世界の天秤~逆行転生した元従者、王子を救うために奮闘する~

梅杉

文字の大きさ
上 下
74 / 249
第6章

第55話 昼食(前)

しおりを挟む
 午前の授業が終わってすぐ、教室にアーゲンがやって来た。もちろんストレング付きだ。

「やあ、リナーリア」
「アーゲン様。あのような素晴らしい贈り物を、本当にありがとうございました」
「いいや。君がしてくれた事に報いるには、あんなものでは到底足りないよ」

 真面目な顔で言われると逆に困ってしまう。
 最近のアーゲンはいつもこんな感じなのでやりづらい。


 実は2週間ほど前、私と次兄のティロライト、それから王都に来たばかりの父と母は、パイロープ公爵家の晩餐に招かれた。息子の命を救ってもらった礼がしたいとの理由だ。
 殿下が中型魔獣討伐の手柄を上げた事もあり、この件は既に貴族中に広まってしまっているらしい。
 断るのも失礼なので招待を受けることになったのだが、物凄い歓待ぶりだったので私たち一家は非常に驚いた。有り体に言えばびびった。

 家紋入りの豪奢な馬車での送迎に始まり、屋敷に着いたら使用人や一族総出で出迎えられ、料理も酒も凄まじく豪勢だった。
 前世で殿下と共に視察で領地に訪れた時くらい凄かった。

 公爵家たるもの、相手が息子の命の恩人ともなれば饗応の手を抜くわけには行かなかったのだろうが、そんな扱いをされるのは初めてだった我が家は全員呆然としていた。
 まともに応対できていたのは私とせいぜい母くらいだったと思う。

 アーゲンの母であるパイロープ公爵夫人は家のプライドに関わるのかしきりに息子自慢をしていたのだが、うちの母は同席しているティロライトお兄様よりも何故か殿下の話をしていた。
 侯爵家の次男にすぎないお兄様を公爵家の嫡男と並べて語るのは難しかったのかも知れないが、お兄様の立場がなくてちょっと可哀想だった。
 お兄様自身はそれどころではなかったようでひたすら愛想笑いを浮かべていたが。

 ただ、アーゲンもちょっと居心地悪そうにしていたのは少し面白かった。
 アーゲンの弟妹も同席していたし、長男として努めて堂々としていたようだが、やはり母親から息子自慢をされるのは本人にとって恥ずかしいものらしい。
 気持ちは分からんでもないが。

 しかし公爵家からの感謝の気持ちというのは、到底その程度では収まらなかった。
 つい昨日、パイロープ公爵家からの贈り物がジャローシス侯爵屋敷に届いたのだが、それを見て私たち一家は文字通り仰天した。
 なんと、大変に立派な作りの馬車が贈られてきたのだ。もちろん、曳くための馬つきだ。
 貴族用の馬車というのは物凄く高価だ。財力や家格がはっきり反映されるので、金に糸目をつけない貴族が結構いるからだ。

 贈られた馬車は新参侯爵家である我が家の家格に気を遣ったらしく、外見こそ落ち着いたデザインだったが、作りは非常に丁寧で丈夫なものだったし内装は見事の一言だった。
 防護魔術のかけられた上質な織りの布が張られていて、何より座席のふかふか具合が素晴らしい。
 車体や車輪には耐久性の高い衝撃吸収の魔術がかけられていて、乗り心地も抜群である。殿下の乗ってたパレード用の馬車みたいだ。
 馬車馬ももちろん、大人しくて若く健康そうな良い馬だった。

 一体これを、どれだけ金をかけて用意したのか。もはや財力の暴力である。
 あののんびりしたお父様すら困惑していた。
 しっかり我が家の家紋も入れられていたし、まさか返す訳にもいかないので受け取ったが、ちょっとやりすぎだと思う。


「…どうかな、今日は僕と一緒にランチを」

 そう言うアーゲンに、私は静かに頭を下げた。

「すみません。今日はすでにお約束があるんです」
「そうかい。君は人気者だし、夕食には出てこないしね…残念だけど仕方ないな」

 そうは言うが、近頃アーゲンと昼食を取る機会は増えている気がする。何しろ誘いに来る回数が多い。
 頻度で言えば殿下とカーネリア様が特に多いのだが、その次に多いのはアーゲンだ。
 後はスフェン先輩やその他が少々。スフェン先輩以外のグループは二組以上一緒になる場合もある。

 そこで「じゃあ明日は」と言いかけたアーゲンだが、急に口を噤んだ。
 その視線を追いかけて振り向くと、後ろには予想通りスピネルがいた。

「リナーリア、そろそろ行くぞ」
「あ、はい」

 これ多分私を迎えに来たんじゃなくて、アーゲンを牽制に来たんだろうな。
 と言うのも、討伐訓練の一件以来どうもアーゲンはスピネルが苦手になってしまったらしい。顔には出さないがどことなく腰が引けている気がするのだ。
 スピネルもそれを分かっているらしく、私の所にアーゲンが来たのを見るとこうして横槍を入れに来る事が増えた。

 案の定アーゲンはスピネルの顔を見た途端に「じゃあまた今度」とだけ言って去って行ったので、ちょっと助かった。
 スピネルは私を助けたかったと言うより、単にアーゲンの反応を面白がっているだけのような気もするが。

 今日は本当に用事があったので良いが、討伐訓練の件を気にしているのかアラゴナ様が牽制に来る事もなくなってしまったので、アーゲンの誘いを断りにくいんだよな。
 ある程度仲良くはしておきたいが、かと言ってアーゲンの派閥に入ったとは思われたくないので難しい所だ。
 何だか私とアーゲンの仲について変な憶測をしている者もいるらしいし…。全くもって面倒くさい。


 それはそうと昼食だ。今日は話したい事があったので、朝から殿下やスピネルと約束をしていたのである。
「殿下は?」と尋ねると、スピネルは「今取り込み中だからちょっと待て」と顎で示した。

 見ると、一人のご令嬢が殿下の隣に立って話しかけている。
 あの褐色がかった赤毛はトリフェル様だ。殿下派の中でもひときわ積極的な方である。
 ああ…なるほど。これは声をかけたくない…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...