短編集

八月灯香

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運命とかないから。 6

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いつもの毎日が戻って来た。

いつもと変わった事はあれ以来、波川さんは店に来なくなった。
俺の部屋の鍵も返して貰えたらしく、神山さんが預かったって言ってた。

波川さん、ちゃんと家族大事にしてくれてたらいいな。

神山さんは相変わらず顔を出しに来て、終わる時間にホテルに俺を連れてったり、部屋に来たりしている。



「青池くん本当ごめんなんだけど…この店畳む事にしたんだ。」

申し訳無さそうに店長が眉を下げた。

もう一回、海外で料理やりたくて、年齢的に最後のチャンスになるから今行かないとこの先行けなくなりそうだから。
誰かに引き継がすにも、適当な事されて後味が悪くなるのも嫌だから潔く閉めたい、と言っていた。

俺は割と長くお世話になったし、大丈夫ですと返した。

「いつかまた日本で店やるのは決めてるから、その時はまた声かけさせてね。」

店長は申し訳なさそうにそう言った。

閉店の日まで俺はここで働く。

だけど次の仕事早めに見つけないとな。

次…何しようかな。
服の販売とかもいいな。


「そう、あの店無くなるの残念だね。…レンはうちの会社に入る気はない?」

神山さんの休日に、ランチを外で食べようと家に迎えに来たから一緒にパスタを食べて居る。
店の事を伝えると、ノートパソコンの画面を見ていた目がこちらを向いた。

神山さんはスマホとパソコンで何処でも仕事してる。

「あと、あの部屋もそろそろ出て一緒に暮らしたいのだけど。」

「え…」

「何か不都合はあるかい?」

波川さんとの話し合い以降、神山さんは俺の部屋の波川さんの形跡を見つけると「捨てていい?」と言ってくる様になった。
食器やタオルとかの消耗品とかも、波川さんが使ったであろう物は神山さんのお眼鏡に叶う品質の良い物にどんどん入れ替えられていっていた。

波川さんがよく使ってたマグカップは手が滑ったとか言ってわざと床に落として壊してたし…。
波川さんが部屋着にした服とかも「本当にあの男の痕跡が害虫の様に出てくるね。」って笑いながら捨ててた。

ただ、ベッドだけは俺を抱くたびに寝取ってやった優越感が勝つからちょっと気に入ってるらしい…。
狭いベッドだと密着して寝るしかないところもいいなって言ってた。

広いベッドでも密着してくるのに。

神山さんは余裕のある大人だと思っていたけど、子供みたいな事をするなって最近では思っている。

それに独占欲も強い。

神山さんはライオンで、プライドを作ってるもんだと思ったけど、その事を言ったら

「君しかいらないよ」

と真っ直ぐに言われて胸がいっぱいになった。





高層の商業ビルの屋上にあるカフェでのんびりお茶してたらスマホが着信を告げる。
画面を見ると母さんからだった。

「あ、神山さんすみません、母親からでちょっと出て来ます。」

と席を立とうとすると、手を握られる。
ここで出てもいいよ、と目がいっている。

「クリスだよ、レン」

相変わらず神山さん、と口から出てしまっては訂正されている。

電話に出ると、母さん今久しぶりに恋をしててね、という明るい報告だった。

バツイチだけどいい人で、楽しくお付き合いしてるって。

俺も嬉しくなって、大切な人が新しくできたことを伝える事にしたけど、まず先に波川さんとの事を母親に伝えた。

あらましを聞いて母さんは物凄く怒ってくれた。

『馬鹿にして…!ああいう良い人そうな見た目の人は人を惹きつけるからね、好きになっちゃうの仕方ないわ。どう考えても不利になるから蓮が奥さんに詰められなくてよかったわよ。』

アンタもなんで私と同じ様な男引くかねぇとごちていた。

「だけど今、俺も新しい人居るから。」

波川さんと終わる手助けをしてくれた人と、今いい関係になってる事を伝える。

クリスはそれを聞いて嬉しそうに俺の手に唇を押し当てている。

『えー!!あいたい!』

と母さんが大きな声で叫んだので、すぐ近くにいる神山さんにも聞こえて笑っていた。

クリスが俺の手からスマホを取って、

「是非」

と母さんに言うと、『え?なに?今の方?え?』と突然の美声にオロオロしていたから、声をあげて笑ってしまった。

テストモデルショットだから、と言ってたはずの俺とクリスの写真は、ハイブランドばかりが載る雑誌や、schwarzer Edelsteinの店舗の入り口の壁にデカデカと使われていてびっくりした。

自分の顔なんてこんな巨大なの見た事ないよ…ってなったけど、写真に映るクリスの俺を見る目が熱っぽくて悪い気分じゃなかった。

生きてたら運命みたいな不思議な事もあるんだなぁと俺は思う様になった。

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