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第4章
第36話 贈り物
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「ただいま、コーネル」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
学院の授業から寮に戻り、自室のドアを開けて声をかけると、奥からコーネルが出てきた。
どうやら本棚の整理をしていたようだ。
「ただいまお茶をお淹れします」
「ええ、お願いします」
てきぱきと動くコーネル。
この部屋にキッチンはないが、お湯を沸かす魔導具は置いてあるのでお茶はすぐに淹れられる。
コーネルには本当に世話になっているな、とその後姿を見ながら思う。
風邪が完全に治って授業に出られるようになるまで結局5日もかかってしまったが、彼女はその間学院に許可を取って泊まり込みで看病をしてくれた。
職務に文句を言わないのは使用人として当然の心構えではあるのだが、嫌な顔ひとつ見せることなくずっと親身になって世話をしてくれる姿には頭が下がる。
そのうち何かお礼ができたら良いのだが。
そんな事を考えていると、部屋に置かれた呼び鈴の魔導具が鳴った。
ノックではなく呼び鈴が鳴るのは、寮側からの呼び出しの合図だ。荷物が届いただとか、面会人が現れただとか、そういう時に鳴る。
「何でしょう?」
「私が行きますので、お嬢様はこのままお待ち下さい」
「お願いします」
何の用事かは入り口近くにある管理室に行ってみないと分からない。
私は確認をコーネルに任せ、部屋で待つことにした。
やがて戻ってきたコーネルを見て、私はとても驚いた。なんとエスメラルド殿下を伴っていたのだ。
「殿下!?」
「すまない、リナーリア。突然来てしまって」
「もうお戻りになっていたんですね。お帰りなさいませ、殿下」
殿下は3週間近く年に一度の視察に出ていて、戻るのは今日の予定だったはずだ。
色々と慌ただしいだろうに、到着してすぐに私のところへ来た事になる。一体どうしたんだろう。
既に沸いていたお湯を使って、すぐにコーネルがお茶を淹れてくれた。
喉に優しいハーブティーなのは、風邪を引いていた私への気遣いだろう。殿下も特にハーブティーが苦手だったりはしないので問題ない。
「風邪を引いて休んでいたと聞いたが、もう大丈夫なのか?少し痩せたように見えるが…」
そう尋ねられ、私は少し目を丸くした。
殿下達にはあまり知られたくなかったのだが、一体誰に聞いたんだろう。
「はい、もう大丈夫です。一昨日から授業にも復帰していますし。…自己管理がなっていなくて、お恥ずかしい限りです」
「気にするな。平気なら良い。まだ入学してからそんなに経っていないんだ、環境に身体が慣れていなくても仕方ない」
「ありがとうございます」
殿下の優しさが身に沁みる。もっと気を引き締めなければ…!
「…それでだな。こうして会いに来たのは、君の体調が気になったからでもあるんだが」
殿下は何故かそわそわとしだした。
近頃、殿下はこうして挙動不審になる事がたびたびある。
歯切れの悪いその様子は殿下らしくなくてかなり気になるのだが、最も身近にいるはずのスピネルに尋ねても「気にするな。何も言うな」の一点張りだ。
嘘をついているようには見えないので恐らく平気なのだとは思うが、やはり気になる。
思わず心配になりながら見守っていると、殿下は懐から小さな紙包みを取り出した。
「…これを、君に」
「……?これは?」
「視察の土産だ」
私はちょっと驚いてしまった。殿下からお土産をもらうなど今世では初めてなので戸惑う。
いや、前世でもなかったぞ。どこへ行くにも毎回一緒だったからだけど。
「開けてもよろしいですか?」
殿下は少し緊張した顔でうなずいた。
紙包みを手に取りそっと開くと、真っ白な薔薇を象った木彫りの髪飾りが出てきた。
朝露を模した薄青の宝石が花びらの部分に嵌め込まれている。
「今回はフィロフィル領に立ち寄ったんだが、あそこは木彫りが名産なんだ。それで、その、君に似合うかと思って」
フィロフィル領では木彫りや工芸品に使う良質な木材を生産している。
特に有名なのが雪のように真っ白な色を持つスノーパインと呼ばれる木で、香りが良く色も美しいので高価な木彫り細工の原料としてよく使われている。
この髪飾りはその色味を活かして作られたものようだ。
薔薇の細工は艷やかで繊細で、木彫りであるにも関わらずとても柔らかそうに見える。嵌められた石も、小さいが透明度の高い美しいものだ。
木彫りにはあまり詳しくないが、きっと名のある細工師が作ったものだろう。店頭で見かけ、私が薔薇好きなのを思い出して買ってくれたのだろうか。
「ありがとうございます、殿下」
微笑みながら礼を言うと殿下は少し嬉しそうにしたが、それからすぐに気まずそうな表情になった。
「殿下?どうしたんですか?」
「…すまない。さっき言ったことは嘘だ」
「嘘?」
意味がよく分からず首を傾げる私に、殿下は肩を落としながら言う。
「つまり、俺は最初からリナーリアに何か贈り物がしたかったんだ。君にはいつも世話になっているし…それで、何か良いものはないかと視察先で探していたんだが、俺にはよく分からなくて」
殿下は一旦言葉を切り、眉根を寄せる。
「だからスピネルに相談に乗ってもらって一緒に選んだ。しかしスピネルには『殿下一人で選んだことにしておけ』と言われてな…」
「ああ…」
なるほど。スピネルは照れ屋なんだか捻くれ者なんだか知らないが、そういう素振りを見せたがらないからな。
「スピネルなりに考えがあって言ってるんだと思うが、嘘をつくのもどうかと思ってな」
「…ふふっ。殿下らしいですね」
申し訳無さそうにする殿下に、私は思わず笑ってしまう。
別にそんな事言わなくてもいいのに。
嘘がつけない訳ではないが、身内に対しては限りなく誠実なのだ、この方は。
「ありがとうございます。殿下が…お二人が私のために選んで下さったんですから、それだけで本当に嬉しいです」
「そうか」
殿下はほっとした様子でうなずいた。
「着けてみてもよろしいですか?」
「ああ」
私は髪飾りを着けようとしたが、自分では上手くできる自信がなかったので後ろに控えていたコーネルに手渡した。
コーネルは「失礼します」と言って私の左耳の上あたりにそっと着けてくれる。
「…うん。よく似合う」
殿下が嬉しそうに微笑む。
コーネルが渡してくれた手鏡で、私も自分の姿を確認した。青銀の髪の中に、白い薔薇が控えめに咲いている。
派手な装飾品は苦手なのだが、これは目立ちすぎず私の髪によく馴染んでいるようだった。
「素敵ですよ、お嬢様」
「ありがとう、コーネル。…殿下、本当にありがとうございます。すごく気に入りました」
今までこういう物にあまり興味はなかったけれど、殿下からの贈り物だと思うと何となく心躍るような気分になる。
わざわざ贈り物をいただけるほど殿下に対して何かできているとは思えないが、その心遣いは素直に嬉しかった。
「喜んでもらえたなら良かった」
殿下は照れくさそうに少しだけうつむいた。
その仕草はやっぱり殿下らしくないのだが、今は嬉しさの方が勝る。
少しぬるくなったハーブティーに手を伸ばし、二人でのんびりとお茶を楽しんだ。
「カーネリア様、おはようございます」
「おはよう、リナーリア様…あら?その髪飾りとても素敵ね!どうしたの?」
翌朝髪飾りを着けて登校すると、早速カーネリア様に尋ねられた。さすが目敏い。
大事にしまっておくべきかとも迷ったのだが、せっかく貰ったものだし使った方が殿下も喜ぶと思ったのだ。
「もしかして、どなたかからの贈り物?」
私は唇に人差し指を当てると「内緒です」と微笑んだ。
「あら…!あら、まあ!」
カーネリア様が目を輝かせる。
何故かやけに嬉しそうなのが気になるが、深く尋ねるつもりはないようなので助かる。
殿下から贈り物をもらったなどと噂が広がったら面倒なので、入手元はなるべく隠しておきたい。
それに、この事は私だけの秘密にしておきたい気がしたのだ。
来年になったらまた薔薇園を案内してもらいたいなと思いつつ、私はスカートを翻して玄関へと向かった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
学院の授業から寮に戻り、自室のドアを開けて声をかけると、奥からコーネルが出てきた。
どうやら本棚の整理をしていたようだ。
「ただいまお茶をお淹れします」
「ええ、お願いします」
てきぱきと動くコーネル。
この部屋にキッチンはないが、お湯を沸かす魔導具は置いてあるのでお茶はすぐに淹れられる。
コーネルには本当に世話になっているな、とその後姿を見ながら思う。
風邪が完全に治って授業に出られるようになるまで結局5日もかかってしまったが、彼女はその間学院に許可を取って泊まり込みで看病をしてくれた。
職務に文句を言わないのは使用人として当然の心構えではあるのだが、嫌な顔ひとつ見せることなくずっと親身になって世話をしてくれる姿には頭が下がる。
そのうち何かお礼ができたら良いのだが。
そんな事を考えていると、部屋に置かれた呼び鈴の魔導具が鳴った。
ノックではなく呼び鈴が鳴るのは、寮側からの呼び出しの合図だ。荷物が届いただとか、面会人が現れただとか、そういう時に鳴る。
「何でしょう?」
「私が行きますので、お嬢様はこのままお待ち下さい」
「お願いします」
何の用事かは入り口近くにある管理室に行ってみないと分からない。
私は確認をコーネルに任せ、部屋で待つことにした。
やがて戻ってきたコーネルを見て、私はとても驚いた。なんとエスメラルド殿下を伴っていたのだ。
「殿下!?」
「すまない、リナーリア。突然来てしまって」
「もうお戻りになっていたんですね。お帰りなさいませ、殿下」
殿下は3週間近く年に一度の視察に出ていて、戻るのは今日の予定だったはずだ。
色々と慌ただしいだろうに、到着してすぐに私のところへ来た事になる。一体どうしたんだろう。
既に沸いていたお湯を使って、すぐにコーネルがお茶を淹れてくれた。
喉に優しいハーブティーなのは、風邪を引いていた私への気遣いだろう。殿下も特にハーブティーが苦手だったりはしないので問題ない。
「風邪を引いて休んでいたと聞いたが、もう大丈夫なのか?少し痩せたように見えるが…」
そう尋ねられ、私は少し目を丸くした。
殿下達にはあまり知られたくなかったのだが、一体誰に聞いたんだろう。
「はい、もう大丈夫です。一昨日から授業にも復帰していますし。…自己管理がなっていなくて、お恥ずかしい限りです」
「気にするな。平気なら良い。まだ入学してからそんなに経っていないんだ、環境に身体が慣れていなくても仕方ない」
「ありがとうございます」
殿下の優しさが身に沁みる。もっと気を引き締めなければ…!
「…それでだな。こうして会いに来たのは、君の体調が気になったからでもあるんだが」
殿下は何故かそわそわとしだした。
近頃、殿下はこうして挙動不審になる事がたびたびある。
歯切れの悪いその様子は殿下らしくなくてかなり気になるのだが、最も身近にいるはずのスピネルに尋ねても「気にするな。何も言うな」の一点張りだ。
嘘をついているようには見えないので恐らく平気なのだとは思うが、やはり気になる。
思わず心配になりながら見守っていると、殿下は懐から小さな紙包みを取り出した。
「…これを、君に」
「……?これは?」
「視察の土産だ」
私はちょっと驚いてしまった。殿下からお土産をもらうなど今世では初めてなので戸惑う。
いや、前世でもなかったぞ。どこへ行くにも毎回一緒だったからだけど。
「開けてもよろしいですか?」
殿下は少し緊張した顔でうなずいた。
紙包みを手に取りそっと開くと、真っ白な薔薇を象った木彫りの髪飾りが出てきた。
朝露を模した薄青の宝石が花びらの部分に嵌め込まれている。
「今回はフィロフィル領に立ち寄ったんだが、あそこは木彫りが名産なんだ。それで、その、君に似合うかと思って」
フィロフィル領では木彫りや工芸品に使う良質な木材を生産している。
特に有名なのが雪のように真っ白な色を持つスノーパインと呼ばれる木で、香りが良く色も美しいので高価な木彫り細工の原料としてよく使われている。
この髪飾りはその色味を活かして作られたものようだ。
薔薇の細工は艷やかで繊細で、木彫りであるにも関わらずとても柔らかそうに見える。嵌められた石も、小さいが透明度の高い美しいものだ。
木彫りにはあまり詳しくないが、きっと名のある細工師が作ったものだろう。店頭で見かけ、私が薔薇好きなのを思い出して買ってくれたのだろうか。
「ありがとうございます、殿下」
微笑みながら礼を言うと殿下は少し嬉しそうにしたが、それからすぐに気まずそうな表情になった。
「殿下?どうしたんですか?」
「…すまない。さっき言ったことは嘘だ」
「嘘?」
意味がよく分からず首を傾げる私に、殿下は肩を落としながら言う。
「つまり、俺は最初からリナーリアに何か贈り物がしたかったんだ。君にはいつも世話になっているし…それで、何か良いものはないかと視察先で探していたんだが、俺にはよく分からなくて」
殿下は一旦言葉を切り、眉根を寄せる。
「だからスピネルに相談に乗ってもらって一緒に選んだ。しかしスピネルには『殿下一人で選んだことにしておけ』と言われてな…」
「ああ…」
なるほど。スピネルは照れ屋なんだか捻くれ者なんだか知らないが、そういう素振りを見せたがらないからな。
「スピネルなりに考えがあって言ってるんだと思うが、嘘をつくのもどうかと思ってな」
「…ふふっ。殿下らしいですね」
申し訳無さそうにする殿下に、私は思わず笑ってしまう。
別にそんな事言わなくてもいいのに。
嘘がつけない訳ではないが、身内に対しては限りなく誠実なのだ、この方は。
「ありがとうございます。殿下が…お二人が私のために選んで下さったんですから、それだけで本当に嬉しいです」
「そうか」
殿下はほっとした様子でうなずいた。
「着けてみてもよろしいですか?」
「ああ」
私は髪飾りを着けようとしたが、自分では上手くできる自信がなかったので後ろに控えていたコーネルに手渡した。
コーネルは「失礼します」と言って私の左耳の上あたりにそっと着けてくれる。
「…うん。よく似合う」
殿下が嬉しそうに微笑む。
コーネルが渡してくれた手鏡で、私も自分の姿を確認した。青銀の髪の中に、白い薔薇が控えめに咲いている。
派手な装飾品は苦手なのだが、これは目立ちすぎず私の髪によく馴染んでいるようだった。
「素敵ですよ、お嬢様」
「ありがとう、コーネル。…殿下、本当にありがとうございます。すごく気に入りました」
今までこういう物にあまり興味はなかったけれど、殿下からの贈り物だと思うと何となく心躍るような気分になる。
わざわざ贈り物をいただけるほど殿下に対して何かできているとは思えないが、その心遣いは素直に嬉しかった。
「喜んでもらえたなら良かった」
殿下は照れくさそうに少しだけうつむいた。
その仕草はやっぱり殿下らしくないのだが、今は嬉しさの方が勝る。
少しぬるくなったハーブティーに手を伸ばし、二人でのんびりとお茶を楽しんだ。
「カーネリア様、おはようございます」
「おはよう、リナーリア様…あら?その髪飾りとても素敵ね!どうしたの?」
翌朝髪飾りを着けて登校すると、早速カーネリア様に尋ねられた。さすが目敏い。
大事にしまっておくべきかとも迷ったのだが、せっかく貰ったものだし使った方が殿下も喜ぶと思ったのだ。
「もしかして、どなたかからの贈り物?」
私は唇に人差し指を当てると「内緒です」と微笑んだ。
「あら…!あら、まあ!」
カーネリア様が目を輝かせる。
何故かやけに嬉しそうなのが気になるが、深く尋ねるつもりはないようなので助かる。
殿下から贈り物をもらったなどと噂が広がったら面倒なので、入手元はなるべく隠しておきたい。
それに、この事は私だけの秘密にしておきたい気がしたのだ。
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