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第11章

挿話・22 王子と銀髪の従者の芸術発表会(前)【前世】

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 卒業式を間近に控えた三年の芸術発表会は、隣のクラスと合同で演劇をやったらどうかという提案がなされた。
 発表会は劇をやるには少々持ち時間が短いのだが、クラス合同なら時間も長くなるし予算もたくさん使えるので、大掛かりなものができるのだ。

 エスメラルドもまたそれに賛成した。特に反対する理由がないというのが大きかったが。
 これが最後の発表会なので、女子は大いにやる気を見せている。気合が入っている者が多い。
 男子は武芸大会の方に力を入れる者も多いので、芸術発表会では女子が主導になりがちなのだ。

 エスメラルドも、どちらかと言うと武芸大会の方に意識が向いている。
 1年の時は上級生のスピネル・ブーランジェに負け途中で敗退したが、昨年は優勝したので、今年は2年連続優勝がかかっているのだ。
 従者のリナライトなどはもはや連続優勝が決定事項であるかのように考えている様子だ。

 彼もまた優秀な魔術師なのだが、大会の魔術部門に出場する気はないようで、その分こちらを応援するつもりらしい。
「些事は私にお任せ下さい」と言ってエスメラルドの生徒会の仕事を奪い取ったりしている。
 気持ちはありがたいが、少し張り切りすぎのような気もする。さすがに近頃は仕事を抱え込みすぎて体調を崩すような事はなくなったが。


 演劇となれば衣装やら小道具やら色々なものが必要なので、早いうちから演目を決める事となった。
 劇の題材を何にするかは結構揉めた。
 なるべく女子中心にやれるように女性の登場人物が多い物語が良いのではないかという話になったのだが、では何にするかというとなかなか決まらなかった。
 人気の高い英雄譚や恋物語は男役が多く、適当なものがあまり見つからなかったのだ。

 そこでとある女子が提案したのが「男役を女子がやる」という案だ。

「去年の芸術発表会で王子役をやったスフェン様、とっても素敵でしたわ。私たちもあれをやったらどうかと思いますの」
「それは良いわ!私も一度、男性の衣装を着てみたいと思っていたの」
「だったら逆に男性が多い劇にしたら良いんじゃないかしら。騎士がたくさん出てくるような…」

 女子は途端にきゃあきゃあと盛り上がり出し、男子もまあそれで良いんじゃないかという雰囲気になった。既に話し合いに飽きていた者が多かったせいもある。
 演目は敵国に人質として送られた姫がその国の王子と恋に落ちるという劇に決まった。恋物語として有名な劇だが、合戦シーンがあり男役が多い話なのだ。逆に女役は少ない。
 そこでベルが鳴って時間切れとなり、配役の決定は次回に持ち越しとなった。


 数日後の話し合いでは、王子役に隣のクラスのカーネリア・ブーランジェが推薦され決定した。彼女は騎士課程なので、殺陣も問題なくできる。
 一部から「本物の王子がいるのに女子が王子役をやるのか?」という疑問の声も上がったが、エスメラルドが「王子が王子役をやってどうする。何も面白くない」と言ったら皆納得した。

 では次は姫役を決めようという段になり、そこで女子がとんでもない事を言い出した。

「女子が男役をやるのですから、女役は男子がやるべきですわ!!」

「はあ!?」と男子生徒の一人が素っ頓狂な声を上げ、他の男子もざわついた。

「いや待てよ、いくら何でもそれはないだろ。誰が姫をやるんだよ」

 誰だって女役などやりたくはない。喜劇などではあえて男が女装する事で笑いを取ったりもするが、自ら望んでそんな役をやりたがる男はいない。
 何しろ芸術発表会は親兄弟も見に来る。下手な事をすれば家の面子にまで関わってくるのだ。
 しかし、その女子生徒は胸を張りつつこう言った。

「姫役にはリナライト様を推薦しますわ!!」

 その発言を聞いて、男子の大多数はスン…と静まり返った。
 女子の狙いがそこなのだと理解したからである。
 確かに線が細く中性的な顔立ちの彼なら姫役もできそうだし、何より皆「自分じゃないならまあ良いか」という思惑で一致した。
 なぜならこの劇は女役が少ないのだ。目立つのは姫と悪役令嬢の二人くらいなので、犠牲者をあと一人見つければ済む。今さら揉めて話し合いを長引かせるより良い。

 唯一大反対したのは本人である。

「絶対嫌です。お断りします」
「でも、リナライト様ならきっとお似合いになりますわ」
「似合いません!!!!」

 普段女性には強い態度に出ない彼だが、さすがにこればかりは認められないようで断固として拒否する姿勢だ。

「嫌と言ったら嫌です。できません」

 頑なに首を振る様に、周囲の生徒がチラチラとエスメラルドの方を見た。説得しろと言いたいらしい。
 彼を怒らせると大変なのはこの学院の生徒なら皆知っているから、誰も口を挟みたくないのだ。
 入学したばかりの頃、からかってきた上級生を魔術で窓から放り投げた事件などは特に有名で、おかげで彼は親しいクラスメイトというものがなかなかできなかった。本人がそれを気にしていなかったせいもあるが。
 しかし、エスメラルドの言う事なら聞くというのもまた、誰もが認識するところなのだ。

 エスメラルドは内心ため息をつく。あまり説得したくはない。
 逆らわないからと言って恨まれない訳ではないし、彼が昔から母親似の容姿を気にしているらしく、筋肉をつけたいと言ってはあれこれ努力している姿を知っている。姫役などやらせるのは気の毒だ。
 だが皆がリナライトの姫役に賛成しているのも事実だと思ったので、とりあえず言葉をかけてみる。

「別に良いんじゃないか?やってみても」
「え!??」

 彼は非常にショックを受けた顔でこちらを振り向いた。
 完全に「裏切られた」と顔に書いてあって少々良心が痛む。

「ほら、王子殿下もこう言ってるし」
「大丈夫大丈夫!何とかなるってきっと!」
「し、しかし…!」

 すかさず数名が説得にかかるが、彼はなおも首を縦に振らない。

「…よし、分かった」

 それに業を煮やしたらしいヘルビンが口を開いた。

「どうしても嫌だって言うんなら仕方ない。殿下に姫役をやってもらおう」
「なっ…!?」
「何?」

 リナライトが目を剥き、エスメラルドも驚いて目を丸くした。ヘルビンがニヤッと笑う。

「殿下はさっき別に良いんじゃないかって言ってましたよね?つまり男子が女役をやるのに賛成って事だ。自分の発言には責任持ってもらいますよ」
「む…」

 何やら凄まじい流れ矢が飛んできて思わず眉根を寄せる。すぐさまリナライトが噛みついた。

「殿下にそのような事させられる訳がないでしょう!!」
「なら、お前が引き受けろよ」

 そう言われ、リナライトはヘルビンを睨んでぎりぎりと歯を食いしばった。

「……分かりました。私がやります…」

 彼は、囚われの女騎士もかくやという悔しげな顔で承知した。



 その後は配役も役割分担も概ねスムーズに決まった。
 衣装など時間がかかりそうなものはすぐに取り掛かり、武芸大会前後からは台詞合わせも始められた。
 もう一人の女役、王子の婚約者である悪役令嬢の役になったのはヘルビンだ。
 推薦したのはリナライトだった。彼はやられたら絶対にやり返す性格なのである。

 皆「やっぱりな」という顔でそれに賛成し、自分が貧乏くじを引いた事に気が付いたヘルビンはがっくりとうなだれていた。
「うちの父親こういうの嫌がるんだよなあ」とぶつぶつ言っていたが、結局押し切られて決定した。

 エスメラルドは劇のナレーション役に決まった。
 舞台袖から台本を見ながら拡声の魔導具を使って話す事になるので、女装はしなくていし台詞を丸暗記する必要もない。楽なものだ。

 大変なのはやはり、姫役のリナライトと王子役のカーネリアだろう。
 どうも演技に問題があるらしく、今日は手の空いている数名の生徒たちに見てもらいながら、悪役令嬢のヘルビンと共に台詞の読み合わせをしている。
 女子生徒は衣装作りで忙しいので、集まっているのはカーネリア以外男子ばかりだ。
 武芸大会で無事優勝し時間ができたエスメラルドも、それに参加する事にした。

「…もう、リナライト様!ちゃんと真面目にやって下さらなきゃ困るわ」
「すみません…」

 リナライトは本日何度めかのお叱りを受けている。
 あまりに棒読みが過ぎるので、相手役のカーネリアが怒っているのだ。

「どうしても感情を込めるのが難しくて…」

 渋面を作る彼に、横で聞いていたクリードが少し考え込む。

「照れが残ってるから駄目なんじゃね?もっと自分を捨てろよ」
「無茶言わないで下さいよ!」

 恐らくはクリードの言う通りなのだが、そう簡単には実行できないのだろう。

「もっとお姫様になりきれよ」
「そうは言っても、台詞を喋る声はどうやっても男ですよ…。我に返るなと言う方が無理です」


 それを聞いて、エスメラルドはふと思い出した。

「なら声を変えれば良いんじゃないか?」
「あ、そういえばそうでした」

 実は彼にはちょっとした特技がある。様々な声色を使えるのだ。
 リナライトも言われて初めて思い出したようだ。すぐに自分の喉に手を当てる。

「あ、あー、あー、あー。…こんな感じでどうでしょうか?」

 突然リナライトから鈴を転がしたような高く澄んだ声が飛び出し、周囲の者がぎょっとした。

「え、な、何だそれ!?」
「どうなってんだ?それお前の声?」
「ええ、そうですよ」
「うわマジだ!!」
「一体どうやってるの?魔術?」

 興味津々のカーネリアに、リナライトが答える。

「身体操作の一種ですね。声帯に魔力を通して声を変えています」
「わあ、すごい!」
「宴会芸として魔術の師匠に教わりました」

 エスメラルドも最初これを聞いた時は驚いた。この女性のような声の他にも、野太い男性の声や老婆のような声、子供の声も出せたりするのだ。
 宴会芸どころか色々使い道がありそうな気がする。

「確かにこれなら女性の台詞も違和感なくやれそうですね…」とリナライトが言った時、ヘルビンが頭を抱えて悲鳴を上げた。

「やめろ!!頭がおかしくなりそうだ!!」
「は?なんですか失礼な」
「だからその声で喋るのやめろ!!」

 ヘルビンは耳を塞いで本気で嫌がっている。

「まあ気持ちは分からなくもないけど…」
「何がですか。一体何の問題が?」
「やめろっつーの!!殿下!頼むからやめさせてくださいよ!!」
「リナライト、やめてやれ」
「えー…」

 リナライトは不満げだ。多分未だにヘルビンの事を恨んでいるので仕返しがしたいのだろう。

「仕方ない…殿下の慈悲深さに感謝することですね」
「声の可愛さと雑魚っぽい台詞のギャップがひでえ…」
「どこが雑魚っぽいんですか!殿下が慈悲深いのは事実ですが!?」
「いやそういうとこだろ」
「いいから!早く!!やめろ!!」

 そんな事を言っていたら、資材や布を運んできた生徒たちがぞろぞろ教室に入ってきた。

「何騒いでるんだ?」
「リナライトの隠し芸がヘルビンの脳を破壊してる」
「どういう状況だよ…」
「破壊などしていない!」

 皆がぎゃあぎゃあ騒ぎ出し、カーネリアが眉を吊り上げた。

「…もう!!全然練習が進まないじゃないの!!」

 全くもって彼女の言う通りで、皆で小さく身を縮めた。
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