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第12章

第127話 ミルクと紅茶

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 生徒会に入ってくれるよう、ミメットへの説得を始めて3日目。
 昼休みになるのを待っていた私は、食堂にいるはずのミメットの元へと向かっていた。

 昨日は普通にまた生徒会の利点や良い思い出などを話してみたのだが、やはり反応は芳しくなかった。
 そこで今日はまず雑談から入ろうと思っている。彼女の好きな小説、「暁の少女と6人の騎士」についてまた話すつもりだ。
 彼女の「推し」である白銀の騎士と黒の騎士。この二人に特にスポットが当てられている3巻も持参してきているし、準備は万端だ。


 今日もレヴィナ嬢と二人で昼食を取っている彼女に、私は本を掲げつつ意気込んで話しかけた。

「あの、今日はミメット様と本のお話がしたいんです。ミメット様の、銀黒についての解釈をお聞かせ下さいませんか?」

 リチア様が言うには、この解釈というやつを語らせれば、誰でも大変饒舌になるそうなのだ。きっとミメットとて例外ではないはずだと。
 しかし、私の言葉を聞いてミメットはぎっと目を吊り上げた。

「…銀黒じゃないわ!黒銀なの!!」
「え?何が違うんですか?」
「大違いなの!!」
「???」

 助けを求めて思わずレヴィナ嬢の方を振り返ったが、彼女は何か絶望的な顔で私を見ていた。
 …え、何だその救いようのないものを見るような目は。

「待って下さい、どうしたんですか?何かおかしな事を言いましたか?」

 尋ねてみても、ミメットはもはやこちらを見ようともしない。
 レヴィナ嬢が私へとゆっくりと首を横に振る。これはもう、何を言ってもダメだと言いたいらしい。
 結局ミメットは、それから一言も口を利いてくれなかった。


 一体何が起こったのか分からず、私はとても混乱した。
 おかしい。こんなはずでは…。後ろ髪を引かれつつ、ミメットとレヴィナ嬢の元を辞去する。
 しょんぼりと落ち込みながら昼食のトレーを持って歩いていると、視界の隅に手招きをしているカーネリア様が見えた。
 ペタラ様やリチア様も一緒だ。

「…リナーリア様。さっきのはまずいですわ」

 リチア様がひそひそと私に話しかける。さっきの様子を見ていたらしい。

「一体、何がまずかったんでしょうか」

 教えて欲しいとリチア様の顔を見返すと、彼女は非常に重々しく深刻な表情になった。

「銀黒と黒銀は全く違いますわ。そこの順番はとても大事なのです。逆にすると戦争が起こるのですわ…」
「ええええ…!?」
 何だそれは。どっちも同じではないのか。それで戦争って。
 …いや待てよ、以前似たような話をスピネルから聞いた覚えがあるぞ。

「なるほど、分かりました。紅茶にミルクを入れるか、ミルクに紅茶を入れるか…みたいな話ですね?」

 その昔、紅茶好きの騎士同士がミルクは後入れか先入れかで争い、決闘にまで発展したという話だ。
 私はどっちでも同じだと思うが、こだわる人間はこだわるものらしい。
 つまりミメットにも、そういう彼女なりのこだわりがあるのだろう…とそう言うと、リチア様は非常に残念なものを見る目で私を見た。

「全く違いますわ」
「…さっぱり分かりません…!!」

 うなだれる私の肩を、カーネリア様が優しくぽんと叩いた。



「…はあ…」

 放課後、机に座ったまま思わずため息をついていると、上から「大丈夫か」と声が降ってきた。
 殿下だ。

「彼女は、今日も駄目だったようだな」
「はい…駄目でした。まず打ち解けようと思って彼女の好きな本の話をしようとしたんですが、それでむしろ怒らせてしまいました…」
「本ってこれか?」

 横から手を伸ばしてきたのはスピネルだ。
 私が机の上に置いていた「暁の少女と6人の騎士」を取り上げる。

「そうです。巷の女性の間で流行りの小説なんですが…そう言えばスピネル、午前中はどこに行っていたんですか?授業を受けていませんでしたけど」

 スピネルは朝いつも通りに殿下と登校してきたのに、何故か午前の間は教室にいなかったのだ。午後になったらいつの間にか戻ってきていた。

「ちょっとな。野暮用だ」
「?」

 思わず殿下の方を見るが、小さく首を振った。殿下も行き先を知らないらしい。
 しかし、特に追求するつもりもないようだ。

 パラパラと本をめくっていたスピネルは、あるページで手を止めた。じっと見つめる。

「…なあ殿下、この挿絵見覚えないか?見覚えっつ―か、似てる」

 スピネルが殿下に向かってそのページを見せると、殿下は少しだけ眉を寄せた。
 数秒考えてから「あ」と呟く。

「…あれか。確かに似てるな…」

 私からはどのページなのか見えないが、本の開き具合でどのあたりか何となく分かる。
 多分、主人公の少女が泉で水浴びをしているシーンだ。写実的なタッチで少女の後ろ姿の挿絵が描かれていたと思う。女性向け小説のわりに妙に艶めかしい絵だった。
 この小説には美しい挿絵がついていて、それもまた人気の理由の一つなのだ。耽美だが男性は逞しく、女性は肉感的に描かれているのが特徴だ。
 スピネルと殿下は顔を寄せ合い、本をめくって挿絵を確認している。

「他の絵も、やっぱ似てるよな?」
「ああ。似てる」
「二人共、ジャイロをご存知なんですか?」

 挿絵師の名前はジャイロという。
 しかしその名前は他の本では一切見かけず、一体どこの誰なのかは誰も知らない。
 謎に包まれた絵師なのだ…と、前世でミメットが話していた覚えがある。

「ジャイロ?…ああ、そう書かれてるな。名前を変えてるのか」

 奥付の部分を開いたスピネルが呟く。

「やっぱりご存知なんですね!?一体どこで見かけたんですか?別名があるんですか?」

 私は畳み掛けるように尋ねたが、スピネルと殿下はなぜか顔を見合わせ、それからすっ…と目を逸らした。

「…?どうしたんですか?」
「あー…いやまあ、心当たりはある」

 スピネルは妙に言いづらそうだ。

「多分、うちのレグランド兄貴の知り合いの画家だ。兄貴からもらった本に載ってる絵に似てるんだよ、これ」
「レグランド様の?一体何の本ですか?」
「…それは言えねえ。名前変えてるって事は知られたくないんだろうし」
「あ…そうか。そうですよね…部外者には教えられませんよね」
「……」

 ちょっと肩を落とすと、スピネルも殿下も何だかとても気まずそうな顔になった。
 …でも、これはもしかして使えるのではないだろうか。


「あの、その方に個人的に絵を依頼する事はできないでしょうか。もちろん正体を詮索したりはしませんし、謝礼もきちんとお支払いしますので」
「絵を?そりゃ、兄貴に頼めば連絡は取れるとは思うが…」

 スピネルは怪訝な顔になり、それからすぐに私の意図に気付いたようだ。

「もしかして、それでミメット嬢を釣るつもりか」
「有り体に言えばそうです。…物で釣るのはどうかとは思うんですが…」

 だが今の所、他に突破口が考えられないのだ。
 今日のやらかしで、彼女から私への印象は更に悪化しているだろうし。

「ふむ…」

 殿下が少し考え込む様子になる。

「生徒会役員としては勧められないが…しかし、親しくなりたい相手への個人的な贈り物なら、別に問題はないだろう」
「殿下…!」

 さすがは殿下だ。柔軟な考えをお持ちだ。

「じゃあ、城に帰ったら兄貴に仲介を頼んでやるよ。早い方がいいんだろ?」

 スピネルが本を机の上に戻しながら言う。

「ありがとうございます!急いで手紙を書きますので、それを持っていってもらえますか」
「分かった」

 大急ぎで鞄からノートを取り出す。封筒は…仕方ないので生徒会室にあるやつを借りよう。
 どうか引き受けてもらえますようにと祈りながら、私はペンを取った。
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