短編集

八月灯香

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運命とかないから。3

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撮影が終わって、神山さんと共にスタジオ備え付けのシャワールームに押し込まれた。

濡れた服は重たくて、一枚脱ぐたびに身体が解放されているようだった。

壁の高い所にあるシャワーから心地よい温度のお湯が降り注ぐ。

共に押し込まれた、というのも俺にぴったり張り付いて服を脱がせてきてるのが神山さんなんだ。
大きな手に両手をまとめて掴まれて壁につくように頭の上に持って行かれた。

トラウザーズのベルトが外され、ボタンとファスナーがおろされて。

臍を撫でて、長い指が下へと降りていく。

「レン、君は何処もかしこも美しいな」

耳元で熱っぽく囁かれ首元に唇が押し当てられる。

下着に潜り込んだ手が陰茎を掴んで昂らせてくる。
シャワールームに自分の声が響いている。

昨日の夜を生々しく思い出して俺の身体がビクつくのを、神山さんは楽しんでるみたいだ。

「たまらないな…。」

性器の先の割れたところを開く様に神山さんの指が撫でる。

「あ……も…………!」

イく……と身体を震わせた瞬間、抱きしめられて余計に快感が高まった。

壁に放たれた精液はすぐにシャワーが流し去っていった。

神山さんは褒める様に頬っぺたに唇を押し当てて来た。





「はぁあ~~~~!!!!!!???」

都心の緑が綺麗な公園のカフェの外のテーブル席で宏也君が声をあげる。

「まじでいってんのぉ!?」

「そー、マジもおおマジ。波川さんが店に来て、未練たらしくしてる所に神山さんが来てお持ち帰りされてヤッた。」

「わーーー!マジで来たの!しかもヤッたって…マジなの!?」

カフェラテを撒く勢いだね宏也君、目がキラキラしてるね。
あーいいなぁ、とか運命感じちゃう、とか言ってるけど運命なんてないから。
どうせこれっきりだし。

「そんでそんで??あの人アッチはどうだった?」

「最高の男は最高のセックスすんだなって思った」

「羨ましい~!いいなー!俺も一回そんなテク持ってる人にやられたい。あの人絶対巨根でしょ?俺も見たい!!…っていうか波川さん大丈夫なの…」

正直、それがわからない。

俺は神山さんに抱かれて完全に波川さんへの気持ちの整理が着いたけど、波川さんのあの目は諦めきれない相手に裏切られたってショックが追加されてる感じしたし。

でも子供産まれる既婚者にもう付き合う義理はないし。

20代のいい時に一緒にいた時間優しくしてもらって良かったと想い出にするしか無い。

どうせ俺はゲイだから将来家族作れる事なんて無いんだとしても自分の人生をめちゃくちゃにされたくない。

「どうなるかな…ビアラウンジ辞めたく無いのになー」


夕方からのシフトに入ってるから、良い頃合いで宏也君と別れた。
「後で店行くね」と宏也君が言ったから、待ってると返した。

営業中に波川さんが顔を出すことは無くホッとした。

宏也君も「流石に神山さんが蓮君狙ってるのわかったら来ないでしょ。」と言っていた。

だけど、波川さんはそんな物分かりがいいタイプじゃなかった。

家路について、部屋のドアを開けるとこの時間には来た事ない波川さんがいた。

玄関のドア開けたら電気ついてたし、靴がある。ああ、居るなこれはって思ったから驚かなかった。

「お…おかえり」

「ただいま。」

出迎える波川さんを刺激しないように平静を装って靴を脱ぎ、いつものように洗面台に向かって手洗いうがいをする。

広い部屋じゃないからリビング兼寝室兼キッチンのワンルームになっている。
波川さんは俺の挙動を落ち着きなく観察している様子だった。

ケトルでお湯を沸かしてインスタントのコーヒーを二人分入れてカップを波川さんに渡した。

「もうここ来たらダメだよ。奥さんとこ帰りなって。」

暫く間を置いて声をかけると波川さんがびくりと震えた。

「こんな遅い時間に来た事ないのに。奥さんになんて言って来たの。」

「出張って…」

そんなの確認でもされたらすぐバレるのに。

「蓮君、僕は君と別れたくない」

何でこんなに粘るのか…大事にすべきは産まれてくる子供だと思うし、家族なんじゃ無いのかな…

「…奥さんと子供はどうするの」

「このまま…このままはダメなの?妻には気付かれて無いんだ…このまま付き合っていくのはダメなのか」

波川さん、それは言っちゃいけないんじゃないか。
それにバレた時に俺がいの1番に断罪対象になる。
俺は静かに首を横に振る。

「俺はそういうの無理。もし、波川さんが別れたくないならちゃんと俺を選んで。
奥さんと子供とはさよならして。」

左手の指輪ももう隠す素振りもない。
俺の前でも外さないんじゃん。

どっちも取ろうなんて虫が良すぎて話にならない。


「出来ない…どっちも手離したくない…」

追い縋る視線を向けてくるけど、普通に腹が立ってくる。

「俺はそういうの無理だって。」

「蓮君…!」

腕を突然引かれて持っていたカップが落ちてコーヒーをぶちまけながらラグの上に転がる。

これ掃除すんの俺なんだけど…

「蓮君…!蓮君!」

タガが外れたように波川さんが余裕無く身体を撫で回してくる。
セックスに持ち込もうったってそうはいかない。

「波川さん、落ち着いてよ」

波川さんの動きを止める為に身体をギュッと抱きしめた。

「聞いて、波川さんは優しいからいいお父さんになるよ。絶対、それは保証できる。
赤ちゃん産まれたら奥さん大変だし、支えるのは波川さんなの。
俺は子供からお父さん横取りしたりしたくない。だからちゃんとお別れしよ」

ね、というとのしかかっていた波川さんがばっと顔を上げた。

「あの男だね…」

「え?」 

「あの日…僕にあなたも彼目的かって聞いたあの男だよ…!!」

みるみるうちに表情が怒りの色を見せ、声が怒鳴り声に近くなる。

こんなにも激昂した波川さんを初めて見た。
これはちょっとやばいかもしれない。
体格がほぼ同じでも怒りに任せてこられたら勝てない。

身構えているとボタンシャツの前を掴まれて無理矢理開かれる。
裂ける音がしてボタンが飛んだ。

「何これ…」

波川さんの声が震える。

「あの男と…したの……?」

神山さんとセックスした時に幾つかキスマークつけられたなと思い出す。

波川さんは俺の身体に跡をつけることはしない。
家族に何かで見られたら何言われるかわからないからと波川さんにつける事も禁じられていたし。

怒りが削がれ、力が抜けた様に波川さんはへたり込んだ。

「…家に帰りなよ…」

俺はタクシーを呼んだ。
破れたシャツで力無く項垂れる波川さんをタクシーまで連れていくわけには行かないから、脱衣所で着替える。

鏡を見ると思ったより沢山ついてる。
胸元にも背中にも。
背中の方は撮影の後のシャワールームで増やされた気がする。

忘れる相手にこんな事すんなよな、と思った。
 
タクシーは程なく着いた。
「じゃあね、」と波川さんを乗せると、手首をばっと掴まれた。

一瞬何か言いかけてたけど沈黙して手を離し、車は発車していった。

忘れろとは言わないけど、このまま諦めてくれらいいのに。

宏也君に波川さんが部屋にいた事をメッセージしたら即電話が返って来た。

『ちょっと!不法侵入!!!何もなかったの!?こわ!!!やだこわいよー!何もされてない!?鍵!鍵返してもらった!?』

宏也君に今から家に行こうか?と言われたけど色々聞かれて話すのも億劫になるなと断った。

波川さんに鍵は返してって言ってみたけど首を横に振られた。

あーあ、ラグにコーヒーのシミ出来たじゃん。





「蓮君と早く一緒に住みたい」

家に帰って、蓮君がお帰りって毎日言ってくれるの想像するだけで嬉しい。

波川さんは良くそう言っていた。

睦言であんまりによく言ってくるから、俺だって近い将来そうなるんだなって思ってたのに。
ベッドで裸で笑いながら話してるの、楽しかったな…。


寝覚めは最悪だった。
普通に体調が悪い。

嘔吐感が突然湧き上がってトイレに駆け込んだ。


父親の事を思い出した。

母さんはずっと父さんの女癖で苦しんだ。
父さんが病気で入院した時に病室に知らない女の人と小さい子供がいたのを思い出す。

父親が外で作った俺の兄弟だった。

母さんは離婚を希望してたけど、父さんが頑なに拒否をしていた。

父さんは母さんの事を愛してない訳じゃない、母さんだけではダメだったんだ。

母さんはそれが苦痛だった。
親戚達に散々説得されて、父さんにやっと離婚の判子を押してもらえた時の母さんの解放された顔が忘れられない。


今は元気におひとり様を楽しんでいるし、俺がゲイな事も「元気に生きてたら何でも良い」と言ってくれてる。
母さんとの親子仲は良好だ。

波川さんの事も、いい人なんだったらよかったと言っていた。

朝食を食べていないから液体しかでてこないけど、胃の中を空にするとスッキリした。

せっかくのフリータイムだけど仕事の時間までギリギリまで寝ている事にした。





神山さんがよくビアラウンジに来る様になった。

時々、上流階級だなってわかる人を連れてくる事もあるけれど、大抵は俺に会いに来てくれているような感じになっている。

見栄えのする神山さんは一枚の木から作られた重厚なカウンターにも映える男だな、とおもう。

そして更に、波川さんも再び通って来始めて…ほとんど会話はなく、熱っぽくこちらを見て黙って一杯だけビールを飲んで帰るを繰り返した。

時々、宏也君が波川さんと神山さんがいるところに来ちゃって、その度に離れた場所で青い顔をして居た。

「波川さん、そろそろお子さん産まれるくらい?」

と軽口で聞くと、その話はしたくないと言った。

「蓮君、もう一回ちゃんと話したい。」

ちゃんとって何だろうなと思うよね。
俺はちゃんと別れるって意志を伝えてるのに。

あれから家には来てないけど、相変わらず鍵は返してくれないし。

家族と俺、奥さんには内緒にしながら前提でどちらも得たいなんて波川さん以外納得しないよ。

「俺の気持ちはこないだので全部だよ。」

というと波川さんはやっぱり納得いかない様子で紙幣をテーブルに置いて帰って行った。

ここまで粘られるとは思って居なかった。
多分波川さんも俺の父親と同じタイプで愛情がいろんなところから欲しいし、相手が離れようとすると執着が生まれて手離せないんだと思った。

今日もまた同じ結果だった。


「レン、大丈夫?」とカウンターにいた神山さんが心配してくれる。

波川さんは同じカウンター席に腰掛ける神山さんの事は空気として見ているようだ。

「思ったより執着されてて、どうしたら良いものか…
俺は家族のもとに彼をちゃんと返したいんですけど、本人が両方得たいってなっちゃって…。
面倒だけど、3年も恋人だったからここ辞めて放り出すわけにもいかないってなってしまってます。」

そう、と神山さんがカウンターを拭こうとして止めてしまった手を握ってくる。

「そう…先に身体に手をつけてしまってからこんな事言うのもなんだけど、俺は早く君をしっかり口説きたいんだけどな…、あの男が居たらレンはいつまで経っても首を縦にふらなさそうだな。」

と言って来てびっくりしてしまう。

「こんなタイミングで冗談は…」

というと、神山さんが「冗談じゃないよ」と言って俺の手の甲に唇を押し当てた。




「あ……ア…あ……っ!!」

身体の下でレンが身悶える。
細い腰を掴んでゆすると、心地よい鳴き声をよく上げた。
ホテルに連れて行っても良かったが、この部屋であの男と寝たベッドで、俺がレンを組み敷いている。


口説きたい、と伝えた瞬間のレンの瞳の美しかった事。

後ろから貫かれてしなる背中がたまらなく愛おしい。
所有欲が凄まじく高まって、色の薄い皮膚に鬱血の跡をつけてしまう。

「い…あ………!!!」

ビクビクと、レンの腹の中がうねる。
覆い被さってペニスに手をやると、精液を吐き出しているところだった。

愛しさが込み上げて緩くすいてやるとレンの手がその動きを止めようと動いた。

「さわ…あ…さわんないで…ぇ……」

感じ入って震えるレンの唇を奪う。

「ん…ぅ………ん…む…」

どこかしこも甘くてたまらない。
レンの片脚を抱えて抽挿してやると、枕に顔を押し付けて俺が与える途切れる事ない快感を味わっていた。
尻に俺のペニスを咥え込んで扇情的に乱れる様が際限なく欲を煽る。

「ふ……ん………う……ぁ…ァ……ア………!」

自業自得で関係が終わったのにレンを追い回すあの目障りな男を、どうしてやろうか考えてしまう。

この身体はもう、俺の手中にある。
心も傾きつつある。

あの日、視察した店舗で鏡の前に立つレンを見て一目で手に入れたい欲求が爆発した。

耳に染み込む様に聞こえてくる声も好ましい。

バランスの取れた体躯に、微笑みをたたえた美しい顔立ち。

どれもが自分の為に存在してるのだと思った。

渡されたカードに記載されている店に行くと、カウンターの中で仕事をする姿がすぐに目に入り首の後ろがざわつくほどに手中にしたい欲求が湧いた。

あの男がレンの手首を掴んでいるのが見えた時は、腕を折ってやろうかとも。

しかしあの男の行動のおかげでレンは容易く身体を許してくれた。
レンの中にあるあの男への愛情など消しとばしてやる。

左目元のほくろがレンの色っぽさにより華を添えている。

「ぁ…ぁ………は………」

正面から揺さぶると、欲情に染まった視線が俺を見る。

レンのベッドはゆするたびにキシキシと音が鳴った。
シーツを掴む手を首に回させると細い指先が首の後ろをしっかりと掴む。

「クリス…も…イく…イく……イく……」
 
抱き込んで深くペニスを差し込むと、蓮は眉間に皺を寄せてあえやかな声をあげた。

脚が俺の腰を掴む様に絡んで震える。

「ん…ん…………う…………!」

嬌声をあげる唇を塞いで舌を差し入れ、全てを奪う様に口の中を蹂躙する。
レンの舌が俺の舌に絡む。

レンはあまりに甘美だ。

あの愚かな男に返す気はない。
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