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ずっとこうだったらいいのに。
しおりを挟む冬休みは大人みんなの都合をすり合わせて、3泊4日、山陰地方の宿に行く事になった。
しかもなんとクリスマスぶち抜きで。
母さんと菜奈ちゃんが前からずっと行きたがってた秘境に近い旅館で、家族経営だから最低限しか居なくて割と好き勝手していられるし、何より建物が100年以上経ってて木でできていて凄くかっこいい。
だけど1日の受け入れ客数も少なくて予約がなかなか取れない。
定期的にテレビなどで紹介されてしまうのでその度に競争率が上がってしまっていた。
テレビはあるけどネットの電波は全く届かないような旅館。
何年も前からチャレンジしているがその度に誰かの予定がダメだったり他の客の人数の壁でダメだった。
夏頃に予約が確定した時、菜奈ちゃんが興奮して「楓大変!あの宿取れた!」と歓喜しながら家に駆け込んできて母さんと喜びを増幅させていた。
菜奈ちゃんはクリスマスのかきいれ時なのにいいのかって思ったけど、あの宿取れたならそんな事は言ってられない、とんでもない諸事情で休みますって告知しとくわ!と興奮していた。
どうせデートする彼女も居ないので俺は素直に超喜んだ。
裏切りものの矢作が遊ぼうってメッセージして来たけど、どうせ彼女連れて来て目の前でいちゃつかれて俺ハブになりそうだから「爆発してろ」って返事した。
彼女持ちを自慢したいのが見え見えなんだよ。
桜は合宿があって旅行前日までの予定でみんなと一緒には行けないけど、終わったその足で宿まで来るって言ってた。
グンナーおじさんの車は桜を国内遠征に連れて行ったりするから六人乗りの大型ミニバンだ。
最小限の荷物を乗せて宿に向かう。
俺は桜がいないから一番後ろの席でゴロゴロできた。
宿の近くにはコンビニも何も無いから、サービスエリアでお菓子買ったり買い食いしたりしてみんなテンションが上がって子供みたいだった。
到着した宿は、小さいが重厚感があって凄い雰囲気だった。
玄関入ってすぐ小上がりがあり、天井は高い。
正面に豪奢な神棚があって、立派な木札が立てかけてある。
何代にも渡って大切にされていて本当に神様が居そうな雰囲気だ。
廊下の灯りもオイルランプを使っていて、建物の中は昼間でも薄暗いから雰囲気が抜群だ。
人が歩いてピカピカに磨かれた廊下も歩くたびに木造りの独特な音が鳴る。
古い映画にも使われた事あるらしいのも納得だ。露天風呂もあるぞ。
入り口すぐ横の部屋に囲炉裏があって、薪がバチバチ音をたてていて、宿泊客が明るい時間なら好きに囲炉裏で沸かしたお湯でお茶を飲む事が出来る。
見上げた天井は長年蓄積した煤で真っ黒になっていた。
スマホの電波が入らないから、桜が今どこまで来てるのかわからない。
大人達は部屋でくつろいでるけど、俺はなんとなく火を眺めながら桜を待った。
「すみません」
と入り口で桜の声がした。
俺はすぐに出ていって桜に「おかえり」とか言ってみる。
桜は嬉しそうに笑って「ただいま」って言ってた。
宿のおばあちゃんが桜を見て「あれぇ、えらい男前なお客さんやね!」とニコニコしていた。
*
父さんとグンナーおじさんと桜と四人で露天風呂に入ったけど、俺以外みんなデカいから風呂が小さく感じだけどそれも凄い楽しかった。
しかも雪見風呂になったけど、大きな男3人のおかげで風情は半減だった。
夜は夏休みのバイト代で買ったレトロミニゲームの入ったゲーム機を持っていったのでテレビに繋いで全員で夜中すぎても白熱してやった。
客室は母屋から離れて居るので誰にも迷惑がかかる事なくて騒いでても怒られたりはしない。
父さんがあんまりにもゲームが下手で、横スクロールアクションでのキャラクター操作がポンコツすぎてしつこくやらせても全然上手くならないから俺は笑いすぎて涙は出るし気持ち悪くなって桜に介抱されてしまった。
始まってすぐジャンプ動作で頭打ってすぐ落ちちゃうのやめてよ…何回やっても同じとこで落ちてるのやめて…
家でもまた時々やらせよ…
意外だったのが母さんと菜奈ちゃんで、高校生の時にハマって二人でやりこんだゲームだったらしい。
「楽勝」とか言いながら二人ともハイスコアでどんどんクリアしていったからびっくりした。
桜はこういうのもそつなくこなす。
グンナーおじさんはコントローラがめちゃくちゃ小さく見えてそれも面白くて。
オセロやトランプも時間が許す限り大騒ぎしながら遊んだ。
「あー、ずっとこうしてたいな」とグンナーおじさんにもたれながら素直な一言が出た。
俺の一言に感動したグンナーおじさんに赤ちゃん抱っこするみたいにぎゅうぎゅうに抱きしめられて
「そうしよ、ウミ、おじさんいつでもどっこでも連れて行くよ」と言いながらほっぺたに何度もチューされた。
俺にとって特別なクリスマスになった。
ケーキもチキンも無いけど、それ以上に楽しくて嬉しいが勝ってる。
みんな笑ってて、凄くいい空気だ。
ずっとこうやってみんなで一緒にどこかに行けるのがいいな。
俺はこの家族関係が大好きだ。
*
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
周りに何もない宿だけど、宿のご飯も美味しいし周りを散策するのも凄く楽しかった。
宿は管理された豊かな森に囲まれて居る。
昼間は野生の鹿が近くまできたりしてた。
夕方には旅館の周りを蝙蝠が何匹も飛んでた。
夢中でそういうのを見てると気がつくと俺はフラフラどこかにいってしまうので、熊が出る山の中で迷子になるのはシャレにならないと高校生にもなって桜に手を繋がれていた。
小さい時、ずっとこうやって桜が俺の面倒見てくれたなって改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
桜も俺も、いつか大人になったら家を出て外の世界に出る時がくる。
その時もこうやって一緒にいろんなところに行きたいな。
「ずっとこうしてたいな」
森の奥を見つめながら、言葉が勝手に俺の口から小さく溢れた。
桜に聞こえたかどうかはわからない。
*
3月が来て、桜は20歳になった。
早生まれの桜は19歳の時に成人式をしている。
去年スーツ姿で挨拶に来た時の母さんのはしゃぎっぷりは本当になかったな。
わかるよ、あんなにかっこいいスーツ姿なんだもん俺は同じ男として人種が違い過ぎて嫉妬も湧かなかった。
モデルやって稼いだお金でグラフィックデザインやってるグンナーおじさんとアパレルをやり始めて、スケートボーダーとかにウケてセレクトショップとかでも見るようになってきた。
割とそれが評判になってるから手を拡げてアウトドアのグッズも作り始めたりもしてる。
しかもそのアパレルブランドの名前が「SjØ」ノルウェー語で海って意味なんだけど…お隣俺の事好きすぎない?
グンナーおじさんの作品がプリントされてる商品がまたどれもかっこいい。
時々サンプルをくれるのも嬉しい。
こうして桜は自立するのも自分の力で作り上げていってて。
今はもう競泳の遠征費も全部自分で賄ってる。
俺はいつも凄いなーとしか出てこない。
春休みの10日間は桜とグンナーおじさんの会社の発送業務のバイトをさせて貰った。
サイズの仕分け、検品、商品カウント、ラベル貼り、梱包とか軽作業で難しくなかった。
いつもは自分達でやっててとにかく時間食うから助かったって言ってもらえて嬉しかった。
「ウミ、夏休みも手伝ってくれないかなー」
ってグンナーおじさんが言ってくれたので俺は快諾した。
*
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