世界の天秤~逆行転生した元従者、王子を救うために奮闘する~

梅杉

文字の大きさ
上 下
133 / 250
第10章

第106話 結婚式(前)

しおりを挟む
 初夏の風が吹き渡るある晴れた日、私の兄ラズライトと婚約者サーフェナの結婚式は行われた。

「おめでとう!」
「おめでとうございます!」

 参列者の祝福を受けながら、白のフロックコートに身を包んだ新郎とウェディングドレスの裾を引いた新婦がゆっくりと進む。

 二人の周囲に花や花びらがふわふわと舞いながら光っているのは、我が家の魔術師による演出だ。結婚式では定番である。
 幸せそうに頬を染めたサーフェナ様は本当に美しい。
 兄も幸せそうに笑顔を浮かべていて、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。

 前世から様々な結婚式に出席しているが、今の私にとってやはりこの兄の結婚式は特別だ。
 ラズライトお兄様は昔からずっと私を一番可愛がってくれた。
 私も兄が大好きで、まだ記憶が戻る前の幼い頃は「大きくなったらラズライトお兄様と結婚する」とか言っていたらしいのだが私は覚えていない。まあ、兄を慕っている事に変わりはないが。
 サーフェナ様は優しくて素敵な女性だし、きっと兄と仲良くやっていけるだろう。

「…本当に綺麗だね。凄く幸せそうだ。彼女が素晴らしい伴侶を見付けられて、本当に良かった…」

 噛みしめるようなその呟きに、私は隣を見上げた。スフェン先輩だ。
 先輩は今日も男装していて、すらりとした男性用の礼服に身を包んでいる。
 サーフェナ様も先輩の姿に気が付いたようで、少し照れた表情でにっこりと笑った。



 武芸大会が終わった翌日、我がジャローシス侯爵家での晩餐にスフェン先輩を招いた。
 大会でも学院生活でもお世話になっている先輩を両親に紹介するためだが、他にもう一つ大きな目的があった。
 サーフェナ様とスフェン先輩を会わせるためだ。
 先輩の姿を見たサーフェナ様は、懐かしそうに微笑んだ。

「本当に久しぶりね…こんなに大きくなって、立派になったのね」
「…こちらこそ、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 先輩は珍しく少し緊張した面持ちだ。
 …この二人は、幼馴染なのだ。

 サーフェナ様の実家のシュンガ家と、先輩の実家ゲータイト家は小麦の取引などで古くから付き合いがある。
 当代は両家に近い年頃の子供がいた事もあり、特に仲良くしていたのだそうだ。
 中でもサーフェナ様の弟のミニウムとスフェン先輩は仲が良かった。お互い英雄譚や演劇が好きで、そこで気が合ったらしい。
 二人で武芸大会に出ると決めた日、先輩はその幼馴染ミニウムについて話してくれた。

「僕とミニウムはね、約束していたんだ。将来、彼は人々を救う立派な騎士になる。そして僕は、そんな彼の活躍を人々に伝える劇作家になる」
「劇作家ですか?」

 先輩はむしろ役者のイメージだったので、私は少し驚いて聞き返した。

「うん。僕は物語を書く側になりたい。貴族だろうが平民だろうが誰もが楽しめる、斬新で親しみやすい演劇を作ってみたい」

 演劇は基本的に貴族のための趣味だ。観劇のチケットはそれなりに値が張る。
 平民でも裕福な者なら見に行けるが、それ以外だと祭りの時だとかに芸人が演じるものくらいしか見る機会はない。

「ミニウムはそんな物語にふさわしい、皆から親しまれるような素晴らしい騎士になれると思っていた。…だけど彼は、そうなる前に…あまりにも早く天に召されてしまったよ」

 ゲータイト家とシュンガ家で行った鹿狩りの日に起きた事件。
 先輩やサーフェナ様、家族、大切な人たちを守るため、彼は魔獣と戦って死んだ。
 その事件について、先輩は多くを語らなかった。
 …あえて淡々とした言い方は、どんな感情を込めて良いのか未だに分からないからなのかもしれない、と私は少しだけ思った。

「でも僕は、彼の物語を書く事を諦めていないんだ。彼を悲劇の英雄なんかで終わらせたりしない」

 先輩は、力強い意思の宿る目で言った。

「…彼の抱いた夢を受け継ぐ者がいればいい!そうすれば彼の物語は悲劇じゃなく、希望の物語になる。そうだろう?」
「じゃあ、先輩は…」
「ああ。志半ばで倒れた少年の遺志を継ぎ、誰もが憧れる凛々しさと、親しみやすさを併せ持つ強い女騎士!しかし、その裏の顔は人気の覆面作家!!…ふふ、心躍る物語になると思わないかい?」
「そ、それは、確かに…」

 今まで誰も見た事も聞いた事もない物語になるだろう。それは間違いない。

「そのための第一歩として、僕は白百合騎士団に入りたいんだ。入団試験に確実に合格するために、武芸大会で良い成績を残したい」

 白百合騎士団は、王宮で抱えている女性だけで構成された騎士団だ。
 創立当初はほんの数名しかおらず、男の騎士たちからは嘲られたり嫌がらせをされたりと大層苦労したと聞くが、少しずつ規模を大きくし、近年ではその地位もずいぶん向上している。

 白百合騎士団に入り、誰からも認められるような活躍をする。さらにそれを物語に書き、劇作家としても成功する。
 どちらか片方だけでも相当な困難を伴う事は明らかだ。
 だが先輩は、真剣にその両方の夢を叶えるつもりでいる。

「だから、リナーリア君。君の力を貸してくれ」

 うつむかずに前を向くその笑顔は、とても眩しかった。


 先輩はサーフェナ様だけでなく私の両親や兄に対しても、自分の夢について包み隠さずに語った。
 どうもヴォルツやコーネルの件を聞き、私を巻き込んだ事に少し責任を感じていたようなので、全てを話すのは先輩なりのけじめだったんじゃないだろうか。
 エンスタットの申し出を受けたのは私自身なので、先輩に責任など全くないのだが…。

 傍から見れば自由奔放に生きているようだが、思いやりや優しさを忘れない人なのだ。
 あれほどにファンがついているのも、単に先輩が格好良いというだけではないのだろう。
 話を聞いたサーフェナ様は、うっすらと涙を浮かべていた。

「…貴女は、本当に強いのね。私なんかとは全く違うわ…」

 サーフェナ様も、目の前で死んだ弟のミニウムの事をずっと気にして引きずっていたという。
 ミニウムとの約束のためあくまで前向きに生きようとしている先輩の夢は、彼女にはずいぶんと衝撃的で…そして、胸を打ったようだった。

「貴女とミニウムの夢を、私も応援するわ。…でも、一つだけお願いがあるの」
「何でしょうか」

 尋ね返した先輩に、サーフェナ様は赤くなった目で微笑んだ。

「たまにでいいから、あの子の所に行って花を供えてあげて。…もう、ずっと行っていないでしょう?貴女が武芸大会で優勝したって聞いたら、きっとすごく喜ぶわ」

 先輩はその時初めて、胸を突かれたような表情をした。

「…分かりました。必ず」

 うつむいた髪の隙間から滴った雫が、ぽつりと床に染みを作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件

なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。 そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。 このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。 【web累計100万PV突破!】 著/イラスト なかの

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜

蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。 レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい…… 精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...