ファンタジー短編

八月灯香

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シュテルンの幸福2

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シュテルンが目を覚ますと、神殿は暗い闇だった。
連れて来られた時のそのまま。

モーントの姿はなく、そんな存在は無く薬のせいで夢を見ていたのかと納得した。

服も着て居る。
ところが足枷は外れていた。

街の誰かが来て外してくれたのだろうか…
シュテルンは扉に近づいて押すと、施錠はされておらず外に簡単に出る事が出来た。

禁足地から抜けるまで気を抜かず足早に街へと戻る道を行く。
子供達が心配で逃げる事は頭に無かった。
人に見つからないように隠れながら街の中を抜けて寺院へと駆け込んだ。

夜の寺院は昼間とは打って変わって神聖さが失せて闇を孕んだ恐怖を内包させている。

室内に入る扉はいつもならこの時間は固く鍵がけられているはずなのにかかっていない。
(なんて不用心な…)
寺院の周りは治安が良いとはいえ、他所から盗賊が入ってこないとは限らないのに。

シュテルンは自分の荷物のある部屋に入った。
自分がいなくなって荷物は処分されて居るかと思ったが大丈夫だった。

花嫁衣装を脱ぎ捨て数少ない自分の服に着替え、長い髪を手早く一つにくくった。

寝台では子供達が数人寝息を立てているが、1人足りない。

まさか…

不安で目頭が熱くなった。
慣れた暗い廊下を走り抜け、あの蛇の目をした僧侶の部屋のドアに耳をつけると子供の泣き声が聞こえる。

できない。いやだ。やめてください。

胸を裂く様な懇願と、それを嘲笑う僧侶の声だ。

「シュテルンが役目を捨てて逃げたせいでお前が代わりにしなければならないんだ」

と泣く子供に高圧的に命じる。

シュテルンは怒りに任せて扉を押した。

扉は簡単に内側へと開き、僧侶が驚きの目を見せた。

「シュテルン!?」

シュテルンはすぐに子供のそばに膝をついた。
頬には叩かれた跡がある、子供は泣きながらシュテルンの首に縋ったのを優しく宥めて部屋から出る様に促した。

「お前、無事だったのか。」

僧侶が歓喜の表情でシュテルンに手を伸ばした。

「子供らには手を出さない約束では。」

とシュテルンが強く言うと僧侶は歪な笑みを浮かべてバカにした様な笑い声を上げた。

「お前が居なくなったら、代わりが必要になる。
しかしお前が帰ってきたのならばまたお前がまた役割となれる、子供らには手は出さずに済む。座主もさぞ喜ばれる。」

来い、と手首を掴まれ引きずられるように部屋を出た。

長い廊下の隅にある、座主の部屋だ。

ドアをノックすると中から入れと声がした。

「夜分に失礼致します、ご報告がございます。」

扉を開けて中に入ると、貴族からの寄付や施しなどで飾り立てられた部屋になっている。
潤沢に資金はあるのに、それを貧しい者や子供らに使わず私欲の為に溜め込んでいる。


太った座主が天蓋のついた豪奢なベッドから起き上がった。
シーツも上質なリネンで、子供らが寝て居る洗っても薄汚れたままのものとはえらい違いだ。

「シュテルン…」

僧侶の後ろに居たシュテルンを見て驚きの顔を見せる。

「生きてあの神殿から帰ってくるとは…、おお、神の思し召しだ。近くに来い。」

僧侶は座主の前にシュテルンを押し出した。

「突然姿をくらましたお前の事は本当に心配しておったのだ。
お前が花嫁に選ばれたと聞いて本当に驚いたんだ。」

心配とは口ばかりの下卑た猫撫で声だ。
シュテルンを売った金は懐に入れたくせに。
今まで申し入れがあっても手放さなかったのに、金貸しが支払った額は安くは無かったと見える。

「お前はこうしてここに帰ってきた。しかしお前の事は隠さねばならん、神の花嫁など所詮迷信だが捧げた花嫁が逃げたとあらば街は混乱で大変な事になる。安心しろ、ここには隠れてお前が住める場所はあるからな。」

笑いながらさぁよく見せて、とシュテルンの服を脱がせてくる。
座主は僧侶と違いシュテルンの後ろの味を知って居る。
この座主に弄ばれるたび、シュテルンは施しの菓子や食べ物をねだり子供らにわけた。
座主もシュテルンの目的がわかりながら寝床へと引きずり込んだ。

この部屋で全ての寄付や施しが止まっている。
それをシュテルンはわずかでも得ようと戦っていた。
この寺院に仕える尼達も、下っ端の僧侶もこの座主には誰一人逆らえなかった。
正義感を燃やし楯突いた者は皆酷い目にあって消えていった。

「ああ、何度見てもお前は本当に美しいねぇ。」

毛の生えた太った指が胸や腹を撫でようと伸びてきた。
何もかも、元通りだ。いや、俺にとってはより酷いものになるかも知れないとシュテルンは諦めに似た気持ちになった。

触れられそうな瞬間、両開きのガラス戸が内側に開き何かが部屋に飛び込んできた。
強く開いた衝撃で壁にガラス戸が強く当たり落ちて床に叩きつけられて破片が散乱する。

3人は何が起きたのかと飛び込んできたそれを注視する。

それは大きな梟で、床に降り立つ瞬間に長身の男へと変化した。
モーントの美しい瞳は鋭さだけがあり、
表情は削ぎ落とされ全身に怒りを立ち上らせていた。

「モーント…!?」

唇が名前を微かになぞる。
夢ではなかったのかとシュテルンはモーントを見た。
あまりに、自分にとって都合のいい夢だと思っていたのに。

座主が目を剥いてモーントを見た。
あまりの驚きに声も出なかった。

『我がつがいに触れるな』

モーントの金の指先が座主に向けられ、指先から放たれた光の粒子が座主の首に巻きついた。
モーントの美しい指が握る様に動く。

『貴様はわたしのつがいを長く苦しめた、報いを受けろ』

拳が閉じた瞬間、座主は首を抑えて泡を吹いて倒れた。
 
「ま…さか…本当に神の花嫁になったと…言うのか…」

一部始終を見ていた僧侶が怯えた声を上げる。
咄嗟に僧侶の手がシュテルンの髪の毛を掴んで引き寄せる。
シュテルンは後ろに引っ張られてよろけ、僧侶の身体にぶつかる。 

「シュテルン、私を上手く逃がせ。」

耳元で僧侶がシュテルンに囁くと骨と肉の潰れる音がした。

一瞬でシュテルンのそばに移動したモーントがシュテルンの髪を掴んだ僧侶の手首を握りつぶした音だった。

「ぁああああああ!!!」

僧侶の酷く濁った声が部屋中に轟く。
モーントに腕を握りつぶされた痛みで僧侶が両膝を床についた。

「神よ…!神よ……!!!私は座主と違い、真に神に仕える者で御座います…!!私はあなたの僕に御座います!!」

シュテルンは自分の指が淡く光を放って居る事に気が付いた。
心が酷く凪いでいる、しかしそれと反して恐ろしい程の怒りがある。
子供達を自分と同じ目に合わせようとしたのがどうしても許せない。
愛され幸せであるべき存在を脅かし壊そうとしたのが許せない。
僧侶の方にゆっくりと向き直り、汗でびっしょりになった頭を両手で掴んだ。

「あなたが、真に神に仕えた事など、本当にあったでしょうか。」

自分が発したとは思えない声色が部屋に響いた瞬間、強烈な力が手に籠り、指先の光が僧侶の頭に吸い込まれていった。

「あ………ぁ……………」

震えながら僧侶の目がぐるりと上を剥いて倒れた。

モーントがゆっくりとシュテルンに近づいて体に布を巻いて抱きしめる。
暖かい抱擁にシュテルンもモーントの身体に腕を回した。

「あなたは私が見た都合のいい夢かと…」


バタバタと走ってくる足音がいくつも聞こえてくる。
先ほど部屋を出した子供が他の子供を起こしたようだ。
みんなそれぞれ手に箒や木の棒を携えていた。
シュテルンを守るために戦おうとしてくれたのがわかる。

「シュテルン…!!!!」 

シュテルンの腰に暖かい体がぶつかってしがみついてくる。

「リヒト…」

先程僧侶に暴行をされそうになった子供だ。

「シュテルン…この人は誰…?」

リヒトと子供達はシュテルンの後ろに立つ背の高い男を見て怯えている。
シュテルンが膝をつくとリヒトの後ろに控えていた子供らもシュテルンに抱きついてくる。

モーントはその様子をじっとみていた。

「この方は俺の夫だよ。」

と答えると、リヒトはみるみるうちに涙目になる。

「シュテルン…お嫁さんなの?嫁いで僕らを置いてどこかにいっちゃうの?どこかにいっちゃやだよ。」

シュテルンはさめざめと泣き始めたリヒトを抱きしめ、どう答えたら良いのか、と悩む。
座主と僧侶が居なくなっても、面倒を見る尼達が居る事には居るが…

『シュテルンは何処にも行かない。』

と低く澄んだ声が部屋に響く。

『我もシュテルンと共にここにとどまろう。』

シュテルンは顔を上げモーントをみた。

慈しみに満ちた表情だった。



死んだのかと思われた座主と僧侶は魂が抜けた様になっていた。
僧侶の折れた手は元には戻らず、骨が粉々になり肉が痛んで壊疽しかかってしまった為、切り落とさねばならなかった。
腑抜けた二人は今までの行いもあり、寺院では手に負えないと尼達によって施設へと送られた。


少しずつ子供達が成長し、座主と僧侶二人が本来やらなければいけなかった仕事を分担して引き継いで行った。
たくさんの事をきちんと学ばせた。
寺院を頼る者達が正しく救われ、巣立っていく。

子供達は健やかに成長し、寺院の神としてシュテルンとモーントの存在を上手く使いながら隠し護り、
一対の梟の神を人々は愛情を持って崇めた。


シュテルンは老いが来ず、子供達が大人になり老いていくのを見送った。
輪廻から外れたシュテルンだが、悲しみはあるがモーントが寄り添う限り寂しくはない。

モーントはどれほど年月が過ぎようとシュテルンを大切にしている。

モーントが神なのかどうかは正直なところ、わからない。
シュテルンの命が母に宿った時から見守って来たのだと言った。
超自然的な存在なのは間違いないと思われる。

やがて人の形をとれるようになったが、人と交流する事も、触れる事も出来なかったと。
神殿が人ならざる者と人を結ぶ地である事を知っていて機会をずっと待っていたのだと。
どうにか神殿にシュテルンを誘導できはしないものかと考えあぐねていたら、贄に選出されたので好機と見た。
魔の物がシュテルンが運び込まれた時に舌なめずりをして神殿に侵入したのを殺し、目を覚まし怯えるシュテルンと交わってつがいにした。
見守ってきた存在に触れられる事はあまりにも甘美な時間だったが、シュテルンは元々は人。
つがってそのまま連れ去り違う土地でひっそりと暮らす事も考えたが子供達の事をずっと祈っていたのを知っている。
だから寺院に向かう事を想像して少しだけ離れて様子を見た、と。


「あなたは幸せになるのよ。」


母親が繰り返し言った言葉が正しかったのだとシュテルンは思うばかりだった。

子供達を見送り終えた今、シュテルンとモーントはひっそりと人知れぬ土地で二人で睦み合っている。
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