世界の天秤~逆行転生した元従者、王子を救うために奮闘する~

梅杉

文字の大きさ
上 下
37 / 239
第3章

挿話・7 黒髪の貴公子

しおりを挟む
 パイロープ公爵子息アーゲンは、帰りの馬車に揺られながら「失敗したなあ」と呟いた。

「彼女が国王陛下から声をかけられたと知っていたら、ダンスを譲ったりはしなかったんだけど」

 その呟きに、アーゲンの向かいに座るストレングは太い眉を上げる。
 ストレングはパイロープ公爵家に代々仕える騎士の息子で、アーゲンの腹心である。
 そのがっちりとした体格はまだ15歳とは思えないほどだ。腕力なら大人にも負けない。

「リナーリア嬢ですか」
「うん。彼女をびっくりさせようとして策を弄したのが裏目に出てしまったね。最初から約束をしておけばよかった」

 アーゲンが今日パーティー会場に遅れて行ったのは、リナーリアを驚かせた上で確実にダンスを踊れる状況を作ろうと思ったからだ。
 アーゲンが誰ともファーストダンスの約束をしていない事は、知っている者なら知っている。
 早めに会場に行けば、僅かなチャンスを狙って予定をキャンセルしてでもアーゲンと踊ろうと寄ってくるご令嬢が間違いなく現れるだろう。
 それが鬱陶しかったからわざとギリギリに行ったのだが、そのおかげでアーゲンはリナーリアが国王陛下との挨拶の際に特別に声をかけられた事を知らなかった。


「彼女はちっとも本心を明かそうとしないから、不意を突けば少しは読めるかと思ったんだけどね…。スピネル・ブーランジェに邪魔をされてしまったね。彼と踊っている間にすっかり態勢を立て直されてしまった」
「…あの男、まさかアーゲン様に向かって譲れなどと言うとは」

 ストレングはやや不快そうに言った。身分を弁えない行動がストレングは嫌いだ。

「そうだね。彼は本当によくできた従者だ。上手く立ち回っている」
「…?」

 アーゲンの言葉の意味が理解できず、ストレングは疑問を顔に浮かべる。

「彼はリナーリアと約束はしていなかった。彼ならいつでも誘えただろうに、彼女はあの瞬間まで兄と踊る予定だったんだ。
…なのに、僕がリナーリアを誘おうとすると慌ててやってきて、わざわざ割り込んでまで彼女のファーストダンスの相手になった。これはどういう事だと思う?」
「…『彼女はまだ婚約者候補として認められてはいないが、他の男に唾を付けさせるつもりもない』という王子からの牽制」

 ストレングは答える。これは誰の目にも明らかだった事のはずだ。
 もしもダンスに誘ったのがアーゲンではなく、彼女と同格か格下程度の家の子息だったならスピネルも黙って見ていたかもしれない。
 王子にとってはその程度の相手、大した問題にならないからだ。

 だがアーゲンは次期公爵で、新入生の中でも王子に継ぐ地位がある人間だ。
 それが他の令嬢たちを差し置いてファーストダンスを踊ったとなれば、彼女は周囲から「王子の友人」から「パイロープ公爵家が目をかけている令嬢」という目で見られるようになる。
 当然、アーゲンの派閥の者たちも彼女に近付こうとするだろう。
 それを防ぎ自分の側に彼女を留めるために、王子は従者のスピネルを動かしたのだと、ストレングはそう考えた。

 …だがストレングの主は、スピネルの行動の意味はそれだけではないと思っているようだ。
 どこか面白がるような表情で言葉を続ける。

「でも彼はさっき、わざわざパーティー会場の真ん中で彼女をテラスに誘ったよね。これはどんな風に見えた?」
「え?そうですね…仲睦まじい様子でしたし、まるで恋人のような…。…あ」
「そういう事だよ」

 彼女と親しげな様子を見せれば、先程の行動はまた別の意味が出てくる。
 割り込んだのは王子の意思を受けたからではなく、彼自身が彼女のファーストダンスの相手をしたかったからだ、という解釈もできてしまうのだ。
 なぜ事前に誘わなかったのかという疑問は残るが、王子に遠慮して言い出せなかっただとかいくらでも理由はつけられる。


「つまり彼はわざと、したのさ」
「…なるほど」
「あえて自分の存在を目立たせる事で、周囲からの憶測を曖昧にした。まあ、あの様子を見れば王子の心がどこにあるのかは明らかだと思うけど…。結局彼女については分からず仕舞いだったね。ついでに、スピネル・ブーランジェの本心も」
「その割に、アーゲン様は楽しそうですが」

 ストレングの指摘にアーゲンはにこりと笑う。

「楽しいね。とても面白い。彼女は王子との関係について尋ねられても、いつも『恐れ多い』『私などふさわしくない』の一点張りだ。
あれほど親しげにしているのに、驚くほどに謙虚な態度だよね。どうして王子との仲を周りに誇示し、他の令嬢を牽制しようとしないのか…よほど自信でもあるのかな?それとも、本当に王子に興味がない?
かと言って、あの従者と恋仲だとも絶対に言わない。…僕には、彼女はとても強かなように見える」

 ストレングにはよく分からない。ストレングの目には彼女はいかにも大人しそうな、ただ普通より少し美しいだけの令嬢にしか見えない。
 だが、アーゲンがそう言うのならそうなのだろう。

「けれど、あの従者ときたら騎士というよりまるで彼女の保護者だね。放って置いても彼女は自分で自分の身を十分に守れそうに見えるけど…彼の目には、僕とは全く違う彼女が映っているらしい。
王子が彼女に対して遠慮がちなのも分からないな。欲しければ手に入れればいいのにね。
…極めつけは国王陛下だ。彼女を王子妃にと望むなら王妃様が声をかければ良いのに、どうして陛下が声をかけたんだろうね?いくら彼女が優秀な魔術師でも、まだ学院入学前の子供にそこまで期待するものかな」

 そうつらつらと挙げられると、確かに不自然なことばかりだ。
 突如として、あの少女が何かを企む魔女のように思えてくる。


「…少し彼女にちょっかいをかけてみるだけのつもりだったけど、思ったよりずっと面白くなった。それに、スピネル・ブーランジェに貸しを作れたのは収穫だったかな」

 アーゲンは再び笑うと、馬車の窓から外へと視線をやった。

「入学が楽しみだな。面白い学院生活が送れそうだ」

 ストレングは黙って首肯した。
 何にせよ、彼は主の命に従うだけだ。
 それが分を弁えた臣下の取るべき行動だと、ストレングは信じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

(短編)いずれ追放される悪役令嬢に生まれ変わったけど、原作補正を頼りに生きます。

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚約破棄からの追放される悪役令嬢に生まれ変わったと気づいて、シャーロットは王妃様の前で屁をこいた。なのに王子の婚約者になってしまう。どうやら強固な強制力が働いていて、どうあがいてもヒロインをいじめ、王子に婚約を破棄され追放……あれ、待てよ? だったら、私、その日まで不死身なのでは?

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア
ファンタジー
お料理や世話焼きおかんなお姫様シャルロット✖️超箱入り?な深窓のイケメン王子様グレース✖️溺愛わんこ系オオカミの精霊クロウ(時々チワワ)の魔法と精霊とグルメファンタジー プリンが大好きな白ウサギの獣人美少年護衛騎士キャロル、自分のレストランを持つことを夢見る公爵令息ユハなど、[美味しいゴハン]を通してココロが繋がる、ハートウォーミング♫ストーリーです☆ エブリスタでも掲載中 https://estar.jp/novels/25573975

異世界に転生したので裏社会から支配する

Jaja
ファンタジー
 スラムの路地で、ひもじい思いをしていた一人の少年。  「あれぇ? 俺、転生してるじゃん」  殴られた衝撃で前世の記憶を思い出した少年。  異世界転生だと浮かれていたが、現在の状況は良くなかった。  「王道に従って冒険者からの立身出世を目指すか…。それとも…」  そして何を思ったか、少年は裏社会から異世界でのし上がって行く事を決意する。  「マフィアとかギャングのボスってカッコいいよね!」  これは異世界に転生した少年が唯一無二の能力を授かり、仲間と共に裏社会から異世界を支配していくお話。  ※この作品はカクヨム様にも更新しています。

俺、妹を買う:檻から始まる国づくり

薄味メロン
ファンタジー
『妹を購入して、ボクを助けて欲しいんだ』  異世界で聞いた最初の言葉がそれだった。  どうやら俺は、ひとりぼっちの姫を助けるしか生き残る道はないようだ。  やがては大国を作り出す、ひとりぼっちのお話。

処理中です...