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第9章

第83話 二人の争い(前)

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「スピネル。俺は考えを曲げる気はない。お前が折れろ」
「嫌だね。絶対に断る。殿下の方こそ素直に受け入れろ」

 私はひたすら困惑しながら、目の前の二人が言い争うのを見ていた。

 どうしてこうなってしまったのか。
 この二人はいつも仲が良かったし、ちょっとした小競り合いならともかく、本気で言い争う所など見た事がなかった。
 だと言うのに、先程からずっとこの調子でお互い譲る気配がない。
 …それもよりによって、私のことを巡ってなのだ。


 事の発端は数ヶ月前にまで遡る。
 その日、私は殿下とスピネルと共に学院で昼食を取っていた。

「え、お前武芸大会に出ないのか?」

 スピネルがステーキを食べる手を止めて言い、私はそれにうなずいた。

「はい。私はあんな花火大会に興味はありませんので」
「バッサリだな。お前なら優勝も狙えそうなのに」

 この学院では年に1回、6月に武芸大会が開かれる。その名の通り、武芸を競うための大会だ。
 これには騎士部門と魔術部門があり、希望者のみの参加で行われるが、学院内ではとても人気の高いイベントだ。
 参加者は腕自慢の男子生徒が大半だが、参加しなくても見世物として楽しめるし、意中の男性を応援する女子生徒もたくさんいる。
 生徒の親も当然応援に来るし、身内でなくてもただの観戦者として見に来る貴族も多い。

 騎士部門はごく普通に、1対1での試合をトーナメント方式で行い優勝者を決める。
 しかし魔術部門の方はただ戦って勝敗をつける魔術戦ではなく、試合内容に審査員が点数を付け、ポイントが多い方が勝利するという特殊な形式で優勝者が決められる。

 これは魔術部門の試合が騎士部門に比べて参加者が圧倒的に少なく、盛り上がらないために取られた措置だ。
 魔術師課程の生徒はそれほど人数が多くない上に、魔術戦を好む者はさらに少ない。
 女子生徒はだいたい魔術戦を嫌がるし、男子でも支援魔術師や医術師、魔導師と言った、戦闘や攻撃以外を専門とし志す者もいるからだ。

 そこで定められたのが魔術部門の特殊ルールだ。これの勝敗は技術点が大きく左右する。
 この技術点というのは使われた魔術の威力が高かったり、難易度が高かったり、派手だったり、とにかく技術的に優れていると審査員が判断すれば高得点がもらえる。
 言ってしまえば審査員の心証次第で決まる点数なのだ。
 なので皆大体、戦術などそっちのけで派手で見栄えのいい高等攻撃魔術ばかりをドカンドカンとぶっ放す。
 これが観客には結構受けるし盛り上がるのだが、私はこういう事はあまり好きではない。


「そもそも私は支援魔術師なので、魔術師同士での勝ち負け自体興味ありませんよ。騎士と組んで戦うのが役目なんですから。そういう部門でもあれば別ですけど」
「ふむ…」
「どうかしたか?」

 話を聞いていた殿下が何か考え込んでいるのを見て、スピネルが尋ねる。

「いや、なかなか面白そうだと思ってな。リナーリアが言う通り、騎士と魔術師で組んで試合をする部門というのがあっても良いんじゃないか?」

 私が何気なく言った事を、殿下は良い考えだと思ったらしい。

「二人でタッグを組んで戦う部門ですか。確かにそういう部門があれば、魔術戦に興味がない魔術師の生徒も参加しやすくなるでしょうね」

 それなら魔術師はパートナーに攻撃を任せ、自分は後方から防御や支援に徹するという戦い方もできる。
 私のように、そういう形式なら参加してもいいと考える生徒は他にもいるんじゃないだろうか。

「それは騎士課程の奴もだな。騎士にも盾をメインにして敵の注意を引き付けたり、サポートをするのが得意な奴ってのはいる。技術と度胸が必要な割に評価されにくいタイプだ」
「ならいっそ騎士同士や魔術師同士でも組めるよう、組み合わせは自由にするといいかも知れないな」

 それを聞いたスピネルがなるほどという顔になる。

「それだと相手の組み合わせによって戦術を変える必要が出てくる。面白そうだな」


「…試しに生徒会の議題に上げてみましょうか。それで通れば生徒に署名を募って、企画書を作って先生方に提出するんです」

 二人が楽しそうに話し合っているので、私はこう提案した。

「そうだな。やってみよう」
「いいんじゃないか。俺も手伝える事があるなら協力する」

 殿下がうなずき、スピネルも同意した。
 今年の武芸大会は数ヶ月後だ。日程はもう決まっているし今から新部門を作るのは無理だろうが、来年以降ならできるかも知れない。

 そう思いながら提出した議題はあっさり通り、その後行われた署名の募集も順調だった。
 騎士課程の生徒は面白がって署名する者が多かったし、魔術師課程にも意外といた。別に嫌なら参加しなければいいだけだし、反対する理由は特にない者がほとんどだったのだ。
 スピネルが声をかけて回ったせいか、女子生徒の署名も多かった。

 そこで私は発案者の一人として署名嘆願書つきの企画案を作り、殿下と連名で先生方に提出したのだが、意外な人がこれに大賛成した。魔術の教師である。
 先生はもともと私と同じく支援を得意とするタイプで、支援魔術師は攻撃魔術師に比べ不遇であると常々思っていたらしい。
 2人1組で戦う部門があれば、支援魔術の凄さが少しは周知されるのではないかと考えたようで、熱心に周囲に掛け合い、貴族たちからの賛成署名まで持ってきた。


 そうして、タッグ部門の新設は決定した。
 しかもなんと、今年から始める事になったのである。
 保護者である貴族の中にも熱心な賛成者がいたらしく、開催資金として多少の寄付が集まったのが最も大きい理由だろう。

 エントリーは2人1組で、その組み合わせは課程・学年・性別を問わず自由。
 大会の日程を1日延長し、なんとか追加開催される予定となった。

 …そこまでは良かった。特に問題なかったのだが。



 日が沈み辺りが暗くなる中、溜め息をつきながら女子寮の玄関の扉を開ける。
 受付で名前と部屋番号を告げ、名簿に署名をした。管理人はこの名簿で生徒の出入りを管理しているのだ。
 郵便受けを覗いてみると、小さな封筒が一つ入っていた。
 淡いオレンジ色のこの封筒には見覚えがある。

 一旦部屋に戻って夕食を取った後、私は女子寮のある部屋の扉を叩いていた。
 すぐに扉が開き、所々が赤くきらめく鮮やかな黄緑の髪が現れる。

「こんばんは、スフェン先輩」
「やあ、こんばんは、リナーリア君。さ、どうぞ入って」

 郵便受けの封筒はスフェン先輩からのものだった。
 そこには良ければ夕食後部屋に来てほしいと書いてあり、ちょうど誰かに話を聞いて欲しいと思っていた私は、渡りに船とばかりに先輩の部屋を訪れたのである。

「いつものオレンジティーでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」

 先輩はオレンジティーが好きだ。私も結構好きなので、先輩の部屋に来るといつも飲ませてもらっている。
 先輩は寮に使用人を入れていないので自らお湯を沸かし淹れてくれるのだが、これがなかなか美味しい。
 たいてい生のオレンジではなく保存が効くドライフルーツのオレンジを入れてあるのだが、紅茶でふやけたドライオレンジを最後にスプーンで掬って食べるのがまた良いのだ。

「昼間ちらりと見かけたけど、武芸大会の件で何やら大変そうだね。生徒の間でももうかなり噂になっているようだよ」
「やっぱりそうなんですか…」

 目の前に置かれたティーカップを手に取り、大きく溜め息をつく。
 殿下とスピネルの言い争いはきっと目立っただろう。

「ははは、二人の騎士から奪い合われるなんて、まるで物語のお姫様みたいじゃないか」
「笑い事じゃありませんよ。…あと、それ誤解です」
「誤解?」
「はい」

 私は憮然としながらうなずく。

「逆なんです。私、二人に押し付け合われてるんです…」
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