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第9章

第81話 兄の結婚相手(後)

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「私は、貴女が王宮魔術師に弟子入りするのは悪いことじゃないと思うわ」

 サーフェナ様はそう言って私の顔を見た。

「でもそれは、貴女に王宮魔術師になって欲しいからじゃないの。貴女に後悔して欲しくないから。…私はとても後悔したもの。、弟が死ぬのをただ見ていた事を」

 その話は私も知っている。
 今から6年ほど前、シュンガ領近くで起きた悲劇。
 シュンガ伯爵一家は近隣の貴族たちと共に鹿狩りをしていた所を魔獣の群れに襲われ、数人が死んだ。
 …死んだ者のうちの1人は、彼女の弟だった。

 更に私は、サーフェナ様と共にその場に居合わせ生き残ったという少女の事も知っている。
 それについて一度も触れた事はないけれど。そのせいで大きく生き方を変えたのではないかと、薄々感じている。

「大切なものを守る力を持っておかなければ、いざという時きっと後悔するわ」
「…だからサーフェナ様は、魔術師になりたかったんですか?」
「そうね。…それに、弟は立派な騎士になって人を守るのが夢だったのよ。だから私、弟の分まで戦おうと思った。剣は私には無理だったから、せめて魔術師になろうと…そうすれば少しはあの子に報いられるんじゃないかって。結局、魔術師になる事もやめてしまったけれど…」

 サーフェナ様の笑みに少しだけ自嘲が混じる。

「でも魔術師修業をした事は無駄じゃなかったわ。その間にたくさんの人に知り合えたし、たくさんの事を学べた。新しい夢だって見つけた。…だからね、私は貴女も、ただの勉強のつもりで弟子入りをしてもいいと思っているのよ」
「えっ?」

「弟子入りは確かに、将来王宮魔術師になると期待されているからできる事だけど。…でもね、辞めたくなったら別に辞めたっていいと思うのよ。
 だって貴女にはたくさんの選択肢がある。お師匠様…ビリュイ様がもっと周りを見てもいいんじゃないかって言ったのは、そういう意味だと思う。
 貴女が将来どんな道を選ぶにしても、弟子入りして学んだことはきっと貴女の糧になるわ」


 それは私には思ってもみない考え方だった。
 弟子入りは将来その職業に就くため、修行するためのものだ。
 自分の跡を継いで欲しいという期待を込めて、師匠は弟子へと自らの技術を伝える。
 なのに途中で辞めたりしたら、それは先生への裏切りになるのではないか。

「セナルモント様は、貴女がやっぱり王宮魔術師にならないって言ったら怒るような人?」
「い、いえ、違います」

 セナルモント先生はすごく変で、でもすごく優しい人だ。前世でも今世でも、ずっと私の意思を尊重してくれている。
 タルノウィッツの事件でも私に協力してくれたし、私の無茶を叱りはしたが、責めたりはしなかった。

「…でも、怒らなくてもきっと、とてもがっかりします」

 先生はずっと前から、冗談交じりではあるけど私の弟子入りを希望していた。それは私に期待していたからのはずだ。
 先生の期待を裏切りたくはないと言う私に、サーフェナ様は少し眉を曇らせてうなずく。

「…そうね。お師匠様も、私が魔術師の道を諦めると告げた時、口にはしなかったけどがっかりしていたと思う」

 王宮魔術師のビリュイが弟子に取るくらいなのだから、彼女にはきっと才能があったんだろう。

「でもお師匠様は、私の背を押してくれたわ。貴女は貴女の道を行って、そして幸せになりなさいって。…まさか、今でも自慢の弟子と言ってもらえるなんて思わなかったけれど」
「…あ」

 そうだ。ビリュイはサーフェナ様の名前を口にした時、とても温かい目をしていた。
 もはや魔術師の道を諦めたと言うのに、それでも自慢の弟子だと言った。

「セナルモント様も、貴女の周りの人もきっとそうよ。貴女が将来その道を決めた時、皆それぞれ思うことはあるかも知れないけど、貴女の選択を責めたりはしないと思うわ。それよりも、貴女の幸せを願うはずよ。皆、貴女が期待に応える事より、貴女が幸せになる道を望んでくれると思う」
「…私が、幸せに」

 ただ呆然とする私に、サーフェナ様は優しく笑う。

「貴女は、自分が周囲から愛されている事をもっと知るべきね」


 それからサーフェナ様は私と共に両親に話しに行き、二人を説得してくれた。
 王宮魔術師の弟子になる事は、私の身を守る事にも繋がる。そして将来の道を選ぶ時、その経験はプラスにはなってもマイナスにはならないと、彼女は言った。
 私もまた、将来必ず王宮魔術師になりたい訳ではない。ただ今は、もっと色々学びたい。弟子はそのための手段の一つだと言った。
 方便などではなく、ビリュイやサーフェナ様から話を聞いて思った、今の私の素直な気持ちだった。

 そうしてしばらく話し合った後、両親は折れてくれた。

「…お前の好きなようにしなさい。ただ、私たちはいつもお前を心配している。その事を忘れないでくれ」

 私を抱きしめる両親の腕の温かさを感じながら、私はただうなずいた。




 …さらに数日後。
 私は、馬車に乗ってうちの屋敷に到着したセナルモント先生を出迎えていた。

 先生は今日、弟子入りの件について私の両親に挨拶と報告をするために来ている。
 儀礼用の重厚なローブを身に着け、一目で貴重な品だと分かる見事な宝玉のはめ込まれた杖を手にしていて、いつもとは全く雰囲気が違う。
 ローブは普段着ている王宮魔術師のローブと基本的なデザインは同じだが、ずっと上質な布で仕立てられているし刺繍も細かい。式典など大事な時にしか着ないものだ。

「すごいです、先生。立派な王宮魔術師みたいです」
「いや僕は立派な王宮魔術師だからね?そりゃ普段は研究ばかりだけど、ちゃんと仕事だってしてるからね?」

 トレードマークのボサボサ頭も、今日はいつもより丁寧に撫で付けてある。癖毛はどうにもならないようだが。

「僕は弟子取りの挨拶は初めてだからねえ、どうやったらいいかちゃんと同僚に聞いて、その通りにして来たんだよ。緊張するなあ」

 そうは言うが、のんびりした口調はいつもと変わらずとても緊張しているようには見えない。むしろ私の方が緊張してる気がする。
 前世ではセナルモント先生への弟子入りは王宮側で決めた事だったので、一応両親と一緒に顔合わせはしたけれど、こうして先生が屋敷まで挨拶に来たりはしなかったのだ。


 使用人に案内され、応接室へと通される。
 やがて、お父様とお母様が姿を現した。すっと立ち上がったセナルモント先生が、二人へと頭を下げる。

「お久しぶりです、ジャローシス侯爵、そして侯爵夫人。ご壮健の様子で何よりです」
「セナルモント殿こそ。うちの娘が、いつもお世話になっております」

 先生は姿勢正しく、口調もさっきまでと違い引き締まっている。
 やろうと思えばちゃんとやれるんじゃないか。内心でちょっとびっくりする。

「早速ですが…単刀直入に言わせていただきましょう」

 きりりとした表情で先生が両親を見据える。

「お宅のお嬢さんを、僕に下さい!!」

 …びしりと両親の笑顔が固まった。


 凍りついた空気の中で、私は頭を抱える。

「…先生。その台詞、間違っています」
「えっ?そうなの?」

 先生がきょとんとしながらこちらを振り返り、私は大きくため息をついた。
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