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第4章

第31話 美人ランキング

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「リナーリア、今日は僕と共に昼食を取ろう。使用人に命じてガムマイト領産の牛を取り寄せた。味わわせてやろう」
「ええと…」

 私は困惑しつつやんわりと微笑んだ。
 面倒くさい。というか、学院の食堂で自分用の牛肉焼こうとするな。迷惑だろう。

 私を誘っているのは、オットレ・ファイ・ヘリオドール。
 王兄フェルグソンの息子…つまり、殿下にとっては従兄弟に当たる人間だ。私や殿下の一歳上の学年になる。
 入学前のダンスパーティーではトリフェル様のパートナーをやっていた。

 フェルグソンは兄であるにも関わらず国王の座についていない時点で大体察することができるのだが、色々と問題のある人物だ。
 過去にあれこれやらかしたせいで王位継承権は放棄させられているが、息子であるこのオットレには継承権が残っている。
 国王陛下には子供は一人しかいないので、オットレは王子や王弟・王妹に次ぐ継承権の持ち主という事になる。ミドルネームのファイは高い王位継承権を持つ者の証だ。だが…。
 はっきり言おう。私はこいつが大嫌いである。

 オットレは本来なら父が国王で、自分はその後継者だったはずだとでも思っているのだろう、とにかく態度がでかい。自惚れが強く周囲の人間の事を見下している。
 さらに殿下に対する対抗心が物凄く強い。どうせ勝てないくせに事あるごとに張り合ってきて、しかも汚い手を使ったりする。

 前世では、殿下の従者だった私もこいつには相当嫌な目に遭わされた。嫌味や陰口くらいならまだいいが、時にはひどい嫌がらせなどもされた。
 こいつとその取り巻きに学院の池に突き落とされた事まであるが、騒ぎを聞いて駆けつけた殿下が激怒し、それ以来あまり絡まれなくなった。

 殿下が本気で怒る所を私はその時生まれて始めて見たのだが、本当に怖かったのでとてもびっくりした。普段温厚な人物が怒ると怖いのだ。
 その後もずっと、自分からは決して声をかけないという冷たい対応をしていたと思う。
 よほど腹に据えかねたのだろうが、殿下にしてはとても珍しい事だ。

 そんな訳で私はこいつが嫌いなのだが、今世の私は今の所こいつに嫌がらせなどは特に受けていない。むしろ一見好意的に寄って来られている。
 実はあの舞踏会の日も誘われたので一度踊っているし、その後もお茶だの何だのあれこれ誘われている。ものすごく面倒くさい。

 まあ私自身に興味がある訳ではなく、殿下に対抗したいとか嫌がらせしたいとかいうのが主な理由なのだろうが、他のご令嬢にもよく声をかけているようなので単に見境がないだけかもしれない。
 どうやらトリフェル様とは上手くいかなかったようだが、原因はその辺りにあるのではないだろうかと思う。


 だから今日の誘いも断りたいところなのだが、今は午前の授業が終わったばかりで周囲にたくさん生徒がいる。ここで断るのはかなり角が立ちそうだ。
 正直こいつと友好的な関係になどなりたくないが、かと言って無駄に敵対するのは論外だ。
 王位継承権を持つこいつには、殿

 こいつ自身は小物なので黒幕の可能性は低いと思っているが、しかし黒幕に繋がっている可能性は十分にある。
 まだ何の手がかりも得られていない今は付かず離れずの距離を保っておきたい。
 仕方ないので了承しようと思った時、オットレの後ろから殿下とスピネルが近付いてきた。

「オットレ、悪いがリナーリアは俺と先約がある」
「エスメラルド」

 オットレはあからさまに嫌そうな顔をした。舌打ちせんがばかりの様子だ。

「…チッ。ならいい」

 こいつ、本当に舌打ちしたな…。殿下に向かって。
 内心イラッとしつつ、私は「申し訳ありません」とオットレに頭を下げた。



「…殿下、お誘いいただきありがとうございました」

 食堂で、私は正面に座った殿下に向かい小声で礼を言った。先約があるというのは嘘だったからだ。
 おかげでさほど角を立てずにオットレから逃れられた。

「君はオットレに何かされたのか?」
「いえ、特に何もされてませんよ」

 殿下が少し心配そうにしているようなので、私はいつも通りの顔で首を横に振る。
 眉をひそめたのはスピネルだ。

「でもお前、あいつの事嫌そうにしてただろ」
「…顔に出てました?」

 思わず頬に手をやる。ちゃんと隠していたつもりだったのだが。

「まあちょっとな。周りにはバレてないと思うが」

 だから殿下は私を助けてくれたのか。
 まだまだ修行が足りないな…。ちゃんと隠せるようにならなければと、内心で気を引き締め直す。

「本当に何もないですよ。…でも、あの方が魔術師を侮る発言をしているのを聞いた事がありまして。それであまり好意的になれないと言うか…」
「なるほどな」

 私の言い訳に二人は納得してくれたようだ。思い当たるフシがあったのだろう。
 実際それも、私がオットレを嫌う理由の一つだ。
 王兄フェルグソンは騎士至上主義者で魔術師を蔑視している。そんな父の影響を受けたオットレもまた、普段から魔術師を馬鹿にするような態度を取りがちなのだ。

「お前魔術の事になるとやたらプライド高いもんな」
「…私の唯一の取り柄ですので」

 勉強などもそれなりに得意なつもりだが、それは多少努力すれば誰にでもできるものだ。
 私が僅かなりとも他人より勝っていると感じられるのは、魔術だけである。

「そんな事はない。君には良い所がたくさんある」

 殿下がやけに真剣な様子で言う。そう言ってくれるのは殿下だけだ。
「ありがとうございます」と笑うと、殿下は何か言いたそうにしたが、そのまま口を噤んだ。


「でも最近、ああいう…男子生徒から声をかけられる事が妙に多いんですよね。やっぱり目立ってしまったせいでしょうか…」

 入学してからもう1ヶ月は経つ。
 時間と共に私への好奇の目は薄れてくれるだろうと思ったのだが、近頃むしろ注目が増えているような気がする。

 食事に誘ってくるようなのはアーゲンやオットレくらいだが、何やら様子を探るように馴れ馴れしく世間話を持ちかけてくる男子生徒は多い。
 前はそういうのはほぼ、殿下とスピネル目当てのご令嬢だったのに…。
 適当にあしらっているが面倒だ。女子生徒も苦手だが、ぐいぐい来るような男子生徒も結構苦手なのだ。

 第一、どいつもこいつも前世では同級生や先輩だった者ばかりだ。
「やあ!今日も美しいね!」などとお世辞を言われても、「こいつ胸より尻派だったな」とか「確か年上好きで男爵夫人と不倫して大問題になる奴だったな」とか思い出すとまともに相手をする気になどなれない。
 別にそんな事いちいち記憶していたくはなかったのだが、覚えているのだからしょうがない。
 こういう情報は後々役に立ったからな…。

 そう考えると、アーゲンやオットレの女の趣味は知らなかったので良かった。知っていたら食事に誘われた時うっかり噴き出してしまったかもしれない。
 ちなみに殿下の好みは「誠実な女性」だった。実に殿下らしいと思う。
 スピネルの好みも知らないな。女性は全部好みとか言いそうに見えたが、今世では違うかもしれない。全然遊んでないようだし。


 前世では魔術師課程の男子生徒とは良好な関係を保っていたけれど、彼らは大人しいせいか今世ではさっぱり会話をできていない。むしろ避けられている気配すらある。
 何故自分から女性に寄っていくような男は騎士課程ばかりなのだろう。そしてどうして私に声をかけるのだろうと首を捻る私に、スピネルが肩をすくめる。

「そりゃ、お前が今男人気でナンバー2って事になってるからだろ」
「は?」

 私は怪訝な顔をし、それからすぐに思い当たった。

「…あれですか。学院内美人ランキングとかいう」
「なんだ、知ってるのか」
「小耳に挟んだだけです。具体的な内容は知りません」

 学院内美人ランキング。前世で度々耳にしたものだ。
 男子生徒の間だけで行われているもので、誰がいつどうやって集計しているのかは知らないが、どうも定期的に行われているらしい。
 しかしそれよりも聞き捨てならないのは、先程のスピネルの言葉だ。学院には見目麗しいご令嬢がいくらでもいるのに、私がそこに入るとは思えない。

「私がナンバー2ってなんですか。そんな訳ないでしょう」
「新入生入学後の最新ランキングでそうなってるんだよ。1位がフロライア嬢で、2位はお前だ」
「はあ?」
「気にする事はないだろ。顔ならお前の方が美人だと思うぞ?ただフロライア嬢はお前が持ってないものを持ってるってだけで」

「は?どう見てもフロライア様の方がお美しいでしょう。貴方目がおかしいんですか?」
「褒めてやってんのになんだその言い草!!」
「全然褒めてないですよね?大体、私が持ってないものって具体的にどこの事を指しているのか尋ねても?」
「ああん?言っても良いのか?」


「やめろ、二人共」

 一触即発で睨み合う私とスピネルを止めたのは殿下だった。

「誰を美しいと感じるかは人それぞれだ。争う必要はない」
「…そ、そうですね」

 つい売り言葉に買い言葉でむきになってしまった。身を縮める私に、だがスピネルは面白そうな表情になる。

「そうだな、人それぞれだな。じゃあ殿下はどうなんだ?誰が一番美人で魅力的だと思う?」
「…それは」
「殿下」

 何か言おうとした殿下を私はすぐさま遮った。

「まさか殿下は、美しさで女性の優劣をつけるような下劣な真似はなさいませんよね?」

 にっこりと笑ってみせると、殿下は言葉に詰まって黙り込んだ。
 途端にスピネルがつまらなさそうな顔になる。
 別に容姿の事などどうでもいい。彼女が私より美しく魅力的なのは当たり前だ。そんなのは分かっている。
 だが、殿下の口から彼女を褒める言葉はやはり聞きたくなかった。


 何となく気まずい沈黙が落ちる。それを破ったのはスピネルだった。

「…まあ、とりあえずオットレには気を付けとけ。あいつはろくな野郎じゃないからな」
「そうですね」

 私はうなずいた。あいつには十分に警戒をしなければ。
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