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八月灯香

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氷解

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生まれてから一個もいい事ない。

本当にひとっつも。

いっそ生まれてこなきゃよかったのに…。

生きてんの馬鹿馬鹿しくなって、何回か自殺しようとしたけどその度に見つかって助けられてしまう。

もういいのに。

「俺なんかもういらねんだって。」

頭に来て天井に向かって叫んだ。

突然デカい手が顔を掴んだ。

「倭が自分を要らないと言うのなら、倭は俺がもらう。 
勝手に死ぬのは許さん。」

「なん…!」

顔を掴まれたまま、荒々しく流星の唇が俺の唇を塞いだ。





俺は財閥のジジイの妾の子だった。

妾と言っても厳密には金持ちのジジイがホステスやってた母親を気に入って手を出した。

母親はなかなかのビッチだったからいろんな男と寝ていたが、金の匂いのするジジイの子供を一発で孕った。

それで出来たのが俺。

ジジイはいい金蔓になった。

物欲に塗れた母親の着てる物や持ち物がブランド物ばっかりだったのは大きくなってから気がついた。

そんな母親に大事になんてされるはずもなく、あんまり着替えさせてもらえない薄汚れた服、毎日菓子パンとかかろうじて死なない食事だけ与えられていた。

戸籍だけは金をむしり取り続ける予定で登記されていた。

きちんと養育するという約束で貰っていた金は母親の欲しい物に化けていき、夜は着飾って、笑みを絶やした事ないみたいな顔で出かけて行った。

住んでいた部屋はゴミだらけだった。

家から出るな、誰か来てもドアは開けるなと言われた。


子供ん時、正月に入り口から建物まで距離のありすぎる馬鹿みたいにデカい家に無理矢理連れて行かれて挨拶させられた。

母親は金が途絶えて店に会いに来なくなったジジイに金の無心をしにわざわざ出向いたんだ。

そん時だけは流石に綺麗な服着せてもらった。

その場に居た大人達はまさかとかなんとか言ってたけど、俺の顔立ちが間違いなくその血筋の特徴持ってたし、わざわざDNA鑑定を母親が突きつけたからその場は騒然となった。

俺の瞳はよく見るとオッドアイになっている。

ここの血族には男にその特徴が出る。

悲しいかなその時はジジイは寝たきりの状態になっていて、家長のジジイの息子らしき人が大声を出す母親を追い出そうとした。

母親はブチ切れて喚き散らした後、俺をその場に置き去りにした。

宝来家はこの辺りでは知らない者はいないくらい力の強い一族だ。

置いていかれると思って母親を追いかけたら、母親は俺を張り飛ばし、その場面を目にした大人達は唖然となっていた。

「ここまでアタシが育ててやったんだから、アンタ達が責任もって今後は育てな!!!」

その宝来家に置き去りにされた俺は宝来家で一時預かりのような状態になった。

マナーもなんも身についてない俺は毎日知らない大人にため息を付かれた。

外聞が悪いから外に出る事も禁止された。

家長の同じ歳の息子がしょっちゅう俺をかまいにきたけど、大事にされてる子供と俺の差が見えてキツかった。

他の子供は遠巻きにして近寄りすらしなかった。

何もかもが嫌だった。

ただ、宝来の中で働く金井という使用人は、俺に優しく、腫れ物みたいにしなかったからなんとか過ごせた。

『倭坊ちゃんも、ちゃぁんと宝来家の息子さんです。
しゃんと胸をはっていればよろしいのです。』

金井が居なかったら性格はもっとやばい事になってたと思う。

宝来のジジイの一番若い息子。

一族の中では突然湧いて出た法定相続人。
ジジイが死んだ時に財産を得る権利がある。

どう考えても一族の脅威になる存在だった。


中学生になった頃、何を思ったか母親が泣きながら息子を返してくれと言いにきた。

殴られて置いて行かれたけれど、母親が今度は愛情をくれるんじゃないかと思った。

一緒に居たくない大人や子供といるより、母親からの愛情が欲しかった。

泣きながら抱きしめられて俺はそれだけで胸がいっぱいになったんだ。

宝来家もどう扱っていいのかわからない俺を追い出せると思ったのかすぐに俺を母親に引き渡した。

家長の同い年の息子だけが何を勝手な、と怒っていたけど、大人の決めた事に歯迎えるわけもなく俺は母親のところに戻された。

戻ったはいいけど、愛情があってじゃなかった。

「あんたが手元にいないと金が貰えないのよね。
アタシには権利無いけどジジイが死んだらあの宝来家の財産を何割か相続する事になるんだから。」

母親はそう言って俺の髪の毛を掴んだ。

「ねぇ、聞いてんの?
ムカつくくらい綺麗な顔に育って。」

せっかく金持ちの家に入り込めると思ったのに、ガードが固くて人生棒に振ったわ。
せめて財布くらいにはなってよね。

とかなんか言ってた。

『家』に連れて行かれると母親の付き合ってる男が一緒に暮らしていた。

母親とのSEXをわざわざ聞かせる様な男だった。
母親はそんな男に入れ込んで小遣いをせびられたら猫撫で声で渡していた。

「倭、相手しろ」

いつだったか、母親が居ない時にその男に組み敷かれた。
母親と情交を交わすベッドで。

拒否をして暴れてみたけど、殴られて髪の毛を掴まれ、頭を押さえ付けられて痛いだけだった。

「お前もっと色気ある様に喘げんのか。」

嗤いながら男は何度も腹の中にぶちまけていた。

男の背中には刺青が入ってた。

それから母親が不在の時に相手をさせられる様になって。

準備なんてしてもらえないからほぼ無理矢理突っ込まれて血が出る事が多かった。


俺はリストカット癖がでた。

ある日、母親が俺と母親の男の関係に気が付いた。

俺は母親にしこたま殴られて意識を失った。

どうやら最終的にワインの瓶で殴られて。

俺の顔にはその時につけられた左眼の眉から頬にかけて縦に一生傷がある。

目を覚ました時には宝来家お抱えの病院に入院させられていた。

治療費を払うのを渋ったのと、警察に通報されては困るからと、自分の知らない間に事故にあったと母親が宝来に連絡した。

意識が浮上すると、あの息子が部屋にいて俺を見ていた。

何処にも傷なんか無い、完璧な出立ち。

胸糞わるい…

母親も殺し損ねんなよ…

そこからは宝来家の子供として学校に通う事になった。

宝来家は遅れに遅れた俺の学習を取り戻させようとはしてくれた。

最初は嫌だったけど、勉強はわかるようになってきたらそれほど苦ではなかった。

ただ、俺のこのクソみたいな容姿が変な奴を寄せた。

高校では色欲が我慢できない男の教師に捕まってほとんど使われてない教室に俺を引き摺り込んで生臭い息を吐きながら身体を弄った。

「宝来君、こんなことがバレたら君も大変なのわかるね…」

みんな、死ねばいいのに。
後ろから首を押さえつけられ、汚い腹が尻につくたびにどうやったらコイツを殺せるかと想像した。

大人はみんな敵に思えた。


そう言う目に遭った日に限ってあの息子が怒りを称えた眼で俺を見た。
俺は何もしてないのに、詰られてるみたいな気持ちでいっぱいになった。

好きであんな事されてないのに。

与えられた自室に籠った。
机に座ってカッターを腕に当てて引いた。

腕に、ぷつぷつと赤い球が浮かんで赤い線が走る。

躊躇い傷が増えていく。

「っ…!」

深く切りすぎて傷口がドクドクと心臓の動きに合わせて痛みを訴えた。

血の出方が派手だからいけるかな…

自分の身体がどんどん冷えてくる気がした。
机にうつ伏せに上体を預けてゴミ箱の上に腕を床に向けて下ろした。

せめて少しでも片付け楽になるだろ。

さようなら。
クソみたいな人生。
なんも楽しくなかった。


薄れ行く意識の中、ドアを誰かが叩いた気がした。





またかよ。
また。

あーあ、失敗した。

病院独特のにおい。
繋がれた点滴。

また失敗した。

またあの息子が俺を見下ろしてる。
母親の口調を真似るなら、腹が立つくらいの男前。
同い年とは思えないくらい体格もいい。

宝来流星

家長の次に宝来家の跡取りになるはずの男。
クソババアの汚れた血の入ってる俺とは違う、本物のエリートの血統。

「倭…良かった…」

心底心配してました、とでも言いたそうな顔。
何にも良くねぇよ。

お前はいいよ、俺みたいなクソ人生送ってないもんな。

期待されてそれに応えられる。

「死なせろよ。」


それからは最悪な事に流星と部屋を同じにされた。

傷口は縫われていて、経過観察の通院にも流星がいつも付き添った。

隠れてリストカットする度に目ざとく見咎められ、流星はこんな事やめろと言った。

俺の中で怒りばかりが生まれて噴き出した。
頭が熱くなって歯止めが効かなくなるたびに金井が飛んできて俺を宥めた。

宝来の子供が、こんなザマじゃ話にならないもんな。

「さっさと追い出せよ。」

と言うと、その度に流星は険しい顔をした。


大学に進学させられて、俺はより自分を大切にしなくなっていった。

宝来と名乗らせるのはちょっとなってなったのか使用人の金井の姓を名乗れと言われた。

そんなんだったらもうどっかいなくなってもいいだろと思って何度か姿眩まそうとしたけど、その度にどうやって見つけてるのか、GPSでもつけられてるのかと思って持ってる荷物を捨てても流星が迎えに来た。

「帰るぞ。」

高圧的な眼。
力の強い手で手首掴まれて引きずる様に屋敷に連れ帰される。

大学での生活もクソだった。

大学では最初は俺の見てくれを気に入って言い寄ってきた奴が居て付き合ってくれと言ってきた、それも男ばっか。

俺は別に男が好きなわけでもないから断っていたら。

"理工学部の金井倭はケツ試させてくれる"

そんな噂が立って無理矢理人気のない所に連れ込まれて嘲りながら捩じ込まれたりを繰り返した。

抵抗すると暴力をふるわれたり痛い目に遭う。

殴られてやられてるのは俺なのに、流星は俺に怒りの目を向けて来る。

だったらもういっそ周りが望む様にそうなればいい。

どうせ拒否しても嫌な目にあうんなら、流れに任せて利用したっていいだろ。

「いーよ、一万くれたら別に。」

彼女がケツ試させてくれないからやらして。
そう言って来た奴の家に上がり込んだ。

「彼女がそんなにやりたいなら金井君に頼んだらって怒るからさ~、マジで来てくれると思わなかった」

今日なんか遊び行ってて帰ってこないからさー、チャンスじゃん。

とそいつは笑った。
その女も大概だな。
その女は別に俺とやっていいって思って名前出してねーよバーカ。

「前金。他、触んなよ。ケツ突っ込む以外やったら殺すから。あとゴムしろよ」

舐めてよとかふざけた事言うから「やめる?」って聞いたらそこからそいつは後ろから俺のケツに突っ込んで猿みたいに腰振ってた。

「めちゃくちゃエロい尻してるじゃん…」

人のケツにチンポ突っ込んで汚ねー喘ぎ声あげやがって。

「う…ぁ………!」

「はいはい終わり、抜いて。」

名残り推しそうに射精したくせに腰を掴んで腰を押し付けてくるけどこっちは気持ちよくも何ともない。

「離せって。」

「なー、金井さぁ…たまに呼んでいい?
クセになりそう…」

とかふざけた事吐かすから「2度目は無いよ」と返した。

ガチャンと玄関のドアが開く音がした。
女はこう言う時にカンが鋭くなるんだよなぁ。

「やば…」

大学生が住む狭いワンルームアパートだ、玄関開けたらすぐベッドが見える。

女は驚愕の顔でこっちを見ていた。

情事の後の気配が満ちる部屋に入ってきて怒りの形相で泣き叫びながら俺と彼氏を詰った。

「お前が金井で試せって言ったんだろ!」

「本当にやれって言ってない!」

「今日は来ないっていっただろ!」

「あんなにしつこく確認来たらなんかあるって思うでしょ!」

バカが二人、笑える程修羅場になっていた。

「うるせーな俺帰るわぁ。」

俺は笑いながら喧嘩する二人の部屋を後にした。
女が何か背中に投げつけてきたけど、お前の言った事にこっちは巻き込まれてんだよ。

あーあ。

屋敷に帰んのも嫌だな。

どうせまたすぐ捕まるけどどっか消えようかなー。


「倭」


学生用アパートを出たら流星が車で出迎えた。
すでに顔は怒ってる顔だった。
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