57 / 84
第5章
第45話 美辞麗句
しおりを挟む
新学期が始まった。
登校してくる生徒の数はいつもより気持ち少なめだ。領地が遠い者などは王都に帰ってくるのが何日か遅れるからだ。
前方に殿下の後ろ姿を見つけた。傍らにいるのは、いつものスピネルではなく護衛の騎士のようだ。
王子の従者は新年のパレードが終わってから新年休みに入るので、スピネルもまだ王都に帰ってきていないのだろう。
私は殿下に挨拶をしようとし、その前にアーゲンとストレングの姿を見つけた。
よし。今日は、殿下の前にまずこいつだ。
「アーゲン様」
声をかけると、アーゲンが「おや?」という感じの顔で振り向いた。
制服のスカートをつまみ、優雅に頭を下げる。
「あけましておめでとうございます、アーゲン様。本日も眉目秀麗なる事、知恵の泉の神のごとくでございます。戦乙女も胸をときめかせ、泉の精も嫉妬に身を焼くことでしょう。
気力も充溢しておられるようで、きっと良い休息を取られたのでしょう。祝着にございます」
どうだ。この前外見を褒める時の語彙がないと言われたので、図書館で美辞麗句の本を読んで勉強したのである。
果たして私の挨拶を聞いたアーゲンは、ぱちぱちと目を瞬かせた後で口元を押さえて盛大に噴き出した。
…おい。なぜ笑う。
「き、君、珍しくそっちから声をかけてきたと思ったら…、そ、それを言いたかったのかい」
「…私は普通に挨拶をしただけですが」
思わず憮然としながら言うと、アーゲンはいよいよ我慢できないという様子で口とお腹を押さえながら震えている。
どういう事だよ。ついアーゲンの後ろのストレングを睨むと、さっと私から目を逸らした。
…お前も口元がひくついてないか?
「あのう、失礼ではないかと思うんですが…?」
今の挨拶そんなに変だったか?これくらい言ってくる奴わりといるぞ。
しかしそこまで笑われるとさすがに恥ずかしくなってくる。せっかく勉強したのに、だんだん自信がなくなってきてしまった。おのれ…!
「も、もういいです。私は行きますので、それでは」
ちょっと赤面している事を自覚しつつその場を去ろうとすると、アーゲンは少し慌てて私を呼び止めた。
「ご、ごめん。悪かったよ。えっと、あけましておめでとう、リナーリア。今年もよろしく」
私はたった今よろしくする気が完全に失せたのだが。
だがそう口にする訳にもいかないので、私は頑張ってにっこりと微笑んでみせた。
「はい。どうぞよろしくお願いします!」
語尾が少々きつくなってしまったのは不可抗力だと思う。
そこに、一人のご令嬢が近付いてきた。
金髪に灰色の瞳、穏やかな微笑み。同級生のアラゴナ様だ。
「アーゲン様、あけましておめでとうございます」
「ああ、あけましておめでとう」
彼女は美しいカーテシーでアーゲンに挨拶をした。それから私の方を振り向く。
「リナーリア様も、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げる私に、アラゴナ様はおっとりと微笑んだ。
「ところでリナーリア様、あちらで王子殿下がお待ちのようですわ」
そう視線で促されて向こうを見ると、殿下が立ち止まって私を見ているようだ。
「まあ…。すみません、皆様ごきげんよう」
正直立ち去りたかったので助かった。そそくさと殿下の元へ向かう。
うーん、アラゴナ様は一見優しそうだし、賢く礼儀正しい優秀なご令嬢だけど、少し苦手なんだよな。
いつでも完璧な微笑みだが、どうも圧を感じる気がするのだ。
こればかりは私にも原因は分かっている。確か彼女は前世で、学院在学中にアーゲンと婚約していたからだ。
今世でも彼女はアーゲンに近いはずなので、アーゲンが何を考えているのか私にちょっかいをかけているのが面白くないんだろう。…そのはずだ。
シルヴィン様がスピネルを好きだと気付いていなかった件を周囲にやたら呆れられたので、他人の恋愛の機微を読み取る事については諦めつつある私だが、これでアラゴナ様が実は殿下派だったりスピネル派だったりしたらもはや何を信じればいいのか分からない。
前世でも同級生がいつの間にかカップルになっているのに全然気付かなかったりしたしな…。
皆どうしてそういう事が分かるんだ?こればかりは勉強のしようがないので困る。
私が歩み寄ると、殿下は傍らの護衛騎士に「ここまでで良い」と声をかけたようだ。
殿下と私に頭を下げた騎士が校門の方へと去っていく。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、リナーリア」
そう挨拶を返した後、殿下は何やら言いたそうに口元を動かした。
「どうかしました?」
「いや…、…アーゲンとは何を話していたのかと思って」
「…何でもないです」
思わずムスッとした私に、殿下が少し困ったような表情になる。
「あっ、本当に何でもないですよ。ただ新年の挨拶をしただけです」
慌てて手を振って否定する。もしかして心配されただろうか?
「そうか。ならいいが」
大丈夫です、殿下。
あいつは今のところオットレとは違って無害です。気に食わないけど。
登校してくる生徒の数はいつもより気持ち少なめだ。領地が遠い者などは王都に帰ってくるのが何日か遅れるからだ。
前方に殿下の後ろ姿を見つけた。傍らにいるのは、いつものスピネルではなく護衛の騎士のようだ。
王子の従者は新年のパレードが終わってから新年休みに入るので、スピネルもまだ王都に帰ってきていないのだろう。
私は殿下に挨拶をしようとし、その前にアーゲンとストレングの姿を見つけた。
よし。今日は、殿下の前にまずこいつだ。
「アーゲン様」
声をかけると、アーゲンが「おや?」という感じの顔で振り向いた。
制服のスカートをつまみ、優雅に頭を下げる。
「あけましておめでとうございます、アーゲン様。本日も眉目秀麗なる事、知恵の泉の神のごとくでございます。戦乙女も胸をときめかせ、泉の精も嫉妬に身を焼くことでしょう。
気力も充溢しておられるようで、きっと良い休息を取られたのでしょう。祝着にございます」
どうだ。この前外見を褒める時の語彙がないと言われたので、図書館で美辞麗句の本を読んで勉強したのである。
果たして私の挨拶を聞いたアーゲンは、ぱちぱちと目を瞬かせた後で口元を押さえて盛大に噴き出した。
…おい。なぜ笑う。
「き、君、珍しくそっちから声をかけてきたと思ったら…、そ、それを言いたかったのかい」
「…私は普通に挨拶をしただけですが」
思わず憮然としながら言うと、アーゲンはいよいよ我慢できないという様子で口とお腹を押さえながら震えている。
どういう事だよ。ついアーゲンの後ろのストレングを睨むと、さっと私から目を逸らした。
…お前も口元がひくついてないか?
「あのう、失礼ではないかと思うんですが…?」
今の挨拶そんなに変だったか?これくらい言ってくる奴わりといるぞ。
しかしそこまで笑われるとさすがに恥ずかしくなってくる。せっかく勉強したのに、だんだん自信がなくなってきてしまった。おのれ…!
「も、もういいです。私は行きますので、それでは」
ちょっと赤面している事を自覚しつつその場を去ろうとすると、アーゲンは少し慌てて私を呼び止めた。
「ご、ごめん。悪かったよ。えっと、あけましておめでとう、リナーリア。今年もよろしく」
私はたった今よろしくする気が完全に失せたのだが。
だがそう口にする訳にもいかないので、私は頑張ってにっこりと微笑んでみせた。
「はい。どうぞよろしくお願いします!」
語尾が少々きつくなってしまったのは不可抗力だと思う。
そこに、一人のご令嬢が近付いてきた。
金髪に灰色の瞳、穏やかな微笑み。同級生のアラゴナ様だ。
「アーゲン様、あけましておめでとうございます」
「ああ、あけましておめでとう」
彼女は美しいカーテシーでアーゲンに挨拶をした。それから私の方を振り向く。
「リナーリア様も、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げる私に、アラゴナ様はおっとりと微笑んだ。
「ところでリナーリア様、あちらで王子殿下がお待ちのようですわ」
そう視線で促されて向こうを見ると、殿下が立ち止まって私を見ているようだ。
「まあ…。すみません、皆様ごきげんよう」
正直立ち去りたかったので助かった。そそくさと殿下の元へ向かう。
うーん、アラゴナ様は一見優しそうだし、賢く礼儀正しい優秀なご令嬢だけど、少し苦手なんだよな。
いつでも完璧な微笑みだが、どうも圧を感じる気がするのだ。
こればかりは私にも原因は分かっている。確か彼女は前世で、学院在学中にアーゲンと婚約していたからだ。
今世でも彼女はアーゲンに近いはずなので、アーゲンが何を考えているのか私にちょっかいをかけているのが面白くないんだろう。…そのはずだ。
シルヴィン様がスピネルを好きだと気付いていなかった件を周囲にやたら呆れられたので、他人の恋愛の機微を読み取る事については諦めつつある私だが、これでアラゴナ様が実は殿下派だったりスピネル派だったりしたらもはや何を信じればいいのか分からない。
前世でも同級生がいつの間にかカップルになっているのに全然気付かなかったりしたしな…。
皆どうしてそういう事が分かるんだ?こればかりは勉強のしようがないので困る。
私が歩み寄ると、殿下は傍らの護衛騎士に「ここまでで良い」と声をかけたようだ。
殿下と私に頭を下げた騎士が校門の方へと去っていく。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、リナーリア」
そう挨拶を返した後、殿下は何やら言いたそうに口元を動かした。
「どうかしました?」
「いや…、…アーゲンとは何を話していたのかと思って」
「…何でもないです」
思わずムスッとした私に、殿下が少し困ったような表情になる。
「あっ、本当に何でもないですよ。ただ新年の挨拶をしただけです」
慌てて手を振って否定する。もしかして心配されただろうか?
「そうか。ならいいが」
大丈夫です、殿下。
あいつは今のところオットレとは違って無害です。気に食わないけど。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる