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第10章

第104話 武芸大会・12

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 防御魔術に自信があるとは言っても、2対1でかかって来られればひとたまりもない。
 絶体絶命だ。

「お二人共、さすがです。…でも」

 呟きながら指先から小さな魔術を飛ばす。斬り捨てられたはずの氷狼の残骸が、突然ぶわっと膨らんだ。
 そこから白い霧が生まれ、水球をいくつも取り込み、バチンバチンと激しく音を立てて弾けながら広がっていく。

「何だこりゃ…!」
「霧!?」

 突然視界を塞がれ、スピネルと殿下が慌てて足を止める。

《これはリナーリア選手の魔術か!あっという間に濃霧が石舞台の上を覆い尽くし、何も見えません!》
《いや…多分、魔術を使った本人には見えてる》

 その推察は正しい。この霧を作り出している水分には私の魔力が宿っているからだ。視界として見える訳ではないが、魔力を辿って位置関係を把握する事はできる。
 そして私の魔力が宿っているのは、最初に身体強化をかけた先輩も同じ。

『我が知覚をともがらへと分け与えよ』

 身体強化の魔術を媒介に、私の魔力を見通す力を先輩にも付与する。
 効果時間はわずか数分。その間に決着をつける。



 ガキン、と刃を打ち付け合う高い金属音が鳴った。
 二合、三合と更に打ち合う。相手の姿すらまともに見えてはいないだろうに、スピネルはよく防いでいる。

《…風で霧が流れ、少しだけ見えた!スピネル選手と斬り合っているのはスフェン選手のようだ!しかし、少し動きが鈍いか!?》

 四合、五合。
 殿下が動いた。スピネルに加勢するため、音を頼りに向かうつもりなのだろう。しかし、横から飛んできた火球がそれを阻んだ。
 火球によって霧が裂かれ、また少し視界が広がる。

《霧の中から杖を構えたリナーリア選手が姿を現した!更に魔術を使う気か!エスメラルド選手、方向転換してリナーリア選手の方へと向かう!》

 六合、七合目。巧みに斬り返したスピネルによって、ついに剣が弾き飛ばされた。
 そこに生まれた致命的な隙を狙い、スピネルが剣を振り下ろそうとする。

「はっ…!」

 殿下もまた剣を構え、霧の中から現れた私へと斬りかかろうとしていた。
 …しかし、私の姿がそこから突然かき消える。


「…!?」

 驚愕に目を見開いたスピネルの胸元に、私は魔力を込めた手を伸ばした。
 炎が弾け、まともに食らったスピネルの身体が後ろに吹き飛ぶ。

 同時に、殿下がゆっくりと膝を突いた。
 その背後で、剣を振り抜いた姿勢のままの先輩が静かに息を吐く。



「…エスメラルド選手、スピネル選手、戦闘不能!!スフェン・リナーリア組の勝利!!」

 静まり返った会場に、審判の声が響いた。
 途端に、地鳴りのようなどよめきが会場中に広がる。

「…やった、やったよ!リナーリア君!!」

 先輩が駆け寄ってきて、私を強く抱きしめた。

「はい!やりました!私たちの勝ちです…!」
「凄い、本当に凄いよ…!夢みたいだ!僕たちが優勝なんて…!!」

 満面に喜色を浮かべ、先輩は私の両脇に腕を差し込んで持ち上げた。
 そのままぐるぐると振り回され、思わず目を回しそうになる。

「せ、せ、先輩!」
「あはは、本当に最高だよ!!リナーリア君!!」
「下ろしてくださいぃ…!」


《ど、どういう事でしょうかレグランド殿!?》
《…幻影の魔術だね。霧を発生させた後、スフェンさんはリナーリアさんに、リナーリアさんはスフェンさんに化けていたんだ。事前に打ち合わせていた作戦だろうね》

 レグランドの言う通りだ。
 氷狼の残骸から霧を発生させた直後、私と先輩は幻術を使ってお互いに化けたのである。
 霧を広げながらわざと大きな音を立てて水球を弾けさせたのは、その音に紛れて位置を入れ替えたように見せかけるためだ。
 だが実際には位置はほとんど変えておらず、先輩に化けた私はスピネルを、私に化けた先輩は殿下を攻撃した。

《リナーリアさんが持っていた杖、あれは仕込み杖だったんだね》
《…あ、なるほど!それを剣に見せかけてスフェン選手に化けた訳ですか》

 闘技場の床には、スピネルに弾き飛ばされた私の杖が転がっている。途中に切れ込みが入っていて、抜くと中には刃が仕込まれているものだ。
 入れ替わり作戦を使うと決めた際、私とスピネルが斬り合う事も考えられたので、剣を打ち付けた時の音で気付かれないように用意した。
 よく聞けば別物だと分かるだろうが、すぐには見破られない程度に似た音が出るよう改造したのだ。

 これを使い先輩のふりをしてスピネルと斬り合っていた私は、仕込み杖を弾き飛ばされた時点で幻術を解除し、至近距離からの火魔術で彼を吹き飛ばしたのである。


「…お前、剣使えたのかよ…」

 魔術で胸元を焦がしたスピネルがふらふらと起き上がる。
 ようやく先輩から解放され地面に降ろされた私は、思い切り胸を張った。

「少々嗜んでいると昔言いませんでした?」
「まさか本当だとか思わないだろ…」

 ブランクは前世からだし、普段はまるで鍛えてないのでヘロヘロではあるが、少しは接近戦もできるように先輩と練習したのだ。
 おかげで、身体強化を使ってだが数合くらいならスピネルと打ち合えた。
 私をスフェン先輩だと思って警戒していたからだろうし、それでもあっという間に弾き飛ばされてしまったが…。

《注目すべきは、最後に王子殿下を斬ったスフェンさんの動きだね。僕でも一瞬見失うくらいの凄まじい速さだった。相手が魔術師のリナーリアさんだと思い込んでいたなら、尚更避けられなかっただろう。身体強化の重ね掛けかな?危険だからあまり褒められたものではないけれど、勇気と覚悟があったからできた事だと思うよ》

「…完全にやられたな。何かおかしいと思った時には、もう斬られていた」

 殿下もまた立ち上がり、悔しそうに嘆息した。私の隣に立った先輩がそれに答える。

「殿下ならきっとすぐに入れ替わりに気付くと、リナーリア君が言っていたからね。危険を冒してでも一本取りに行かせてもらったよ」
「そうか…」
「でも、本当に守りが堅かった。…しかもあの蹴りにはびっくりしたね」

 そうだった。私はその瞬間を見ていなかったが、殿下は先輩を蹴り飛ばしたらしいのだ。
 剣だけでなく己の手足を使った攻撃はどの流派にもあるものだが、対人戦では邪道とされてあまり好まれないし、それほど練習もしないはず。
 意外な気持ちで見つめる私に、殿下は少し恥ずかしそうにする。

「強くなるためには、幅広い戦い方を身に着けた方が良いかと思って。色々学んでいる所なんだが…」
「…さすが、殿下です…!!」

 素晴らしい向上心だ。
 礼儀正しく作法に則った王道の剣術というのも良いと思うが、戦いではそんな綺麗事ばかりは言っていられないのだ。勝った者、生き残った者こそが強者なのである。

 やはり殿下はよく分かっておられる。
 手のひらを合わせニコニコする私に、殿下はホッとしたような照れたような顔になり、先輩もまた「なるほどね」と笑った。


《…でもねえ、うちの弟は恥ずかしかったね》

 レグランドの声が響き、横で私たちの様子を見ていたスピネルがびしっと固まった。

《最後、相手がリナーリアさんだと分かった瞬間に完全に手が止まっていたよね。いくら虚を突かれたって言ってもね…ちょっと甘すぎじゃないかな》

 その容赦ない批評に、会場中の視線がスピネルに集まるのが分かる。

《ちゃんと動けていれば相打ちくらいには持っていけたんじゃないかな?まあスフェンさんが残っている以上、相打ちだったとしても勝敗は変わらないんだけど、でも騎士としては動くべきだったね》
「……」
《兄として恥ずかしいよ。うちの弟は強いとか大見得きっちゃったのにこの体たらくとかさ…。ほんと反省して欲しいね。鍛え直しだよ》

 スピネルはちょっとぷるぷる震えていて、私はそっと目を逸らした。
 見て見ぬふりをするくらいの情けは、私にも存在するのである。



《…武芸大会、タッグ部門!熾烈な戦いの末、2年スフェン・ゲータイト選手と1年リナーリア・ジャローシス選手の組が優勝!!しかし、対戦相手のエスメラルド選手とスピネル選手もまた、見事な戦いを見せてくれました!皆さん、どうぞ盛大な拍手をお送り下さい…!!》

 実況のヒュームに促され、会場中から割れんばかりの拍手と歓声が押し寄せる。
 先輩と私は両手を上げてこれに応えた。殿下とスピネルもまた、片手を上げて応えている。
 あちこちから「スフェン様ー!!」とか「リナーリアさーん!!」とかいう声が聞こえる。…「筋肉女神ー!!」という声は聞かなかったことにしよう。

 見回すと、観客席で両親や兄が手を振っているのが目に入った。付き添いとして連れてきたらしく、コーネルの姿もある。
 隅の方にセナルモント先生までいた。わざわざ見に来てくれたのか。
 皆とても嬉しそうで、思わず胸が熱くなる。

 生徒用の席ではカーネリア様やペタラ様他、たくさんの同級生たちがぶんぶん手を振ってくれていた。凄く嬉しい。入学当初はちょっと距離があったのが嘘のようだ。
 先輩ファンの方々には熱狂を通り越して泣いている人もいる。
 エレクトラムお姉さまが「わたくしが!わたくしが育てましたわー!!」と叫んでいる気がしたが、これも聞かなかった事にした。


「…リナーリア君、本当にありがとう。優勝できたのは君のおかげだ」

 横のスフェン先輩がそう呟いて、私は先輩の顔を見返した。

「いいえ、これは先輩の実力です。先輩の努力が実を結んだんですよ」

 大会の練習中、先輩はファンの方々が呼んだ騎士や魔術師を相手に一歩も引かずに戦い、みるみる力をつけていた。
 私と息を合わせるために、様々に努力もしていた。

 それに、さっきから先輩はちょっと足を引きずっている。多分最後に殿下を斬った際、身体強化の重ね掛けをしたせいで痛めたのだ。
 重ね掛けは危険だとしっかり注意しておいたのに、絶対にあそこで勝負を決めるという覚悟でやったのだろう。
 額からたくさんの汗が流れ、疲労も相当激しそうだ。

「…それでもやっぱり、君がいなければ優勝には届かなかったよ。君は最高の友人だ、リナーリア君!!」

 先輩は私の肩を抱き寄せると、頬にちゅっと口付けた。
 会場から悲鳴だか歓声だか分からない絶叫が上がり、殿下とスピネルは目を丸くして動きを止めている。
 私は恥ずかしさに赤面しつつ、もう一度観客席へ向かって手を振った。
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