上 下
51 / 211
第4章

挿話・10 殿方ランキング

しおりを挟む
「スピネル、スピネル」

 学院の廊下を歩いていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
 振り返ると、長い銀の髪が廊下の隅から飛び出て揺れている。何やら手招きをしているのはこちらへ来いという意味か。
 不審に思いながらも近寄ると、ぐいぐい袖を引かれ人気のない音楽室の中まで連れて行かれた。

「何の用だ、一体」

 そう問いかけると、リナーリアは勢い込んで尋ねてきた。

「あの!殿下は最近、他のご令嬢方とはどうなんですか?ちゃんと仲良くなさってますか?」
「…あのな。殿下の女関係には口出すなって言ったよな?」

 スピネルは思いきり眉をしかめる。
 ファーストダンスの相手の一件ですっかり懲りたので、今後そういう話には絶対に首を突っ込むなと言い含めておいたのに、まだ言うのか。

「だから殿下じゃなく貴方に訊いてるんじゃないですか!だって、絶対におかしいです」
「おかしいって何がだ」
「殿下の人気が5位なことですよ!」


「その件か…」
「やっぱり知ってるんですね」

 スピネルも先日女子生徒から聞いてその存在は知っている。
 学院の男子生徒の人気ランキング…確か「学院のとっても魅力的な殿方ランキング」とかいうアホっぽい名前だった。
 男子が女子の人気ランキングを作っていると知った女子生徒の誰かが、だったらこちらもと企画したものらしい。
 1位と2位は上級生の騎士課程の生徒で、3位になぜか女子のスフェン・ゲータイトが入り、4位が自分、5位が王子だったと聞いた。

「殿下が1位じゃないのはおかしいでしょう!殿下ですよ!王子ですよ!」

 どうやらリナーリアは王子の順位によほど不満があるらしく、憤慨している様子だ。

「お前本当にバカだな…」
「何でですか!?スピネルはおかしいと思わないんですか!」
「俺に訊かれてもな」

 女子が決めている順位の事を自分に訊かれても困る。勝手にしろと言いたい。

「だって、どうしてそんな順位なのか女子の皆さんに尋ねても、誰もちゃんと教えてくれないんです。スピネルは原因に心当たりないですか?」

 そりゃ、女子はこいつには教えてくれないだろうな。恐らく一番のだろうし。
 スピネルは内心でため息をつく。心底面倒くさいが、リナーリアは納得するまで引き下がらないだろう。

「別に殿下が人気ない訳じゃないと思うぞ。その投票ってどうせ上級生が主体になってやってるやつだろ?女子は年下はあんまり好きじゃないから、1年の殿下が上級生より順位が下になるのは仕方ない。俺も1年だが殿下より歳は上だしな」

 しょうがないので一応真面目に答えてやった。3位のスフェンの事は横に置いておく。あれは特殊な例すぎる。

「あ…、そう言えば貴方そうでしたね」

 スピネルが歳上だという事を彼女はすっかり忘れていたらしい。
 睨みつけると、誤魔化すように「あはは」と笑ってみせた。

「あ、そうか。女子のランキングでフロライア様や私が上位だったのは、女子と違って男子は新しい物好きだからですか?」
「身も蓋もないが、まあそうかもな」

 それだけではない気もするが、面倒だしとりあえずうなずいておく。

「大体、あんなランキングどうせ顔とか地位だけで選んでるんだ。いちいち気にしてられるか」
「それはそうですけど…。…じゃあ、殿下には特に問題ないんですよね?ちゃんと皆さんと仲良くしてらっしゃいますよね…?」
「……」

 リナーリアは小さく身を縮めながら、上目遣いでこちらを見上げてくる。
 ランキングの件も嘘ではないのだろうが、やはりその事が一番気になっているらしい。
 彼女はこれが純粋に心配から来ている発言だから厄介なのだ。

「はあ…。ちゃんとやってるよ。今は学生だからパーティーとか晩餐会に出る回数は減ってるが、たまに招かれてるしな。他にも、お前が見てないとこで普通に交流してるから安心しろ」
「そ、そうですよね」
「…まあ、殿下はあんまり令嬢方には興味ないみたいだし、相手は男連中が多いけどな。女子からの人気が5位なのも、そのせいもあるかもな」

 王子の名誉のためにも一応フォローしておく。リナーリアは安心したような、複雑そうな顔だ。


「やっぱり、殿下はそういう方ですよねえ…」

 やっぱりとか言っているが、こいつは相変わらず全然分かっていないな、とスピネルは思う。
 王子がご令嬢からの誘いを最低限しか受けないのはリナーリアがいるからだし、王子という立場の割に女子から騒がれていないのも、要するに既に本命がいると皆に思われているからだ。
 相手がいる人間といない人間なら、いない方に憧れるのが人情というものだろう。

 …入学パーティーで殿下と踊った時は、こいつも幸せそうに見えたんだがな。

 あれでようやく二人は一歩を踏み出して、自分の気遣いは無駄で済んだと思ったのだが、結局彼女は前と変わらなかった。
 殿下殿下と言うくせに、それが恋愛感情に結びつく気配がない。もはやわざとやっているのではないかと疑っているが、そうする理由がさっぱり分からない。

 王子の方はプレゼントを贈ってみたりと不器用ながらもアプローチを始めているのに、その思いはまるで通じていないようだ。プレゼントそのものは心底喜んでいるのが本当にたちが悪い。
 おかげでアーゲンやらオットレやら、有象無象が回りをうろちょろしている。そうそう付け込まれる事はないと思うし、王子に任せておけばいいとも思っているが、あまりに危なっかしすぎて目が離せない。
 その度に妹があれこれ言ってくるのがまた面倒だ。
 …本当に、面倒なのだ。


 ところが、その当人と来たら首をかしげながらこんな事を言う。

「そう言えば、スピネルはどうなんですか?」
「…あ?」
「いえ、貴方に限ってそんな心配は必要ないとは思うんですが。あまりに浮いた噂を聞かないので、少々気になってきてしまって…どなたか良い方はいないんですか?」
「……」

 今度こそ額に青筋が浮くのを止めることはできそうになかった。
 大きく息を吸い込む。

「…お前にそんな事を言われたくねえ!!この、バカ!!!!」

 リナーリアは、「ひえっ」と情けない悲鳴を上げて小さく首をすくめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

転生領主の領地開拓 -現代の日本の知識は最強でした。-

俺は俺だ
ファンタジー
 今年二十歳を迎えた信楽彩生《しんらくかやせ》は突如死んでしまった。  彼は初めての就職にドキドキし過ぎて、横断歩道が赤なことに気がつかず横断歩道を渡ってしまった。  そんな彼を可哀想に思ったのか、創造神は彩生をアルマタナの世界へと転生させた。  彼は、第二の人生を楽しむと心に決めてアルマタナの世界へと旅だった。  ※横読み推奨 コメントは読ませてもらっていますが、基本返信はしません。(間が空くと、読めないことがあり、返信が遅れてしまうため。)

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

悪役に転生したけどチートスキルで生き残ります!

神無月
ファンタジー
学園物語の乙女ゲーム、その悪役に転生した。 この世界では、あらゆる人が様々な神から加護と、その神にまつわるスキルを授かっていて、俺が転生した悪役貴族も同様に加護を獲得していたが、世の中で疎まれる闇神の加護だった。  しかし、転生後に見た神の加護は闇神ではなく、しかも複数の神から加護を授かっていた。 俺はこの加護を使い、どのルートでも死亡するBADENDを回避したい!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...