」
「覚えてくださってるんですか?お久しぶりです。」
「ウッソ待って!田部マネージャーどういう事??ほんまに!?」
何年かぶりに会った壱君は相変わらず背が高くて、電車で会った時より大人の顔立ちになっている。
写真やテレビで見るより何倍も美しかった。
「ごめんね仲来君、実は仲来君だけ打ち合わせ予定より30分早く来てもらってて、上条と話してもらっててもいいかな?」
マネージャーの田部さんが申し訳無さそうに部屋のドアを閉めて、壱君がドアの近くのスイッチに触ると、ガラス張りの壁が一瞬で白く曇った。
この部屋は使ってますよって言う合図にもなるのか…
「ハイテク…!」
それから二人でテーブルを挟んで30分たっぷり話をした。
壱君は、電車での俺との交流は、バイトと始めたばかりのモデル仕事でクサクサしてた日々の癒やしになってた。
怖がられるかなと思って連絡先聞けずにいて、地方撮影から帰って来たらもう俺とは会えなくタイミング的に卒業シーズンで、その時初めて俺が3年生だったんじゃないかって事に気が付いてショック受けたって。
それで本当に凹んでた所に白濱さんがメイク中に俺の事を話してたら茶化して「幻だと思えば?」みたいな事を言って来て、バイトでも嫌な事が重なってなんだコイツってなってしまったんだって。
「でも俺、白濱さんが専門学校に外部講師で来てくれて、卒業したらアシスタントつく?って聞いてくれなかったら壱君とまたこうやって会えなかったですから。」
というと、壱君はそうだね、と凄くいい笑顔になった。
「俺、白濱さんのアシスタントとして今回のお仕事ずっと一緒なのでよろしくお願いします。」
「こちらこそ!あ、今度こそ連絡先交換してもいい?」
出来たらで良いんやけど、と言われて快諾した。
こんな事ってあるもんなんだなぁと驚いたし素直に嬉しかった。
*
4年くらい前に、僕は毎朝電車で会う高校生に惹かれとった。
その子は背が小さくて満員電車でスーツのおっさんにもみくちゃにされながら通学しとった。
都会の電車は大人も余裕無くて相手が子供だろうが容赦ない事が多い。
いきなり声掛けるのもなぁと思ってたけど、バイト行くのに大体同じ車両に乗るから、庇護欲が勝って思い切ってその子を押す奴らの壁になってみた。
数日が過ぎたらその子が気がついてこっちを見上げたから思わずウインクなんてしてしまった。
そしたら一瞬で耳まで真っ赤になってしまってそんなん見たらこっちまでキュンとしてしまって最高やった。
良すぎる。
「高校生?」
って聞いたら、控え目な声で「ハイ」言うてくれて。
声もめっちゃ可愛いくて。
僕みたいな女なんか男なんかわからん顔じゃなくて、明確に男の子。
名前は仲来一くん。
僕は初めて自分の壱っていう名前が好きになった。
一君と、漢字と読み方は違うけど同じ意味がある様な気がしたから。
バイトで嫌な事あっても、軌道に乗せるために本腰入れてるモデル業での嫌な事も、一君に会える朝は全てが霧散して行った。
やけどその年の三月、地方撮影で数日経って再び電車乗りはじめたら一君は乗って来んくなった。
小柄な一君が、高校三年生であるという想定を完全にして無かった。
連絡先、遠慮せんと聞いとけばよかった。
後悔しか無い。
めちゃくちゃ可愛かった。
毎朝は笑顔でこっち見上げてくる顔が可愛かった。
ちょっと仲良くなってからは向こうから「おはようございます」って言ってくれて。
今日は寒いのキツくなるからって多めに持って来てくれたカイロくれたのも嬉しかったなぁ。
仕事頑張ってって飴くれたりもした。
平日は一君が乗ってくるから用無くても電車乗って。
なんで一君、もうおらへんねんやろ。
「毎朝会えてた片想いの子、連絡先も聞けんと終わった…………」
最悪や、バイト先でも変なオッサンに絡まれるし。
一君には会えんくなるし。
メイクのオッサンが元気無さそうだけど何かあったんですか、話聞きますよとかいうから愚痴の様にこぼしてしまった。
「あはは、上条君モテるんだからくよくよしないで幻だったと思えばいいんじゃない?」
その日のモデル仕事のメイク担当のオッサンがこっちは真剣に落ち込んでんのに笑いながら言い放った。
幻と思えやって?
「は?笑い事ちゃうんやけど。」
一瞬で頭に血が昇った。
完全にその日の僕の地雷やった。
人がしんどいいうてんのに、今売れはじめてるメイクアーティストかなんか知らんけどこのクソが。
「オッサンの返しなんもおもん無いわ。」
白濱茂樹、お前の事絶対忘れんからなこのクソボケが。
そっからはもうなんでも良いから売れようと思った。
いつかどっかで一君が“あ、壱君"って僕の写真とか見て思ってくれたらなって思った。
本当は生身の一君が良いけど無いものねだっても仕方ない。
涙出そう。
ヘアメイクなんていっぱいおるのにクソの白濱とはちょこちょこ仕事せなあかんし。
ほんまコイツムカつく…
白濱もなんかやっちゃったとは思ってるみたいで仕事で会っても話しかけては来なくなった。
腕は良いんやけど、茶化された怒りは治らんかった。
大人気なくてもなんでも良いわもう。
そんで半年くらい白濱とは仕事で会わなくなって、向こうも僕も目に見えて活動が活発になった。
「白濱さんがメイク本出す企画に上条さん指名で来てるんですけど受けて良いですか?」
ってマネージャーが聞いてくるから好きにしてって答えた。
一個でも一君の目に留まるのに僕が残る仕事はある方がいい。
あんだけ仕事中シカトこいてても指名してくるんやから白濱もズ太い。
一君、見ててよ。
なんでも良いから、見てて。
そしたら白濱が一度きちんと企画の打ち合わせ顔突き合わせてしたいやって。
ペライチにまとめてこいよ。
何がきちんとやこっちはお前と会わんでもちゃんとするわ。
「田部マネ、今日の予定このクソみたいな顔合わせだけなんやけどどうしてくれるん。」
「先方もう部屋に来てるからちょっと落ち着いて、ね!」
マネージャーに宥められながら会議室のドアを開けたら胸に人がぶつかって来た。
自分より小さい相手を突き飛ばした様になって慌てて腕を掴んだ。
「あ、壱君。」
したから聞こえた覚えのある声に思わず顔をガン見してしまった。
うそやろ。
ホンマかこれ。
「え………え!?一君?!」
「覚えてくださってるんですか?お久しぶりです。」
忘れるわけないやろ!
一君、ちょっと大人っぽくなっとる!!
僕だけに向けられた一君の笑顔!
30分だけ二人で話して良いってマネージャーが言うから、会えんかった時間を埋めるように話して、連絡先を交換した。
可愛い、やっぱりめちゃくちゃ好き…
一君、僕の活動ずっと見てくれてて、活躍してるの見てて嬉しかったって言ってくれて。
「なんか嬉しくて俺、壱君の写真スクラップして持ってる。」
って言われた時は胸がいっぱいになった。
…ただ、一つだけ悲しいお知らせがあった。
一君、彼女おるって。
専門学校から付き合ってて3年経つからもうすぐ同棲しようかなと思ってるって。
わかるよ、そりゃそうやんな。
こんな良い子ほっとかへんよ。
これは一君の事忘れられんくて色々遊んだバツかもしれん…
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