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第10章

第95話 武芸大会・5

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 試合後の闘技場は簡単な清掃が行われる。闘技場自体にダメージがあった場合も、ここで修復される。
 清掃の係員が退出したところで入場のラッパが鳴り響き、闘技場の東西から2組の選手が入ってきた。
 観戦席へと戻ってきたお兄様たちと一緒にそれを見つめる。

《タッグ部門1回戦、次がいよいよ最後の試合!そしてこちらは、本日最も注目される試合と言えるでしょう!》

「東、騎士課程1年、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!同じく騎士課程1年、スピネル・ブーランジェ!」
《我が国の第一王子とその従者がタッグを組んで出場!エスメラルド選手はこのタッグ部門の発案者でもあります!そしてスピネル選手は剣の名門ブーランジェ公爵家出身!1年生ながら、二人共かなりの使い手との前評判です!》

 大きな声援に二人が片手を上げて応える。

「西、騎士課程3年、ウルツ・ランメルスベルグ!騎士課程2年、サフロ・ランメルスベルグ!」
《こちらはランメルスベルグ侯爵家より、兄弟タッグでの出場!特に兄のウルツ選手は昨年、2年生ながらも騎士部門で上位入賞を果たしております!》

 こちらも声援が大きい。女子生徒の声も目立っている。
 そう言えばこの兄弟は二人共、なんとか殿方ランキング…男子の人気投票で上位に入ってたんだよな。
 勝てば殿下たちの順位が上がるかもしれない。やはりどんなランキングだろうと殿下は1位であるべきだ。

《この試合は全員が騎士という組み合わせになりますが、ウルツ選手のみ盾を持っていますね》
《1対1が2組というのが基本形になるだろうけど、お互いどういう戦術を立てているのか、見ものだね》
《なるほど!ところでスピネル選手は解説のレグランド殿の弟君ですが、兄として何かコメントはありますか?》
《弟に対しては特に言う事はないかな。でも、観客の皆さんには言っておこうか。…あいつは強いよ》

 おおお、と観客席からどよめき混じりの声が上がる。近衛騎士のお墨付きが出たのだから当然か。
 ハードル上げていくなあ…。それともただの兄馬鹿だろうか?


「…始め!!」

 4人が同時に動く。レグランドの言った通り、まずは1対1が2組の形になる。
 兄のウルツとはスピネル、弟のサフロとは殿下が対峙するようだ。動き方からすると、兄弟の望んだ組み合わせを殿下たちが受けて立ったように見える。
 兄弟側の思惑としては、兄がスピネルを抑えている間に弟が殿下を仕留めたいという所だろうか。

《スピネル選手、息もつかせぬ速攻!しかしウルツ選手の盾がことごとくそれを防ぐ!》
《これは堅そうだね。よほど修練を積んだと見える》

 ウルツは次々繰り出される剣撃とフェイントにも惑わされず、冷静に守りを固めているようだ。
 しかし油断はできない。彼の剣は、ずっと機を窺っている。

《エスメラルド選手は逆に受けに回る姿勢!サフロ選手の剣を見事に防いでいる!》

 サフロの方は素早い動きで殿下へ攻めかかっているが、殿下は気負いのない動きでそれに対処している。
 さすがは殿下、初戦だというのに落ち着いていらっしゃる。
 一見すると押されているかのようだが、普段からスピネルの剣速に慣れているから、こういう相手は得意なはずだ。


 しばらくの攻防の後、幾度目かの大きな剣戟の音が高く響いた。

《サフロ選手、再び大胆な横薙ぎ!しかし、これもエスメラルド選手はいなした!》

 サフロは先程からたびたび、横移動をしながらの大振りな攻撃を繰り返している。
 当たればかなりのダメージを与えられるし、外してもやや間合いが遠いので致命的な反撃は受けにくいだろうが、少々博打気味だ。
 動きが激しいので体力の消耗も大きいはず。何も考えずにやっている事とは思えないが…。


 …そして、ついにその時は来た。
 またもや大振りの横薙ぎを放ったサフロが、突然そこから更に大きく真横に跳んだのだ。
 突進と共に鋭く突き出される剣。その先にいるのは、ウルツと戦っているスピネルだ。
 サフロは殿下を攻め立てながらも、密かにスピネルの方を攻撃しようと狙っていたのである。
 しかし。

「…悪いな。そう来るのは分かってた」

 不意をついたはずのその刺突を、スピネルは紙一重で躱した。
 殿下の方は深く身を沈めている。身体強化を最大に使っての踏み込みだ。
 その剣が狙うのは、兄のウルツ。弟の動きを妨げないためだろう、ウルツはサフロが突きを繰り出すと同時に大きく後ろに下がっていたのだ。

 ウルツは咄嗟に盾で防ごうとしたが、後ろに跳びながらの姿勢では殿下の剣を受け止めきれなかった。盾は弾かれ、がら空きになった懐に斬撃が叩き込まれる。
 それとほぼ同時に、突きを避けられたサフロの背へとスピネルの剣が振り下ろされた。



「…勝者、エスメラルド・スピネル組!!」

 わああっと、本日一番の歓声が会場を包んだ。

《これは凄い!1対1ずつで膠着したかに思えた形勢が、わずか数瞬の攻防で両方に決着が付きました!!》
《ランメルスベルグ兄弟は1対1を挑んでいると見せかけて、横から攻撃し不意をつくタイミングを窺っていたんだね。だけど、王子殿下とうちの弟はそれに気付いていた》

 サフロの横移動を多用した動きによって、2組の立ち位置が少しずつずれて近付いていっているのは、斜め上から見下ろすこの観戦席からは比較的分かりやすかった。
 だが、戦っている本人たちからは気付きにくかったはず。よく読んだものだと思う。

《作戦としては悪くなかったと思うよ。それぞれを1対1で沈めるのはなかなか難しかっただろうしね。でも、王子側が一枚上手だった。特にスピネルがサフロ君の動きを完全に読んで避けたのは良かったね!さすがうちの弟だ》

 スピネルが凄かったのには同意するが、この人やっぱり兄馬鹿なのでは…?
 闘技場の上のスピネルも、勝利を喜びきれないようななんか微妙な表情をしている。
 しかし近付いて来た殿下が片手を持ち上げたのを見ると、顔を綻ばせてごつんと拳を合わせた。

 …こういう顔を見ると、武芸大会でスピネルに本気で戦って欲しいと考えた殿下の気持ちが分かってしまうな。
 前世でも殿下は、スピネルが卒業後ブーランジェ領に引っ込んでしまったのを惜しんでいたっけ。
 あの時のスピネルは王都はもう飽きたとか何とか言っていたが…。

 今こうして殿下の従者をしているのは、殿下にとってもスピネルにとっても良い事なんだろう。
 少しだけ寂しい気持ちでそう思った。
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