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黒猫の幸福2
しおりを挟む「今日からアキッレは僕の部屋で一緒だよ。
僕が居ない時はジョルジョの所に行くんだ。」
「わかった」
「ジョルジョ以外のメイドや使用人の前では絶対に人型にならない事、見られちゃダメだよ。
だからこの屋敷の中では必ず猫で居て。
夜、僕と二人きりの時とかは人型になっていいよ。」
「わかった」
アキッレは聞き分けがよく、アルノルフォはホッとした。
屋敷の中を歩くと、黒い子猫はアルノルフォのあとをついて回る。
「もし外に出て迷子になってもこの飾りを見たらウチの猫ってわかるからね。窮屈だけど猫の時はつけてて。」
アルノルフォは家紋のついたエメラルドのついた首飾りを子猫のアキッレにつけた。
アルノルフォが子猫を従えて歩くその姿は愛らしく、
年嵩のいった使用人達は嬉しそうに目を細めてその様子を見ていた。
「アルノルフォ様、猫のおかげで表情が豊かになりましたねぇ。」
成長を見守ってきた者達は頬を緩めた。
*
アルノルフォの家は居心地が良かった。
ご飯も時間通りにくれる。
ただ、アキッレには嫌いなメイドが居た。
部屋を整えるふりをして、アルノルフォの部屋から物を盗んで行くからだ。
廊下ですれ違う時に思わず何度も威嚇の声をあげてアルノルフォに嗜められた。
「怖い声出しちゃダメだよ」
アキッレはその度にフン、と鼻を鳴らした。
悪い事をしてるのはあのメイドなのに、何で自分が叱られるんだという気持ちになる。
アルノルフォが勉強で違う部屋に行ってしまったので、アキッレは部屋のお気に入りの出窓で丸まってうたた寝をしていた。
「こんのクソ猫!」
突然乱暴に首の後ろを掴まれた。
驚いて手脚をバタつかせるが、人間の方が力が強く、掴んだまま大きく揺さぶられた。
「坊ちゃんのお気に入りだかなんか知らないけど、アタシだけにいつも威嚇してやがって。人間様舐めるんじゃないよ!」
耳元で怒鳴られてアルノルフォが朝つけてくれた首飾りを引きちぎられる。
「お前みたいなチビ、居なくなったって坊ちゃんはまた違うのを拾ってくるからね、メイドに威嚇して仕事の邪魔する猫なんてこの屋敷にはいらないんだよ。」
箱に投げ入れられ、蓋を素早く閉められた。
人型になって箱を壊す事も考えたけど、アルノルフォに禁じられているし、それで大騒ぎになれば大変なことになる。
箱を雑に掴まれて時折嫌がらせで上下に振られた。
「ちょっと!アンタ!頼まれてくれよ。
この箱、適当な離れた所に捨てて来て。」
「中身なんだコレ」
「邸内に迷い込んだ子猫だよ、てんで懐かないもんだから旦那様が扱いに困って捨ててくれってさ」
「ありゃ、そうかい」
「万が一戻ってこられても厄介だからね、戻ってこなそうな所に頼んだよ」
男はメイドから箱を受け取った。
「あーあーおっかねえ女だな。おい、お前もまた何でこんなとこに来ちまったのか…すぐに拾われる様に人の目に着くとこ置いてやっからな。」
馬が引く荷台に乗せられているのか、ガタガタと揺れた。
アレッキは箱の中で息を殺す。
随分と揺れ続けて、やっと止まって、何処かに置かれたようだった。
「オイ、お前、いい人に拾われるんだぞ」
トントン、と男が指先で箱を叩いた。
そこからは長い時間、じっとしていた。
ここが何処なのか、時折人の匂いが近くを通っていく。
ぽつ、ぽつと雨垂れが箱を叩く音がし始めた。
ふと箱の上が開く。
「何だよ捨て猫か…」
吐き捨てるように言って離れていった。
箱から出ようと何度も首を出してみる。
外は薄暗くなっていて、空は機嫌が悪そうだ。
ざぁ…と突然雨足が強くなり箱の中もあっという間に水に濡れた。
時折雷が轟音をたてている。
夜はいつ、野犬や肉食の動物が出てくるかわからない。
雨だからってそういう類が出てこないとは限らない。
不安で箱から余計に出られなくなり、どんどん身体は水に濡れていった。
尻尾を身体に巻いて小さくうずくまる。
気温が下がって体温を奪う。
体が震えてきた。
「なぁんだぁ?財布かと思ったのに捨て猫かよ!」
濡れた身体を乱暴に掴み上げられた。
男が酒臭い息を吹きかけてくる。
「しかも死にかけときたもんだ…どうせすぐにおっ死ぬんだ、お前みたいな弱いのは。
長い間苦しんでカラスに喰われるよりゃマシだろ。」
次の瞬間、冷たい水の中に放り込まれた。
雨で体温が奪われた身体はもはやいう事を聞かなかった。
…アルノルフォは、本当におれのこといらなくなっちゃったのかな
アキッレの意識は水の中で途切れた。
*
「ジョルジョ!ジョルジョ!!!アキッレが何処にも居ない!!!!!!」
邸内が騒がしくなったとおもったら、屋敷からアルノルフォが血相を変えて飛び出て来た。
「俺の所にも来ていません。思い当たるところは全部見たんですが…」
使用人達にも当たったが誰一人知らないと言った。
「あ……あのメイド…あのメイドが何か知ってるかも…」
アルノルフォの言い付けに従順だったアキッレが突然屋敷から消えるはずはない。
アルノルフォはいつもアキッレが威嚇するメイドの事をジョルジョに伝えた。
「…可能性ありますね。アイツ、使用人達からも名前が上がるほど態度が悪い話は聞いてます。」
ジョルジョは早急に動いた。
メイドを問い詰めると、青ざめた顔で箱に入れて外に捨てたと答えた。
私物からは屋敷から盗んだものがいくつもでてきて、その中にはアキッレの首輪もあった。
アキッレを捨ててこいと命じられた男は屋敷を出入りしている御用聞きだった。
「えぇ!?いや、旦那様が捨ててこいっていったって聞いて俺は…なんちゅうことを…箱は隣の村に置いて来たんですわ。」
ジョルジョは馬を走らせ御用聞きが置いて来たという場所に急いだ。
雨が降り始め、気温がグンと下がった。
この雨と寒さはあの小さい猫のアキッレにも、子供の姿のアキッレにも酷な物だ。
御用聞きが先導して箱の場所に案内すると、中はもぬけの殻だった。
「いねぇ…」
「探さないと。」
バチャ!
千鳥足の男が雨水を貯めておく瓶の中に何かを投げ入れたのが見えた。
まさか、と近寄ると、瓶の中には子猫が沈んで居た。
「アキッレ!!!」
急いで水から引き上げると、微かに動いたように見えた。
「アキッレ!アキッレ!」
水を飲んではいない様だ。
服の中に入れてやり、少しでも暖かい様に胸に直接つけた。
御用聞きは青ざめた顔で狼狽えていた。
「お前は家に戻れ。」というと素直に従った。
アキッレの身体は信じられないほどに冷たい。
「アキッレ、ダメだぞ、死ぬなよ。
坊ちゃんが血相を変えてお前の事探してるからな。
帰ってあったかくしような。
アキッレ、聞こえるか?」
ジョルジョは馬を飛ばしながら屋敷に帰る間中アキッレに話しかけた。
雷の鳴り響く中、馬の足音を聞きつけたアルノルフォがはっと顔を外に向けた。
「ジョルジョ!」
使用人が止めるのも聞かずに雨の中をアルノルフォが走り出てくる。
ジョルジョが急いで屋敷の中にアルノルフォと共に入る。
瓶から出した時よりは冷たさはマシにはなっているが、相変わらずアキッレはグッタリとしたままだった。
「アキッレ………」
アルノルフォが青ざめる。
「お前……よくも…!!!アキッレに何かあったらお前を殺すからな!!!!!!」
アキッレを捨てたメイドにアルノルフォは泣きながら激昂して怒鳴った。
メイドは使用人達に取り押さえられて連れて行かれた。
「…坊ちゃん、今はアキッレを救う事を考えましょう…」
暖炉に火を入れて、濡れた身体を拭いてやる。
微かに腹が上下しているのが見えてホッとする。
タオルで包んだアキッレをアルノルフォは抱きしめた。
「アキッレ…お願い。目をあけて…お願い…。こんなの嫌だ。アキッレ…」
アルノルフォはアキッレを部屋に置いていった事を激しく悔やんだ。
いつもならジョルジョの所に一人で向かうのを見送るのに、今日に限って窓辺で寝てたから起こすのが可哀想でそのままにしてしまった。
日頃、よくアキッレはあのメイドに威嚇をしていた。
理由を聞くと「おれあいつきらい」とだけ返ってきた。
あまり威嚇して、あのメイドにアキッレが何かされてしまうのが嫌でアキッレに何度も注意したけれど、注意すべきはアキッレではなかった。
無くしてしまったと思っていたものがメイドの私物からいくつも見つかった。
アキッレが迷子になっても困らないように首につけていた飾りまで。
執事から手渡された時は愕然と声を失ってしまった。
ぴく、とアキッレが動いた。
「動いた!」
ぴく、ぴく、と前脚がうごいて、ゆっくり瞼が持ち上がった。
「アキッレ……!!!」
アルノルフォは泣きながらアキッレを抱きしめる。
涙がぼろぼろと落ちてくる頬をアキッレは慰めるように舐めた。
この一件はアルノルフォの両親の知る事となり、メイドは身辺を改められ、刑罰を喰らう事になった。
アルノルフォはその頃、父親が領地内でドラウグ族の闇売買の敵発について取り締まる動きをしているのを知った。
ヴィルヘルム領は広大でいくつもの山と森を有する緑豊かな土地だ。
ジョルジョが根気強くアキッレから話しを聞きだすと、どうやらドラウグ族の生息地はヴィルヘルム領にある山の深い場所ではないかと推察された。
「お父様、お話があります。」
アルノルフォは思い切ってアキッレの事を父親に報告した。
「なに。どれどれ。」
父親が部屋に来るのは久しぶりの事だった。
「アキッレ」
アルノルフォが呼ぶと、アルノルフォが小さい頃に着ていた服を着た子供が近づいてきてアルノルフォの後ろに隠れるように立った。
「ほぅ。」
頭上に大きな耳をつけて少し首を傾げる姿は感心するほどに愛らしい。
足元では不安げに尻尾が揺れた。
これは好色家が躍起になって探すわけだ。
アルノルフォは大丈夫だよ、とアキッレの手をとり父親の前に押し出した。
「お父様、アキッレの一族の住処を保護して、奴隷や愛玩にされている者達も助けてください。」
父親は大きな身体を屈めてアキッレの前にしゃがみ込んで両手を取った。
「小さな手だ。
私はアルノルフォの父親のグリムだ。
君は間違いで息子にここに連れてこられてしまったようだね。
ここでの暮らしに不自由はないかな?」
アキッレは領主の眼を見つめながら控えめに頷いた。
「よかった。アキッレ、今私は私達人間が君の仲間にしてしまっている事のケジメをつけようとしているんだ。
君の仲間が安全に暮らしていけるように頑張るからね。」
その言葉にアキッレは思わず領主の首に抱き付いた。
領主はアキッレの背中を優しく撫でた。
アキッレのおかげで家族で過ごす時間が増えた。
アルノルフォの母親も、アキッレの事を痛く気に入って可愛がった。
「こんな可愛らしくては何かの拍子に攫おうとする愚か者が出てしまうかもしれないわね。
そうなった時に少しでも抵抗できるように護身術を習わせましょうね。」
アレッキに護身術と教養を身につけさせる事になった。
剣を扱える程の筋肉こそないが、猫のようなしなやかな身のこなしは流石で、アキッレは護身術を楽しく学んだ。
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