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第10章
第102話 秘密(後)
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翌日は予報通りに雨で、武芸大会の決勝は順延になった。
大会は元々雨天の場合に備えて予備日が設定されているので、その予備日…つまり明日、残りの試合を行う事になるだろう。何事もなければだが。
部屋には朝からいくつか見舞いの品が届いた。エレクトラム様やアーゲンからだ。あいつもマメだなあ…。
午後になり、魔導書を開きつつ時折雫が流れ落ちる窓をぼんやりと眺めていると、私の部屋を訪ねてくる者があった。
スピネルだ。今度はちゃんと普通に寮の受付を通してやって来た。
「見舞いだ。こっちの花束は殿下から」
紙袋と、白を中心とした落ち着いた色合いの薔薇の花束を渡される。
紙袋の方はスコーンがいくつかとジャムの瓶が入っていた。城の厨房で作ってもらったものだろうか。
「…ありがとうございます」
「顔色は良さそうだが…具合はもういいのか?医者には行ってないんだろ?」
「はい。元々大した事ありませんでしたので、少し休めば治りました。もうすっかり元気です」
「それならいいけどよ…」
テーブルを挟み向かい合った私とスピネルの前に、コーネルが静かに紅茶のカップを置く。
「お前、1日目の時も具合悪そうにしてただろ。おかげで殿下がすげえ心配してたぞ」
「ええと…その、すみません…」
やっぱり殿下にも見られていた。心配などかけたくないのに…。
私にもっと力があればと、切実に思う。
「でも、本当に大丈夫です」
「……」
スピネルは複雑そうな顔で紅茶に口を付けた。
「…本当は殿下も見舞いに来たがってたんだがな。殿下は今日、城から出られない」
「で、殿下に何かあったんですか!?」
思わず椅子を蹴って立ち上がった私に、スピネルはカップを置いて首を横に振った。
「別に何もない。元気だよ。…でも、昨日の武芸大会で殿下の身が狙われた可能性がある」
「!!」
「詳しくは話せないが、今王宮魔術師が調査中だ。それが終わるまでは殿下は城の中だ」
私は驚いてスピネルの顔を見つめた。
あの魔術干渉のせいなのは分かるが、部外者の私にそれを話していいのだろうか。
「まあ、すぐ出られるようになるから心配すんな。護衛の数は増えるだろうけどな」
「…は、はい…。でも、あの、私にそんな事を教えていいんですか?」
「教えとかなきゃお前が何をやらかすか分からない」
「うぐ」
そんな事しないとは口が裂けても言えなかった。
言い返せないでいる私にスピネルが呆れ顔を作る。
「どうもお前は理解してないみたいだからな、はっきり言っとくぞ。もし殿下が狙われているんだとしたら、危ないのはお前も同じだ」
「え…」
「お前にはもう十分、狙われるだけの理由がある。お前がどう思ってるかじゃなく、周りがそう思っているからだ」
…私が殿下の友人なのはもう貴族の間に知れ渡っている。
普段から親しくしているのはもちろん、水霊祭に付いて行った事などもすっかり広まっているようだ。
「…つまり私が、殿下の弱みになると?」
「そうだ」
スピネルは容赦なくきっぱりと言った。
潔くていっそ助かる。あえて厳しくするその言い方はきっと、私のためなのだ。気遣われるよりもずっとマシだ。
「いいか、これからは絶対に一人で行動するな。学院や城の中でもだ。どんなに近くだろうと、外に出る時は必ず信頼できる護衛を付けろ。あのヴォルツとかでもいい」
「はい」
大人しくうなずく。悔しいし情けないが、殿下やスピネルに心配されるよりいい。
「…俺も、お前の事は信頼してる。だから危ない事はするな」
その真摯な声音に、私は顔を上げてスピネルの顔を見つめた。
「俺も」と言うのは、私が準決勝の前に「貴方を信じています」と言ったからか。きっと意味が分からなかっただろうに。
…それとも、スピネルも何か気付いているんだろうか。
「何か困った時には俺を呼べ。必ず何とかしてやる。お前には借りがあるからな」
「…前から思ってましたけど、その借りとやらのカウントおかしくありませんか?どう考えても私の方がたくさん助けられてますし、借りを作ってると思うんですが」
絶対私の方が心配をかけているし、例えどれほど貸しがあったとしても、巨亀戦で体を張って私を庇った件で帳消しだろうに。
このままじゃ一生借りが消えないんじゃないのか。
「うるせえ。俺がそう言ってるんだからそうなんだよ」
「無茶苦茶ですね…」
思わず苦笑いしてしまう。
本当に変な所が頑固と言うか…そんなに私に感謝されたくないんだろうか。
「分かりました。困った時は貴方に頼る事にします。例えば、ジャムの瓶の蓋が開かない時ですとか」
「おい」
「重たい箱がある時や、建付けの悪い窓が開かない時とか。図書館で本を借りすぎて運びきれない時も呼びます」
「お前腕力なさすぎだろ…」
「うるさいですね!」
つい墓穴を掘ってしまった。
マッチョは目指さないが、多少は筋トレもしなければなあ…。身体強化である程度何とかなるが、せめて人並みの筋力くらいは付けたい。
「ああ、でも、決勝戦での手加減は無用ですよ。全力で来ていただいて結構です。…殿下にも、そうお伝え下さい」
そう言うと、スピネルが「ほう」と言ってニヤリと笑った。
「後で悔やんで泣くなよ?」
「その言葉、そっくりお返しします」
私も不敵に笑い返す。
あのような横槍は入ってしまったが、この武芸大会、絶対に最後まできちんと戦う。訓練の成果を見せるのだ。
「次は闘技場で会いましょう。どうぞよろしくお願いします」
「ああ」
お互いに握手を交わし、そして笑いあった。
大会は元々雨天の場合に備えて予備日が設定されているので、その予備日…つまり明日、残りの試合を行う事になるだろう。何事もなければだが。
部屋には朝からいくつか見舞いの品が届いた。エレクトラム様やアーゲンからだ。あいつもマメだなあ…。
午後になり、魔導書を開きつつ時折雫が流れ落ちる窓をぼんやりと眺めていると、私の部屋を訪ねてくる者があった。
スピネルだ。今度はちゃんと普通に寮の受付を通してやって来た。
「見舞いだ。こっちの花束は殿下から」
紙袋と、白を中心とした落ち着いた色合いの薔薇の花束を渡される。
紙袋の方はスコーンがいくつかとジャムの瓶が入っていた。城の厨房で作ってもらったものだろうか。
「…ありがとうございます」
「顔色は良さそうだが…具合はもういいのか?医者には行ってないんだろ?」
「はい。元々大した事ありませんでしたので、少し休めば治りました。もうすっかり元気です」
「それならいいけどよ…」
テーブルを挟み向かい合った私とスピネルの前に、コーネルが静かに紅茶のカップを置く。
「お前、1日目の時も具合悪そうにしてただろ。おかげで殿下がすげえ心配してたぞ」
「ええと…その、すみません…」
やっぱり殿下にも見られていた。心配などかけたくないのに…。
私にもっと力があればと、切実に思う。
「でも、本当に大丈夫です」
「……」
スピネルは複雑そうな顔で紅茶に口を付けた。
「…本当は殿下も見舞いに来たがってたんだがな。殿下は今日、城から出られない」
「で、殿下に何かあったんですか!?」
思わず椅子を蹴って立ち上がった私に、スピネルはカップを置いて首を横に振った。
「別に何もない。元気だよ。…でも、昨日の武芸大会で殿下の身が狙われた可能性がある」
「!!」
「詳しくは話せないが、今王宮魔術師が調査中だ。それが終わるまでは殿下は城の中だ」
私は驚いてスピネルの顔を見つめた。
あの魔術干渉のせいなのは分かるが、部外者の私にそれを話していいのだろうか。
「まあ、すぐ出られるようになるから心配すんな。護衛の数は増えるだろうけどな」
「…は、はい…。でも、あの、私にそんな事を教えていいんですか?」
「教えとかなきゃお前が何をやらかすか分からない」
「うぐ」
そんな事しないとは口が裂けても言えなかった。
言い返せないでいる私にスピネルが呆れ顔を作る。
「どうもお前は理解してないみたいだからな、はっきり言っとくぞ。もし殿下が狙われているんだとしたら、危ないのはお前も同じだ」
「え…」
「お前にはもう十分、狙われるだけの理由がある。お前がどう思ってるかじゃなく、周りがそう思っているからだ」
…私が殿下の友人なのはもう貴族の間に知れ渡っている。
普段から親しくしているのはもちろん、水霊祭に付いて行った事などもすっかり広まっているようだ。
「…つまり私が、殿下の弱みになると?」
「そうだ」
スピネルは容赦なくきっぱりと言った。
潔くていっそ助かる。あえて厳しくするその言い方はきっと、私のためなのだ。気遣われるよりもずっとマシだ。
「いいか、これからは絶対に一人で行動するな。学院や城の中でもだ。どんなに近くだろうと、外に出る時は必ず信頼できる護衛を付けろ。あのヴォルツとかでもいい」
「はい」
大人しくうなずく。悔しいし情けないが、殿下やスピネルに心配されるよりいい。
「…俺も、お前の事は信頼してる。だから危ない事はするな」
その真摯な声音に、私は顔を上げてスピネルの顔を見つめた。
「俺も」と言うのは、私が準決勝の前に「貴方を信じています」と言ったからか。きっと意味が分からなかっただろうに。
…それとも、スピネルも何か気付いているんだろうか。
「何か困った時には俺を呼べ。必ず何とかしてやる。お前には借りがあるからな」
「…前から思ってましたけど、その借りとやらのカウントおかしくありませんか?どう考えても私の方がたくさん助けられてますし、借りを作ってると思うんですが」
絶対私の方が心配をかけているし、例えどれほど貸しがあったとしても、巨亀戦で体を張って私を庇った件で帳消しだろうに。
このままじゃ一生借りが消えないんじゃないのか。
「うるせえ。俺がそう言ってるんだからそうなんだよ」
「無茶苦茶ですね…」
思わず苦笑いしてしまう。
本当に変な所が頑固と言うか…そんなに私に感謝されたくないんだろうか。
「分かりました。困った時は貴方に頼る事にします。例えば、ジャムの瓶の蓋が開かない時ですとか」
「おい」
「重たい箱がある時や、建付けの悪い窓が開かない時とか。図書館で本を借りすぎて運びきれない時も呼びます」
「お前腕力なさすぎだろ…」
「うるさいですね!」
つい墓穴を掘ってしまった。
マッチョは目指さないが、多少は筋トレもしなければなあ…。身体強化である程度何とかなるが、せめて人並みの筋力くらいは付けたい。
「ああ、でも、決勝戦での手加減は無用ですよ。全力で来ていただいて結構です。…殿下にも、そうお伝え下さい」
そう言うと、スピネルが「ほう」と言ってニヤリと笑った。
「後で悔やんで泣くなよ?」
「その言葉、そっくりお返しします」
私も不敵に笑い返す。
あのような横槍は入ってしまったが、この武芸大会、絶対に最後まできちんと戦う。訓練の成果を見せるのだ。
「次は闘技場で会いましょう。どうぞよろしくお願いします」
「ああ」
お互いに握手を交わし、そして笑いあった。
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